女優のような表情で遠くを見ながら語る福田
──女優として「ここはがんばったので注目してほしい」というポイントは?
福田 私の役は基本的には1人しゃべりなんです。相手がいない状態で台詞を言わなければならない。「じゃあ、カメラの向こうには誰がいるんだ」というのを監督に質問させてもらいました。「これ、誰にしゃべっているんですか。それによって私のしゃべり方、変わります」と。
加納 その言い方、紙面に載らんで(笑)。
福田 「女優のような表情で遠くを見ながら」って書いておいてもらえますか?(笑) でも、それは一応本当に聞きました。そしたら「観ている人に向けてしゃべる」という意外に普通の答えが返ってきて、出すぎた真似をしたなと(笑)。
加納 私はがんばって台詞を覚えました。
サーヤ 台詞、長かったもんね。
加納 撮るのがその1日しかなくて、日も暮れていくし、とにかくNGを出さないように、噛まないようにと。無事に撮り終えてよかったです。
サーヤ 私はジム・キャリーになりたいんです。ジム・キャリーからお笑いに入った。今回の作品から、そういう仕事が自ずとちょっとずつ増えてくると思います。
加納 ないない!
サーヤ 本当はクールな役だったので、ジム・キャリーとは真逆だなと思いながらも、幅を見せていきたいなと。演技はやっぱり面白いので、今回みたいな役に留まらず、いろんな役ができればと思っています。相方(ニシダ)が4、5本ドラマに出て、すごくマウントを取ってくるのもありますし(笑)。
──次はどんな役をやりたいでしょうか?
サーヤ ボクサーとか車掌さんとか、「自分が生きてたらならないだろうな」みたいな役をやってみたいです。
加納 私はお芝居というより、上田監督と長久監督の撮影現場を見せてもらって、「映画を撮るのは楽しそうやな」と。ノウハウはないですけど、何か短いのを撮ってみたいなと思います。
サーヤ それに出たいです。
ピスコとくぼかよは憧れの関係性
──案浦先生役で出演した佐藤寛太さんの印象は?
加納 めっちゃ変な人でしたよ(笑)。めっちゃおしゃべりで、めっちゃいい人やったんですけど。ずっと監督に「監督!」って質問してた。
福田 人見知りせえへんよな。自意識が強くないというか。ネガティブな要素が一切ない。
サーヤ 社交性のかたまり。
加納 アドバイスもめっちゃくれて。俳優のイメージが変わりました。
──ピスコと案浦先生の恋愛関係も描かれましたが、演じてみていかがでしたか?
加納 緊張せずにいけました。恋愛物を演じるのは苦手で自分が彼女役とかできないなと思っていたんですけど。
サーヤ 近い距離で会話をするのも楽そうでした。
──では、最後に「蟹から生まれたピスコの恋」を楽しみにしている読者の方へメッセージをいただければと思います。
加納 蟹にまつわる人間模様を観てほしいです。冬が過ぎて、蟹としてはこれからシーズンオフに入っていくんですかね(笑)。生き生きしてたのは冬場だったからかも。そんなふうに、いろいろと想像できる部分が楽しいですよね。描かれているのはほんの一部分で、それに付随する「こういうことなんだな」という外側を自分の中で作って楽しめる映画です。今の時代は説明しすぎなので、これぐらいがいいかなと思います。
福田 コントみたいな設定の映画ですけど、それがホンマにあったらどうなのか、というリアリティはあるかなと。長久監督の作品なので、間違いなく見応えのあるものになっていると思います。
サーヤ “ファスト映画”をやる奴も困るぐらい、かいつまめない(笑)。どこを撮ってもつながらない。全部重要なシーンになっているので、すごいなと思います。配役もめちゃくちゃピッタリなので観てほしいです。ピスコとくぼかよは、憧れの関係性です。
加納 いい友情ですね。
長久允監督 インタビュー
3人ともプロの優秀な役者さん
──どういった経緯でこの作品を撮ることになったのでしょうか?
僕は前身番組の「トゲアリトゲナシトゲトゲ」のときから番組をよく観ていて3人のファンなんです。それで短編映画の第2弾を作る、というときに「このメンバーで映画をやりませんか?」とお声がけいただいて、快諾しました。
──加納さんとはすでにお仕事を一緒にされていますよね?
AマッソとKID FRESHINOさんが一緒にやられた変わったライブ公演の演出をさせていただきました。それまでAマッソのライブとかはよく観に行ってて、ご挨拶をしたことはあったんですが、初めて仕事をしたのはそのときでした。福田さんとサーヤさんとは特に交流はなかったです。
──実際に撮影してみたご感想は?
お三方とも勘がめちゃくちゃいいです。たぶんコントや漫才で「どう見られるか」という微調整、コントロールをセンスよくやられてきた方々。役柄としてはそれぞれ違うベクトルですけど、職人としてプロの優秀な役者さんだなと思いました。僕は映画を撮るときにお笑いの方に俳優としてよく入ってもらうんですが、自分の心情よりもお客さんにどう見えるかを第一に考えているし、言葉尻の音量のコントロールとかで笑いの量も変わる。芸人の方は基本的にみんなめっちゃうまいなと思って、尊敬しています。
──長久さんは、かなりのお笑い好きなんですよね?
映画監督の中で一番好きかもしれないです。劇場にも行きたいのですが、僕は子供が小さくて土日に外に出られないので、平日のマチネの公演があれば、と思っています。ただ「トゲトゲ」の3人には仕事の話しかしていないので、そこまで好きとは伝わってないかもしれないです。
──そんな3人の演技について印象を聞かせてください。まずは加納さんから。
皆さん超忙しい中で、加納さんはとにかく台詞をバチッと覚えてきてくれました。声の張りがめちゃくちゃよくて、歌うシーンでもロックシンガーみたい。デカい会場でもパーン!と響く「どないやねーん!」という声は、役者さんには出せない。ドラムのスネアみたいな声が魅力的です。演技以外でもまわりへの気遣いや明るさがあって、自分の情緒に流されずに場をコントロールしている。僕よりも監督的な才能があるんじゃないかなと思います。
──福田さんについては?
本読みを一言やっていただいただけでめっちゃ面白い。お母さん役を同年代の中だけでやるのはすごく難しいかなと心配していたんですけど、気にならないです。「お母さんだな」とわかる感じでよかったです。
──サーヤさんは?
クールな役。もちろん本人の感じとは違うんですけど、ちゃんとくぼかよという役に憑依している。「みんなすごいな」と思います。特に心情の説明も深くしてないけど、基本的にみんな1テイクでオッケーにして、なんの文句もない。めちゃくちゃ才能があると思います。
──案浦先生役で佐藤寛太さんも出演しています。
佐藤さんには僕の作品をたくさん観ていただいて。変わった撮り方をしていることも理解していただいて、すごくやりやすかったです。役についても熟考していただきました。
──撮影はスムーズに進みましたか?
1日で70カットくらい撮ることになっていて、スムーズにやらざるを得なかったです。当日は雨の予報で、加納さんが歌うシーンが終わった瞬間に土砂降りになったのは運がよかったです。いいショットが撮れました。
“映像の絵本”みたいな気持ちで観てもらえたら
──そもそも「蟹から生まれたピスコの恋」という物語の着想は?
2、3年前から温めていた話です。ジェンダー、差別、グルーミングのことを説教くさくなく、ティーンエイジャーの人や当事者の方に、とっつきやすくポップに観てもらえるような物語を作りたいと思って書きました。このお話をいただいて「ピスコは加納さん」「くぼかよはサーヤさん」「お母さんは福田さん」と、物語のイメージと3人がビタッと来たんです。なので「このお話でよければやらせてください」という話を最初にしました。僕のフィルモグラフィーとしても大事な作品として撮らせていただきました。
──なぜ蟹だったんですか?
もともと好きですし、顔が赤いとか、歩き方が変わっているとか、ピースするとか、面白いモチーフではあるので、蟹にしました。
──「お父さん」として本物の蟹も作中に出てきます。
僕、その写真を気に入って待ち受けにしています(笑)。お笑いやユーモアが好きなので、よりくだらなくしたいんです。「カフカ」的というか。具現化されたもののディテールが入ることの強さやくだらなさがある。
──加納さんが歌った曲の作詞も長久監督が手掛けられたとのことで、そこに込めたメッセージは?
歌だけを聴いても、この全編を観たのに近い印象が与えられればいいなと。加納さんに歌っていただくうえで、蟹に生まれたり女性に生まれたりしたときにぶつかる社会のしょうもないことに対して「アホか!」と怒りつつ、自分の中の大切なものを優しく守っていく、パンクとフォークが一緒になった楽曲にしたいなと。春ねむりさんというロックミュージシャンの方に作曲していただいて、そういうことを体現している方でもあるので、一緒に作るうえで大事にしました。
──加納さんはブルーシートの上をのたうちまわりながら歌っていますが、この演出については?
「グチャグチャになっていただきたいな」というのがありました。加納さんは僕にはパンクミュージシャンに見えているんです。立ち位置や動きの確認をしたときに「この曲のこの部分でゴロンとしましょう」という話をして。本当に勘がいいので、バチッとやってくるのですごいなと。あとは、センチメンタルさを共存させたい。ポエトリーリーディングの部分とかも、そういうことを意識しました。楽曲がめちゃくちゃよくて発売してほしいくらいなので、歌のシーンにも期待してください。
──撮影の中でハプニングや苦労した点などあれば。
当初の予定からは撮影が延期になってしまったんですけど、春の話なので3月に撮れて結果的にはよかったです。機材は90年代の家庭用ハンディカムで、生音を使わずに音は全部吹き替えにして、パッと見、昔のビデオ、VHSの映像みたいにしようかなと。普通の映画とは違う変わった映像形式で、ノスタルジックな感じと、フィクションとしての違和感、寓話っぽさを作りたい。
──最後に見どころを教えてください。
「トゲトゲTV」から入る以外の方にも本当に観てほしい作品です。できたら海外の映画祭とかにも出して賞を獲って海外で長編化したいくらい大事に思っています。世界的にない物語運び、ない質感だから、グローバル的にも面白がられると思うので。“映像の絵本”みたいな気持ちで、4人の演技に注目してもらいつつ、15分くらいなので移動中にでも観てもらえたらなと思います。
プロフィール
福田麻貴(フクダマキ)
3時のヒロインのメンバー。1988年10月10日生まれ、大阪府出身。2016年にゆめっち、かなでとトリオを結成し、2018年にバラエティ番組「ウケメン」(フジテレビ)のレギュラーメンバーに選ばれる。翌2019年に「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝した。吉本興業所属。
加納愛子(カノウアイコ)
Aマッソのメンバー。1989年2月21日生まれ、大阪府出身。幼なじみの村上とコンビを結成し、2010年にデビューした。2016年に冠ネット番組「Aマッソのゲラニチョビ」がスタート。2021年に「女芸人No.1決定戦 THE W」で準優勝した。ワタナベエンターテインメント所属。
サーヤ
ラランドのメンバー。1995年12月13日生まれ、東京都出身。2014年に大学のお笑いサークルでニシダとコンビを結成した。「ラランド月の兎」(TBSラジオ)にコンビで、「沼にハマってきいてみた」(NHK Eテレ)などにピンでレギュラー出演中。2021年2月にサーヤが社長を務める個人事務所・レモンジャムを設立した。
長久允(ナガヒサマコト)
映画監督、脚本家、演出家。2017年、脚本と監督を担当した短編「そうして私たちはプールに金魚を、」が第33回サンダンス映画祭短編部門グランプリに輝き、日本人初の快挙を達成。2019年公開の「ウィーアーリトルゾンビーズ」で長編初監督を務めた。WOWOWオリジナルドラマ「FM999」は現在Netflix、Huluなどで配信中。
TELASA(テラサ)
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