音楽ナタリー Power Push - 青葉市子×藤田貴大(マームとジプシー主宰)

演劇漬けの3年間で紡いだニューアルバム

青葉市子にとって3年ぶりのニューアルバム「マホロボシヤ」が10月19日にリリースされた。

彼女はこの3年、演劇作品と多く関わってきたが、中でも際立つのが藤田貴大主宰による気鋭の劇団・マームとジプシーとの関係だ。2014年に音楽を手がけた「小指の思い出」を皮切りに、2015年にはひめゆり学徒隊に想を得た「cocoon 憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」、2016年には今回「マホロボシヤ」に収められる表題曲、「鬼ヶ島」「神様のたくらみ」「ゆさぎ」が劇中で使用された「0123」と、同劇団の作品に立て続けに出演している。

音楽ナタリーでは「マホロボシヤ」のリリースに合わせ、青葉が話をしたかったという藤田との対談を実施。この3年間を通してどのようにアルバムができあがったのか、語ってもらった。

取材・文 / 橋本倫史 撮影 / moco.(kilioffice)

本人より先に作品と出会っていた

藤田貴大

藤田貴大 僕は本当に、いろんな人から市子のことを聞いてたんだよね。「変な子がいる」っていうことで(笑)。2013年に「cocoon」っていう作品を初演したとき、音を担当してくれたのはzAkさんだったんだけど、彼が市子のアルバムのレコーディングエンジニアをやっていて。それで、稽古の帰りによくzAkさんの車に乗せてもらってたんだけど、車の中でzAkさんが市子の録りっぱなしの音源をずっとかけていたんだよね。そこで初めて年下の言葉に嫉妬したというか、「これは僕に書けない言葉だ」と思ったのが「i am POD(0%)」で。それからライブにもちらちら行き始めるんだけど、僕はけっこう面倒くさい人間だから、初めて吉祥寺のキチムでライブを観たときは外で聴いていて。

青葉市子 中に入らなかったんだ?

藤田 そう。そうやってちょっと距離を取りながらだったんだけど、「いつか一緒にやりたい」って思ってた。

青葉 私は藤田くん本人より先に作品に出会っていたっていう感覚がとても強くて。マームとジプシーとの最初の関わりは、2013年に「cocoon」の稽古場に遊びに行ったときが始まりだった。稽古が終わったあとの役者のみんなの顔を見ると、なんとなくそこに藤田くんの気配を感じて。そういう知り方でした。ちゃんと人として認識したっていうと失礼かもしれないけど、対面できたのは2014年に「小指の思い出」で一緒に作業をしてからなのかな。でも、「cocoon」は何回も観に行って。

舞台「cocoon 憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」の様子。

藤田 すごい観に来てくれたよね。

青葉 当時はまだ演劇に出たこともなかったし、全然演劇と触れ合うことのない人生だったけれど、雷が落ちたみたいな気持ちになって、「cocoon」は貪るように観に行きました。ノートとペンを持って。

藤田 記憶力が病的にいいから、めちゃくちゃセリフを覚えてたよね?

青葉 うん。それぐらいのめり込んで好きになって。家に帰ってからも聞き取ったセリフをもとに勝手に想像して、お話の続きを書いたりしてました。

前作からの3年間は、演劇に触れた3年間

青葉 こうしてアルバムを出すのは3年ぶりなんですけど、演劇に触れたのもこの3年間なんです。それまで私は外の世界との壁を作っていて、1stアルバム(2010年1月リリースの「剃刀乙女」)のときは「出したくない」って思っていたぐらい。でも演劇を通して誰かと一緒に何かを作るというのを体験して、対人っていうことを今まで以上に感じるようになったのが大きくて。だから今は、作品を出すことに抵抗がなくなりました。

藤田 僕は市子のライブに行ったりCDを全部聴いたりしているうちに、「彼女の中には少女性があるな」って思って、そこに物語を感じたんだよね。「僕の演劇と親和性があるな」と思った。それで2014年に「小指の思い出」をやるとき「舞台上で演奏してもらえないか」ってことで声をかけて。「1曲何分でお願いします」っていう決まりがない世界で演奏してくれたら、市子の中でも僕の中でも何かが変わるんじゃないかと思ってオファーしたんだ。

青葉市子

青葉 「小指の思い出」をやると決まったときにざっくりした内容だけ聞かされていて、そこに「魔女」とか「神様」とか、そういう言葉があったよね。

藤田 そうそう。あのとき、市子が唐突に送ってきてくれたCDの中に今回のアルバムに収録されている「鬼ヶ島」っていう曲が入っていて。それを聴いたときに、僕の中で「小指の思い出」の構想とすごく一致した部分があった。

青葉 あのとき渡したのは、NUUAMM(青葉とGEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーによるユニット)として作っていたアルバムで。「鬼ヶ島」は「小指の思い出」をやるちょっと前に書いたばかりで、私の中でもこれは藤田くんに一番ピンときてもらえるだろうなと思ったんだよね。

藤田 まさにピッタリだったから、「鬼ヶ島」を「小指の思い出」で使うことにして。市子の曲って、BPMが突然大きく変わったりするよね。そこに演劇や映画では味わえないいきなりのスピード感があって、それもびっくりしましたね。

ニューアルバム「マホロボシヤ」2016年10月19日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
CD / 2700円 / VICL-64672s
生産限定盤 [アナログ] 3024円 / VIJL-60179
収録曲
  1. the end
  2. ゆさぎ
  3. マホロボシヤ
  4. 氷の鳥
  5. おめでとうの唄
  6. ゆめしぐれ
  7. うみてんぐ
  8. 太陽さん
  9. コウノトリ
  10. 神様のたくらみ
  11. 鬼ヶ島
青葉市子(アオバイチコ)
青葉市子

17歳からクラシックギターを弾き始め、2010年1月に1stアルバム「剃刀乙女」でデビューする。2011年1月に2ndアルバム「檻髪(おりがみ)」、2012年1月に3rdアルバム「うたびこ」をリリース。2013年8月には、2013年元日に放送されたNHK-FM「坂本龍一 ニューイヤー・スペシャル」でのスタジオセッションをCD化した「ラヂヲ / 青葉市子と妖精たち」を、10月に4thアルバム「0」をSPEEDSTAR RECORDSより発表した。2014年にはマームとジプシーの舞台「小指の思い出」の音楽を担当。これをきっかけに2015年には「cocoon 憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」、2016年には「0123」と同劇団による作品をはじめ、さまざまな演目に役者として出演した。10月には約3年ぶりのアルバム「マホロボシヤ」をリリース。

藤田貴大(フジタタカヒロ)
藤田貴大

1985年生まれ、北海道伊達市出身の演劇作家。2007年に劇団・マームとジプシーを旗揚げし、以降すべての作品を手がける。2011年、26歳のときに3連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を受賞する。2012年1月には、福島県立いわき総合高等学校で演劇を専攻する生徒と共に「ハロースクール、バイバイ」を発表するなど、演劇経験を問わず、さまざまな年代の人と創作を行う。2014年10、11月に野田秀樹の名作「小指の思い出」を東京・東京芸術劇場 プレイハウスで上演し、初めて中劇場に進出する。2014年2月に横浜文化賞文化・芸術奨励賞を受賞。2015年12月に寺山修司作の「書を捨てよ町へ出よう」を、2016年3月に大友良英や福島の中高生と共にミュージカル「タイムライン」を上演する。また演劇作品以外では、2013年7月に今日マチ子との共作漫画「mina-mo-no-gram」を刊行したり、同年9月には雑誌「新潮」に初の短編小説である「N団地、落下。のち、リフレクション。」が掲載されたりと、その活動は多岐にわたる。