「無学 鶴の間」第4回レポート
来場客に損はさせない「無学 鶴の間」
大阪の帝塚山にある「無学」では、毎月、笑福亭鶴瓶とゲストによるトークライブ、「無学の会」と「無学 鶴の間」が行われている。どちらも当日まで誰がゲストかはわからないという点では同じだが、テレビやラジオなどの収録が一切入らない「無学の会」とは違い、この5月にスタートした「無学 鶴の間」はU-NEXTで毎回生配信されている。しかしそのことを知らなかった参加者から「必死にチケット取りました。でもこれ、生配信されてるんですね」とボヤきのメールが鶴瓶宛に送られてきたという。
もちろん配信はされる。しかし、テレビ局やラジオ局ではなく、この小さな寄席小屋だからこそできること、そして、相手が鶴瓶だからこそ見せるゲストの素顔は、やはりここでしか生まれないものだと信じている。だからこそ、それをここにいる人たちに見せたいと、「損はさせませんよ!」と鶴瓶は意気込むのだ。
「でもね、今日のゲストが言うてたんです。誰が来るかわからへんのに、ようぎょうさんお客さん来はりますな、と。あのな、俺は来んねん。基本的に俺はいてんねん」、そう笑い、「今日のゲストは江口のりこです」、そう紹介すると、映画、ドラマと活躍する俳優の名に、観客からは驚きの声が上がった。
観客に「な、損はさせんやろ? 直接、ボヤき聞けるからな」と楽しそうな鶴瓶。その拍手の中、苦笑いしながら観客に向かって発した江口の一言目がこれ。
「誰が来るかわらんのに、よう来ましたよね」
さらには「鶴瓶さんとは番組で1週間前に会ったんですよ。だから別に私はしゃべることないなあ」と江口。それを受け、「いや、なんぼでもある!」と鶴瓶が声を上げた。そのやりとりが早くも掛け合い漫才のようで、会場がさらに沸いた。
江口のりこの存在感に惹かれた
2人の出会いは9年前。「A-Studio」のゲストに俳優の真木よう子が出演した際、真木の友人として鶴瓶が江口に取材したことがきっかけだったという。しかし、それよりも前、映画「パッチギ!」を観たときから、江口のりこの存在感に惹かれていたという鶴瓶は、「ずっとええなと思ってた」と力説するも、江口はさほどうれしくない顔。
鶴瓶 その取材のときにもボヤいてばかりいた。「家狭いねん」とかずっと言ってて、そこから仲良くなったんや。
江口 そのあとすぐ、次の日に電話かかってきたんかな、鶴瓶さんから。
鶴瓶 電話知ってたんかな、俺は。
江口 そのときに電話番号を聞かれたんだと思うんですよ。
鶴瓶 ちょっと待ってぇな!(笑) 俺はお前のこと好きや言うてやな、電話番号聞くって、それはないと思う。
江口 いや、絶対聞いたんやと思う。そのとき、私、辛いことが重なってたんですよね。それで鶴瓶さんが私のこと心配したんだと思うんです。それで今度飯でも食いに行こうなぁと慰めてくれた、そういうことで連絡先教えたんだと思う。そしたら次の日電話かかってきて。
鶴瓶 いやらしいこと言うた? 俺。
江口 「もしもし、今な、お前のプロフィールをインターネットで見たんやけど、特技ピアノなんやってえ?」って。
鶴瓶 変態やんか! 変態やんそれ(笑)。
江口 ほんまにそれだけやったんですよ。「はい、そうですよ」と言ったら、「ヒヒヒッ」て笑って、5分後くらいにまた電話があって「ほんまにピアノ弾けんのぉ?」って言われて。なんなん、気持ち悪っ!って思って。
鶴瓶 完全にストーカーやん!
江口 ほんまにゾッとした。なんなんやろ、と思って。ハハハ。
淡々とその頃のやりとりを振り返る江口と、その江口の言い方を面白がってツッコミ続ける鶴瓶。話は、江口が初めて挑戦するというミュージカルについて。1週間前に会ったときには、「こんなに歌があるとは思わなかった」とボヤいていたらしいが……。
鶴瓶 ミュージカルあるんやろ?
江口 今、稽古やってるんですよ。
鶴瓶 でもピアノできるんなら、音感はええんと違うの?
江口 ええのかどうかわからんけど、まあ、苦労してますよねえ。
鶴瓶 急に歌い出すの、お前、気持ち悪いんとちゃうの?
江口 でもそれ慣れてきました。やり方があるんですよ。
鶴瓶 普通にしゃべっててやで、急に歌うんやで?
江口 急に歌うんやけど、急な感じがしないやり方を自分で編み出した。
鶴瓶 なんやそれ、気持ち悪くないの?
江口 全然気持ち悪くない。
鶴瓶 編み出してない人が歌うのはそれでもええの?
江口 編み出してない人が歌っていたら、うわ!歌っとんなあ、と思うよ。
鶴瓶 ワハハ!
江口 でも今の時期だから、スタッフさんがコロナになったり濃厚接触者になったりで、思うように稽古が進まないことが結構あるんですよ。鶴瓶さん、なってない?
鶴瓶 なってない。
江口 私もなってないねん。
鶴瓶 こういうタイプはならないんとちゃうか?(笑)
江口 え、どういうタイプ?
鶴瓶 ウイルスがどっか行きよるんとちゃうか?(笑)
江口 そうかな。
鶴瓶 でも濃厚接触者にはなったわ。退屈やで、濃厚接触者は。
江口 何してたんですか? 家出れないでしょ?
鶴瓶 うちの嫁が来てくれて、ごはん作ってくれたりした。あと、中居(正広)がいろいろ持ってきてくれたわ。東京駅のデパ地下で買うてきて、玄関口に置いて帰ったり。
江口 へえ……いやあ、友達とか奥さんいるっていいですよね。
鶴瓶 (笑)。結婚したらええやないか!
江口 いや、もう無理やと思うわ。
鶴瓶 ボヤくからやろ、小さな声で。口ちゃんと開かんと、「なんでこの人と結婚したんやろ」と言うやろ、絶対。言うてまうやろ?
江口 言うてまうな。
鶴瓶 そういうことを、いっぺん心の中で思ったことを口に出さない稽古せえ! そのミュージカルの稽古の合間に。
江口 無理やな。それ、無理でしょ。
鶴瓶 ワハハ!
ナレーション仕事の難しさ
「無学 鶴の間」は、鶴瓶とゲストの間にマイクを1本立てて話していく「漫才スタイル」を取っている。「漫才」ゆえに、江口の歯に衣着せぬ言葉や無愛想な雰囲気が心地よいボケとなり、鶴瓶がそれを拾いながら話は次々に展開していく。
2人が出演した「半沢直樹」やバラエティに出たときの話、初恋の話と続き、鶴瓶がアフレコで参加している映画「怪盗グルーの月泥棒」の話へ。
江口 グルー?
鶴瓶 グルー。
江口 グルー?
鶴瓶 グルーや!
江口 観ないからよくわからないけれど、鶴瓶さん「ミニオンミニオン」ってやたらとミニオンの話、ラジオとかでしてますもんね。どういうセリフ言ってるんですか?
鶴瓶 「おい、アグネス、何してるねん。そんなことしたらあかんやんか、こっち来い。俺が盗むのは月やー!」
江口 それ、鶴瓶さんやん。
鶴瓶 アフレコやってないのか?
江口 やったことないです。
鶴瓶 不貞腐れるからちゃうの?
江口 ナレーションはたまにあるんですけど、たいてい私がやるのは精神的に具合の悪くなった人のナレーション。そういう暗い物語が多いですね。
鶴瓶 うまいと思うで。そういうの。
江口 いやいや、難しいですね。
鶴瓶 もともと劇団東京乾電池で舞台やってて、今ドラマもやってて、ミュージカルもやんねんから、ナレーションもうまいんちゃうの?
江口 うまいはない。イントネーションとかでやり直すことが多いですね。ちょっとくらいええやんと思うけど。
鶴瓶 俺も映画「シーズンズ 2万年の地球紀行」でナレーションやったけど、何度もやり直した。
江口 それ標準語でナレーションだったんですか?
鶴瓶 俺に頼むんやったら関西弁でもええやんな。
江口 私もそう思います。
鶴瓶 「いのしし」っていうイントネーションが言えへんねん。
江口 どうでもええやんなあ!
鶴瓶 ワハハ!
江口 映画に「いのしし」出てるわけでしょ。わかるやんか。でも、ほんと、イントネーションに関しては厳しいですよね。
鶴瓶 そやねん。厳しいでぇ。でも俺、あれ、やりたいねん。「シルクロード」のナレーション。石坂浩二さんがやっていたようなやつやりたいねん。
江口 いやいやいや! それはない。
鶴瓶 いや、大阪弁でやで。あかんの?
江口 えー! それ、どこかわからんようになるんちゃう?
鶴瓶 わかるわ! シルクロードは!
茨木のり子の詩を朗読
ナレーションの話からは続きがあった。「朗読をやってほしいと思ったのよ」と鶴瓶。
江口の俳優としての表現力に惹かれてきたからこその提案だった。鶴瓶が江口に読んでほしいと頼んだのは詩人・茨木のり子の詩。江口はこの朗読の話をもらう2、3日前、書店でたまたま茨木のり子の本を立ち読みしていたと言い、その巡り合わせに驚いたという。
暗転したステージに1人、ほの暗いスポットライトの中、江口が最初に朗読したのは、茨木のり子の詩の中ではもっとも有名な詩のひとつ「自分の感受性くらい」。自分の弱さを認めながらも、守りたい大切な内なるもの、それを失っていってしまいそうになることを、誰かや暮らしや時代のせいにしない。最後の「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」という、ヒリヒリとした言葉が、江口の声をして突き刺さる。
続いて読んだ「汲む~Y.Yに~」は、江口自身「すごく共感できる」と選んだ詩で、これもまた、一言一言、噛み締めるように読み上げ、そして彼女自身、声に出しながら、ふと救われていくような、そんな表情が印象的だった。
そして最後に選んだのは、フィリピンのミンダナオ島で、果実を採ろうと高い梢に登った若者が手を伸ばしたとき、転がり落ちたのがかつてそこで戦死した日本兵の苔むした髑髏だったという描写からはじまる「木の実」。この生配信の日が8月6日の広島の原爆祈念日だったこと、そして8月には終戦記念日もあるということで、「この時期だからこそ、今、読なくては」と選んだ詩だったという。
詩は、その頭を愛おしく抱いた母親、もしくは恋人がいただろうこと、「もし、それが私だったら」と続く。しかし、「もし」と、想像するも、想像を絶する悲しみが、続く言葉を失わせる。この詩はそれゆえ、未完となることで完成した詩なのだ。
茨木のり子がこの詩を書いてからさらに時が過ぎ、戦後77年が経った今、江口の声が、息が、現代の空気を震わすことで、さらにどんな想像力を掻き立ててもなお追いつかない、戦争の悲惨さ、悲しみ、そして、だからこそ忘れてはならないという想いが、彼女の朗読からはひしひしと伝わってきた。
3編を読み終え、その集中力からふっと解放されたように笑みを浮かべる江口。まだ深い余韻が会場を満たし、静かな拍手が江口に送られた。
「たくさん渡した中から3つ選んでくれた。いいの選んだなあ」と鶴瓶が言うと、「言葉が難しかったりするので、目で文字を読んだ方が伝わりやすいということもあると思うんですけどね」と江口。しかし、言葉が言葉を越えて、詩が宿す生々しい感情を、この場に立ち上がらせる力はさすがというしかなかった。
「『こんなんやってくれないか』と言われるのはちょっとうれしかったりするんですよ」と江口。「言われることによって、読む、じゃないですか。言われなかったら読まないわけで。だからうれしいなって」
そこで新たに広がること、発見することがあるのだろう。江口は芝居についてこうも言っていた。
「自分の中で、いいとか悪いとか、こうしたいああしたいというのは、自分が経験してきたことや見たことの中でしかないから、全然自分とは関係ない人が『こうして』と言うことに乗っかってやってみると、豊かになるようなことがありますね」
それは今まさに稽古中のミュージカル「夜の女たち」もそうかもしれない。江口にとって初めてのミュージカルは、溝口健二監督の同名映画の初舞台化。演出は長年互いを知っている長塚圭史。演出家と俳優が舞台を作り上げていく上での大変さはあり、「どんな現場でも、一度は必ず、演出家のことを嫌いだと思う時期があります。今がそうかもしれん」とボヤきも入るが、それでもやはり「楽しいですね」と江口は続ける。
鶴瓶が贈った、江口のりこの楽屋のれん
鶴瓶 いつからやねん。
江口 9月3日からです。
鶴瓶 俺の作った“のれん”、かけてんの?
江口 もちろん。ほんまに早くかけたいなといつも思ってる。
鶴瓶 (江口が所属する劇団東京乾電池の座長である)柄本明さんが俺のところに電話してきてくれたんやからな。「江口のり子が芝居やるんだけど、鶴瓶さん、のれん、作ってくれない?」って。ありがたいで。
江口 俳優って楽屋にのれんをかけるんですよ。それを先輩からもらうしきたりがあるんですよね。それである日、柄本さんが電話してきて「鶴瓶さんにのれん頼んだよ。最後の確認だけど、鶴瓶さんでいいね? いいのね? (桂)文珍さんがよかったとかない?」って聞いてくれて(笑)。「鶴瓶さんがいいです!」って言いました。
鶴瓶 役に立つのなら本当によかったですよ。
鶴瓶はうれしそうに笑みを浮かべ、江口に言った。
「今日こうやって出てもらったけれど、どうでしたか? 帰りの新幹線でボヤきませんか?」
それを受け、「明日からまたがんばれるなと思いました」と、江口ははにかみながら言葉を返した。その表情がなんとも初々しく、鶴瓶がこの人を魅力的だと思ってここに呼んだ理由を理解したような気持ちになった。
「無学 鶴の間」、4回目のゲストは、映画、ドラマ、そしてミュージカルと、きっとこの先もまた、この人にしかない存在感にどうしても惹きつけられてしまう、そんな唯一無二の俳優、江口のりこ──。
プロフィール
笑福亭鶴瓶(ショウフクテイツルベ)
1951年12月23日生まれ。大阪府出身。1972年、6代目笑福亭松鶴のもとに入門。以降、テレビバラエティ、ドラマ、映画、ラジオ、落語などで長年にわたって活躍している。大阪・帝塚山の寄席小屋「無学」で、秘密のゲストを招いて行う「帝塚山 無学の会」を20年以上にわたって開催してきた。
江口のりこ(エグチノリコ)
1980年兵庫県生まれ。2000年劇団東京乾電池に入団。2002年三池崇史監督「桃源郷の人々」で映画デビュー。2004年タナダユキ監督「月とチェリー」では本編初主演をつとめ注目を集める。その後、ドラマ、CM、映画に多数出演。2021年には中⽥秀夫監督「事故物件 恐い間取り」にて第44回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞を受賞。2022年9月3日、KAAT神奈川芸術劇場ホールを皮切りにミュージカル「夜の女たち」がスタートし、その主役を務める。