ナタリー PowerPush - 指田郁也
山下達郎が認めた大型新人 ピアノと歌で世界を揺らす
台風が関東に上陸した9月21日。東京・Shibuya O-WESTでそのライブを観た。ピアノ弾き語りというスタイルで自らの感情を余すことなく響かせ、そこにいるすべての人を圧倒的な世界へと誘う男性シンガーソングライター。繊細かつエモーショナルな歌声は、これまでに味わったことのない恐るべき魅力を力強く放っていた。
彼の名前は指田郁也(さしだふみや)。
ワーナーミュージック・ジャパン主催「VOICE POWER AUDITION」で約1万人の中からグランプリを獲得し、山下達郎がその実力を認めた大型新人だ。デビューシングル「bird / 夕焼け高速道路」を引っさげて、ナタリーに初登場。
取材・文 / もりひでゆき インタビュー撮影 / 中西求
山下達郎「蒼茫」が閉ざした心を軽くしてくれた
──指田さんが本格的に音楽活動を始めようと思ったきっかけは、山下達郎さんの「蒼茫」を聴いたことからだそうですね。
はい。僕は中学生の頃、ちょっと自分の中で心を閉ざしてた時期がありまして。心の病というか、人と会話するのが苦手な時期があったんです。学校に行っても「あの人は僕のことをこう思ってるんじゃないか」とか、いろんなことをとにかく考えてしまう感じで。で、それを治すためにカウンセリングやらを受けたりもしてたんですけど、どれもあんまり響いてはこなかったんですよね。でもあるとき山下達郎さんの「蒼茫」に出会ったらそれが素直に心の中に入ってきて、すごく救われたんです。そこから今度は僕が達郎さんのように表現者側に回りたいなっていう気持ちになって。
──それまでも音楽はお好きだったんですよね。ピアノもやられていたそうですし。
そうですね。ピアノは3歳から中学を卒業するまでやってました。一番好きなショパンを弾くところまで行けたんですけど、その先はクラシック専門になってしまうということで、そこでピアノはやめました。僕がやりたかったのはポップスだったので。
──その当時はどんな音楽をよく聴いていたんですか?
中学生のときは邦楽が多かったんですけど、尾崎豊さんとか荒井由実さん、ペドロ&カプリシャスとか。メロディラインのいい、素直なポップスを聴いてましたね。
──年齢的にリアルタイムではない曲も多そうですが。
そういうのはラジオをきっかけに聴くようになりました。ラジオが好きなんですよ。「蒼茫」との出会いもラジオでしたし。そこから流れてくる音楽が、閉ざしていた気持ちを軽くしてくれるものだったので。
ボイトレの先生に歌を聴かせるのがイヤだった
──表現者になろうと決めたことで、心も外にどんどん開いていった感じですか? 指田さんのをブログを見たり、今お話していると、全く内向的な印象は受けないんですが。
表現者になることを目指し始めて、音楽をやっていくうちにだんだん性格も変わっていったんだと思います。内向的な部分は今もあったりはするんですけど、ちゃんと外交的にもなれて。それは作る曲にも比例していて、外に向けた視点で書いた曲っていうのもできてきていると思うので、昔のような感じでは全然ないです。
──自分の進むべき道が見えたあとはどのような活動をしてきましたか?
最初にしたことはまず歌に絶対的な自信をつけることでした。CDを出すにしろ、まずみんなが聴くのは歌じゃないですか。当時は声を出すこともままならなかったので、ボイトレに通ったんです。先生には悩みの種の生徒だったと思うんですけど(笑)。
──どうしてですか?
そのときは先生に歌を聴かせるのがイヤだったんですよ。だから「ここをこうやって歌ってみて」っていわれたことをメモして、それを家でMDに吹き込んで次の週に聴かせるっていうことをやってたんです。
──生では聴かせないんですね(笑)。
はい(笑)。で、そういうことを続けてて、先生に「いつになったら歌ってくれんの?」って言われて1年ぐらい経ってから初めて歌ったりしたんですけど。
──そこで歌に自信はつきましたか?
先生に生で歌を聴かせたときに「何に自信がないのかわからない。ちゃんとできてるじゃん」って言われたんですよ。でも最初は「月謝払ってるからそういうこと言うんですよね」みたいなことを僕は言ったりもしてて(笑)。でも先生は本当のことを言ってくれてたみたいで、人前で歌うことを勧めてくれたんです。自分では歌がうまいとは全然思ってはいなかったんですけど、じゃあ曲を書いてみようかなってそこで思った感じですね。自分の中から出てきたメロディならば、うまさとかではなく、自分の魂を入れるというか、そういう作業が無理なくできるだろうなと思ったので。その頃から紹介してもらったライブハウスで歌うようにもなったんですけど。
指田郁也(さしだふみや)
1986年東京生まれ。ワーナーミュージック・ジャパンが主催する「VOICE POWER AUDITION」で約1万人の応募者の中からグランプリを受賞。2010年10月に日本武道館で開催された「WARNER MUSIC JAPAN 100年MUSIC FESTIVAL」にオープニングアクトとして出演し、新人とは思えない堂々としたパフォーマンスを披露した。2011年10月にシングル「bird / 夕焼け高速道路」でデビュー。