初音ミク「マジカルミライ 2019」|ミクに絶望し、ミクと対等になり、ミクと歌う

8月から9月にかけて大阪および千葉で、「初音ミク」の創作文化を体験できるイベント「初音ミク『マジカルミライ 2019』」が開催される。

今年のテーマソング「ブレス・ユア・ブレス」を提供したのは、「チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!」「サヨナラチェーンソー」といった楽曲で知られる和田たけあき。2010年からボカロPとしてオリジナル曲を発表し続け、長年シーンを内側から見続けてきた和田は、何を思い「ブレス・ユア・ブレス」という曲を完成させたのか。曲作りのきっかけになったのは、和田が「絶望した」と話す2017年12月開催のライブイベント「HATSUNE MIKU EXPO」だった。

取材・文 / 倉嶌孝彦

ちょっとありがたかった「砂の惑星」

──2017年の初音ミク発売10周年のタイミングのとき、音楽ナタリーでは「初音ミクの10年」と題した大型企画を展開しました。その中で和田さんにはシーンの現状を語るインタビューをさせていただきました(参照:和田たけあき(くらげP)インタビュー)。

けっこう多くの方に読んでいただいたみたいで。反響をたくさんもらいました。

──その中で、「マジカルミライ2017」のテーマソング「砂の惑星」に関する話もしていたのですが、まさか2年後に和田さん自身がテーマソングを担当することになるとは……。

「ブレス・ユア・ブレス」より。

思ってもみなかったですね。最初にオファーをもらったときは正直「なんではるまきごはんじゃないんだろう」と思いました(笑)。なぜ僕が選ばれたのかわからなかったんですよね。あとからクリプトンの方に聞いたら、2年前のインタビューを読んでいただいていたみたいで、シーンを俯瞰して見ているところが今回のオファーのきっかけの1つになったみたいなんです。

──ということは2年前のインタビューも無駄ではなかったですね。

あんなぶっこむようなことを言っちゃったインタビューが、巡り巡ってオフィシャルの仕事につながるなんて(笑)。

──当時のインタビューを読み返すと、和田さんはご自身の活動スタイルや作風について「カウンター」という表現をよく使っていました。ただ「マジカルミライ」のテーマソングって、カウンターとは真逆のオファーですよね。1年に一度開催されるオフィシャル主催のイベントのテーマソングなわけですから。

自分にオファーが来たからには、きっとちょっとひねくれたアプローチを期待されているんだろうな、と思いつつ、どういう曲にするか考えたときに「砂の惑星」がちょっとありがたかったんです。だってあれ以上のカウンターはないですから、いくら好きにやってもやりすぎることはないかなって(笑)。なので忖度なしに、「盛り上がる曲にしよう」という縛りだけを自分に設けて、書きたいことを書くようにしました。

ミクのライブを観て絶望してしまった

──本題に入る前に、和田さん自身の昨今の活動について聞かせてください。「わたしの未成年観測」(2018年3月発売のアルバム)以降、和田さんは自身が歌唱する楽曲を公開するようになり、バンドの一員としてもステージに立つ頻度が上がりました。2年前のインタビューでは、ボカロPのことを「歌わないシンガーソングライター」と表現していましたが、今の和田さんは「シンガーソングライター」としての活動に重きを置いているように見えます。

「ブレス・ユア・ブレス」より。

ボカロPって普通に活動していると、どうしても職業作家に見られがちなんです。本質的にはバンドマンとかシンガーとかと変わらない「アーティスト」というジョブなんですけど、定期的にボカロの曲を作って発表していると、どうしてもアーティストとして見てもらえない。2年前のインタビューで僕はボカロPのことを「歌わないシンガーソングライターだ」と表現してアーティストであることを主張していたんですけど、やっぱり世間からはそう見られなかった。「自分の信じたところだけを突き進んでいってもあまり未来が見えない、周りからもアーティストとして見えるようにしないといけないな」と思って、めちゃくちゃ嫌だったんですけど、自分で歌うことを選択したんです。

──自分の活動が適切に伝わっていれば、歌うことはなかったわけですね。

はい。やっぱりアーティスト=歌う人という認識は根深くて。だから自分の芯の部分だけじゃなくて、見え方としてもアーティストになったほうがいいのかなと思ったんです。

──ご自身で歌うことを選択して、何か手応えは感じましたか?

約2年が経ってようやく歌への苦手意識がなくなってきたところですね。ライブを何度か繰り返す中で「歌、うまくなったね」と言われることはちょくちょくあったんですよ。シンガーとしてはゼロからのスタートなので「うまくなったね」なんです。でも4月の「ニコニコ超会議」のライブで初めて「歌うまいね」って言われたんですよ。それがけっこう自信につながったというか。自分の中でも無理やりやってる感がなくなってきた時期だったので、ようやくボーカリストとしての一歩目が踏み出せた手応えがあったんですよね。

──シンガーソングライターとしての活動に重きを置く中で、「マジカルミライ」という、初音ミクの祭典のテーマソングをオファーされたわけですよね。どう折り合いを付けたんでしょうか?

まず第一に考えたのは、「ボカロの歌ではなくて、ボカロPの歌にもしたいな」ということですね。それと、ボーカリストとして活動する前に初音ミクという存在に対して、個人的に感じていたことがあったんです。きっかけとなったのが2017年12月にマレーシアで行われた「HATHUNE MIKU EXPO」というライブイベントで、僕はサブステージでDJをしてくれって呼ばれたんですよ。で、せっかくだからひさしぶりに初音ミクのライブも観に行ったんです。僕、初音ミクのライブを観るのって、自分がボカロで曲を作ろうと思ったきっかけとなった2009年の「ミクフェス'09」以来だったんですよ。ひさびさに初音ミクのライブを観て、僕は絶望してしまったんです。

──絶望ですか。

「ミクフェス'09」のライブでは、ryo(supercell)さんやkz(livetune)さん、デP(デッドボールP)とか、ボカロPが出てきて、初音ミクと一緒にパフォーマンスをするというスタイルだったんです。でも2017年の「MIKU EXPO」は規模も大きくなって、完全に初音ミクのソロライブになっていた。もちろんそういうスタイルでライブが行われているのは、知識として知ってはいたんですけど、実際にライブを観たときに僕が感じたのは、曲を作っていた人たちがアーティストだったはずなのに、初音ミクがアーティストになっていて、さも自分の曲かのように歌っている、ということだったんです。これ、誤解されやすいかもしれないんですけど、例えば歌い手が僕の曲を歌うことに対しては何も問題ないんですよ。だってそれはカバーなので。でも初音ミクの場合はカバーじゃないんですよ!

──ある意味、初音ミクは原曲を再現する“オリジナルアーティスト”なわけですからね。

「ブレス・ユア・ブレス」より。

そうそう。僕が自分自身を表現した「歌わないシンガーソングライター」の真逆の存在がステージに立っていた。僕はミクのステージを観て、「お前の曲じゃねーだろ!」と思ったんです。ただそれと同時に「初音ミクはもうアーティストなんだ」ということも感じました。テーマ曲のお話をいただいたとき、僕は“アーティストになってしまった”初音ミクの曲にしようと思ったんです。

──「ブレス・ユア・ブレス」の動画説明文に「生まれてしまったあなたへ」と書いてあったのにはそういう背景があったんですね。

はい。ただもう1つ、僕ら人間の側にも同じことが言えるんじゃないかなとも思ったんです。初音ミクはソフト音源からアーティストになった。僕はずっと自分たちを「アーティストだ」と言い続けてきましたけど、外から見ればボカロPと呼ばれる存在の多くは作曲者からアーティストになった。例えば僕が自分で歌い始めて自分がアーティストであることを認めてくれと言うのであれば、1人のアーティストになっちゃった初音ミクのことも認めなければならない。その過程を一連のストーリーに落とし込んだのが「ブレス・ユア・ブレス」という曲なんです。

V.A.「初音ミク『マジカルミライ 2019』OFFICIAL ALBUM」
2019年7月10日発売
クリプトン・フューチャー・メディア
V.A.「初音ミク『マジカルミライ 2019』OFFICIAL ALBUM」

[CD+DVD] 2100円
HMCD-13

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CD収録曲
  1. ブレス・ユア・ブレス / 和田たけあき feat. 初音ミク
  2. キレキャリオン / ポリスピカデリー feat. 初音ミク
  3. Jump for Joy / EasyPop feat. 巡音ルカ、初音ミク
  4. メインキャラクター / *Luna feat. 鏡音レン
  5. ある計画は今も密かに / 森羅 feat. 初音ミク
  6. それがあなたの幸せとしても / Heavenz feat. 巡音ルカ
  7. 深海シティアンダーグラウンド / 田中B feat. 鏡音リン
  8. ラムネイドブルーの憧憬 / アオトケイ feat. MEIKO
  9. 僕が夢を捨てて大人になるまで / 傘村トータ feat. 初音ミク
  10. SURVIVE / 梅とら feat. 初音ミク、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ、MEIKO、KAITO ※ボーナストラック
DVD収録内容
  • ブレス・ユア・ブレス / 和田たけあき feat. 初音ミク<Music Video>
  • Jump for Joy / EasyPop feat. 巡音ルカ、初音ミク<Music Video>
和田たけあき(ワダタケアキ)
和田たけあき
初音ミクを使用したVocaloid楽曲「くらげ」を2010年4月にニコニコ動画に投稿して以降、「くらげP」「electripper」「和田たけあき(くらげP)」といった名義でオリジナル曲を発表し続ける。またギタリストとして古川本舗やこゑだなど、さまざまなアーティストのライブやレコーディングに参加。2016年2月に公開した楽曲「チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!」はYouTubeで2019年7月までに1600万再生を突破している。2018年3月にはVocaloid曲で構成されたオリジナルアルバム「わたしの未成年観測」をリリースした。同年5月に「ビースト・ダンス」のセルフカバー発表以降は、自らマイクを取るシンガーソングライターとしての活動に重きを置いている。2019年8、9月に開催されるライブイベント「初音ミク『マジカルミライ2019』」のテーマソングとして新曲「ブレス・ユア・ブレス」を提供した。