日頃は表舞台に立っている芸人たちも、何かを好きになる気持ちは私たちと一緒! テレビで観たコントの世界に没頭したり、あのマンガの主人公から自分の信念を曲げない強さを学んだり、スクリーンの中にいる俳優の佇まいに魂を震わせたり……。こんなふうにさまざまなカルチャーに触れて人生を豊かにしてきたはずだ。
この「私の好きなポップカルチャー」では、お笑い界のポップカルチャー好き5名を書き手に迎え、音楽、コミック、お笑い、映画、ステージというナタリーで展開する5ジャンルのいずれかにまつわるコラムを掲載中。映画好きで知られる
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※このコラムは2021年1月30日~31日に開催したオンラインイベント「マツリー」の一環として掲載したものです。
自分のなりたい姿がそこにあった「グラン・トリノ」
突然で恐縮ですが、僕は映画が好きです。他の人よりちょっとだけ愛している自信があります。 今回はそんな僕が映画の素晴らしさを再確認し、より映画への愛を深い所へと運んでくれた作品「グラン・トリノ」について語りたいと思います。
この映画で監督そして主役を演じるのは、僕が大好きで大好きでたまらない伝説の名俳優クリント・イーストウッド。目を細めて何かを睨んだ時の彼のかっこよさの右に出るものはまずいない。彼に睨まれマグナムで足をぶち抜かれるため なら僕は芸人人生を捨てて強盗でもなんでもする。「グラン・トリノ」には、そんなクリント・イーストウッドのある種の集大成と言っても過言ではない特別な魅力があると僕は思っている。
物語は主人公ウォルトが妻を亡くしたところから始まる。息子2人はどちらがウォルトの面倒を見るかなすりつけ合い、孫たちは葬式中に携帯をいじったりしている。こんなにも主人公の孤独を冒頭で思い知らされることはなかなかない。その後も家族には老人ホームに入れようと画策され、孫はウォルトの大事にしている愛車グラン・トリノとヴィンテージのソファを死んだ後、譲ってくれと迫る始末。だがウォルトは意に介すことなくそれを一瞥し、唾を吐き捨てる。僕はその姿に一種の憧れすら抱いた。
そんな嫌われ者が玄関先のベンチに座り、缶ビール片手に愛犬ディジーと共に愛車のグラン・トリノを眺めるシーンはこの世の哀愁の頂点。孤独、溢れ出す男の孤独感。劇場で見た際にその哀愁の濃度の高さが劇場内に漂っているのを肌で感じた。哀愁の漂う男に憧れて18の頃、あえてクリスマスに一人でラーメン屋に行く僕の求める老後がそこにあった。
不良グループともめている隣人が自宅の芝生に足を踏み入れれば不良をライフルで脅し「うちの芝生から出て行け」と睨みつけて退散させ、隣人の感謝の言葉にも「芝生に入るな」と睨みつける。ただ偏屈なじじいが庭を荒らされ怒っただけのこの行為で隣人から英雄と崇められ、玄関に大量にお礼の品が届く。その戸惑う姿や不器用ながらも受け入れ始め満更でもない姿は控えめに言ってキュンな見どころだ。隣人の青年や少女を気にかけ不器用ながらも接していく姿には、偏屈頑固じじいという第一印象からは見えてこなかった愛のある側面も見えてくる。一方、縮まらない家族との距離、体の不調、不良グループの報復とさまざまな要因が折り重なり、ラストへと静かに収束していく。
最後、ウォルトはある決断をする。
男が大事なものを守るため下した決断。それを実行に移した時、人とはこんなにもカッコいい姿になるのかと瞬きを忘れ、強く手を握りしめている自分がいた。ヒーローとは全ての人間を平等に守るものだが、ウォルトはある少数の知人にとってのヒーロー。僕にとって最も等身大のヒーローはウォルトであり、僕が最もなりたい男の姿がそこにあった。海岸沿いの道路を颯爽とグラン・トリノが走り去り、この映画はエンディングを迎える。
劇場で見ていた僕はとてつもなく素晴らしい余韻の中、驚きの光景を目にする。そう、 劇場で見ていたお客さんがパラパラと立ち上がり拍手をし始めたのだ。試写会とかではなく、ありふれた日のなんでもない時間帯の回。そこで巻き起こったスタンディングオベーション。僕は気付くと立ち上がり一心不乱に拍手を送っていた。こんなにも映画は人の心を突き動かすのか。こんなにも多くの人の心を揺さぶったのか。顔も知らない人間たちに一丸となって拍手させるパワーをこの映画は持っていた。
「グラン・トリノ」。僕をこんなにも映画の深みへと真髄へと運んでくれてありがとう。僕は深く一礼をして劇場を後にした。
宮下兼史鷹(ミヤシタケンショウ)
1990年11月16日生まれ。群馬県出身。2014年3月、太田プロエンタテイメント学院東京校 芸人コースを5期生として卒業。同校で出会った草薙航基と2016年1月に宮下草薙を結成した。2018年元日の「ぐるナイ おもしろ荘」(日本テレビ系)で3位入賞して以降、次世代を担う若手芸人の1組としてコンビで活躍中。大の映画好きとしても知られている。
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