湯木慧×Sasanomaly|わからないことを肯定した彼女が吐き出した煙

人生で2度目の底

──では、新作「スモーク」について聞かせてください。「一匹狼」から約1年ぶりの新作ですが、この1年、湯木さんはどのように過ごしていましたか?

左から湯木慧、Sasanomaly。

湯木 悲惨でしたね。「蘇生」を作っていた時期に続き、人生で2度目の底を経験しました。「蘇生」の頃はもうメジャーデビューが決まっていたので、「環境が変われば自分の心もいいほうに変わるだろう」と勝手に期待していた部分があって。デビューしてからは目まぐるしい日々を送っていたんですけど、「一匹狼」をリリースしたときに、まったく変わっていない自分を突き付けられたんです。環境が変わっても、周りにいる人が変わっても、自分自身は全然変われなかった。甘えていたんですよね、今振り返ってみると。やっと水の上で息ができると思っていたのに、はたき落されて、また水の中に落ちて……。

──創作自体もうまくいかなかった?

湯木 そうですね。なんと言うか、自分が作るのではなくて“作られる側”になった気がしていて。たぶんコンセプトを決めてから作るやり方が仇になったと思うんです。去年の11月に個展「HAKOBUne」を開いたんですが(参照:湯木慧が初の単独個展開催、展示作品の受注販売も)、そのときは“個展をやるから絵を描く”ではなくて、“絵を描いたから個展を開く”という順番だったんです。音楽もそうすればいいんだけど、先にコンセプトを決めることが多くて。「スモーク」は“わからない”というテーマを置いたんですが、その中に自分が飲み込まれてしまったんですよね。それも底に落ちた理由だと思います。

──浮上するきっかけはなんだったんですか?

湯木 このまま死ぬかもしれないと思ったタイミングがあったんです。3日間、何も食べないでキッチンに座っていて、お風呂も入らず、歯も磨かず、ずっとそこにいて。自分を苦しめること、嫌がる行為をずっと続けていたんですよね。そのうちに死を感じ始めて……そういうことありますか?

Sasanomaly 落ちることはあるけど、そこまでの経験はないですね。

湯木 ちょうど一人暮らしを始めたときで、人に会わなかったのもよくなかったんでしょうね。ただ、1個だけ残っていたのが「作らなきゃ」という感情で。めちゃくちゃ泣きながら手癖のコードで作ったのが「スモーク」の最後に入っている「挟間」という曲なんです。そのときのことは覚えていないんですけど、曲のノートが残っていて「作ったんだな」って。

わからなくてもいい

──ササノさんも創作と精神状態は影響し合うことはありますか?

Sasanomaly すごくあります、それは。「スモーク」に収録されている「Careless Grace」のアレンジをやらせてもらったんですが、ちょうどその頃、自分自身も「今後の方向性をどうしよう?」と考えていた時期で。ある種のスランプだとは思うんですけど、そんなことも言ってられないし……まあ、ずっとスランプみたいなものなんですけど。

湯木 (笑)。

Sasanomaly 僕の場合、自分ができること、やりたいこと、やらなくちゃいけないことが全部違うんですよね。ピアノの即興演奏も好きなんですが、それがどうしても自分の曲と結び付かなかったり。自分の中で線引きができてしまっているというのかな。よく言えば信念、言い方を変えれば凝り固まっているんだと思います。周りから見れば「好きにやったらいいじゃない」という話なんですけど。でも、「Carelss Grace」のアレンジをすることで、僕自身が救いを得られたんです。「スモーク」の中ではインタールード的な立ち位置なんですけど、この曲はかなり前からあったんですよね?

湯木 そうなんです。私にとっては特殊な1曲で、なかなか完成しなかったんですよね。私、フェードアウトする曲が全然ないんですけど、それは「曲の中で答えを出さなくちゃいけない」と思っていたからで。「Careless Grace」は答えが見つからなかったんですけど、どん底の自分と向き合って、“わからない”というコンセプトについて考えている中で、「わからなくても大丈夫」という結論に至って。だからこそ「Careless Grace」を収録できたんです。この曲を音源にして「スモーク」に入れられたこと自体が私にとってはすごく大きくて。

──変われない自分、答えを見つけられない自分を肯定できた?

湯木 それはあります、とっても。私、自分の人生においても常に答えを求めていたんです。「これならできるだろう」ということを決めて、そこに向かって進んで。コンセプトを決めてから制作することもそうですけど、本当の意味で挑戦したことがなかったし、“わからない”ということに向き合ったこともなくて。「スモーク」という作品を作ったことで、「わからなくてもいい」と初めて気付けたんですよね。

Sasanomaly 「Careless Grace」のアレンジに関わらせてもらったのは、僕にとってもすごく大きいです。アレンジャーとしては、どんな曲に対してもオールマイティにやれるべきだ思うんですが、僕にはそれができなくて。トレンドを意識してもマネごとに終わってしまう気がするし、ほかの人のマネもできなくて。その曲が生まれた経緯を知ったうえで「だったらこうするべきだ」というやり方しかできないというか……。おそらく僕は職業的なアレンジャーにはなれないかもしれないです。

湯木さんの命があって「スモーク」が生まれた

──ササノさんの新曲「SEI」にも「Careless Grace」に関わった影響が反映されているでしょうか?

Sasanomaly いや、「SEI」はちょっと前からあった曲なんです。「MUIMI」や「LOVE」と同じ時期に作っていたので、2018年頃ですね。僕はどうしても自己否定、自己嫌悪が付いて回るんですけど、この曲の歌詞もまさにそうで。「SEI」というのは、「僕がこんな“せい”でごめんなさい」という意味なんです。

湯木 私、この曲が今までのササノさんの曲で一番好きです。まず言葉が入ってくるんですよね。私もそうですけど、「自分のせいだったかも」「もっとやれたかも」という気持ちを抱えている人はすごく多いと思っていて。ササノさんはご自分の気持ちを書かれているのかもしれないけど、自分自身と戦っている人が聴けば、すごく響くと思います。共感の渦ですね。

Sasanomaly 確かに「SEI」の歌詞は、抽象的な表現ではなくて、はっきりわかる言葉にしようと意識しましたね。基本的には言いたいことをそのまま書いてしまうんですが(笑)。

湯木 歌詞とアレンジのバランスもいいし、全体的な熱量もすごくあって、これが黄金比率だなと思いました。今まで「間奏で息ができなくなる」ということが多かったんですけど、「SEI」は聴いている間、ずっと息ができなかったです。

Sasanomaly ありがとうございます。劣等感や後悔が制作の原動力になっているのは今も変わらないですね(笑)。湯木さんの「スモーク」はどん底の時期があったとは思えないほど、一歩進んでいる感じがすごくあって。同じく歌を歌う身としては、軽く嫉妬するところもありますね。もちろん、それがおこがましいことだとはわかってるんですが。

湯木 いえいえ、そんな。

Sasanomaly 湯木さん自身がもともと持っているもの、この作品ができあがるまでの過程を含めて、湯木さんの命があって、この作品が生まれたというか。

湯木 やっぱり100%の闇を経験したことが大きかったと思います。その中でできた作品が「スモーク」なので。

──今後のお二人のコラボレーションも楽しみです。

湯木 ぜひお願いしたいです! 私、ササノさんに「死なないでください」って言ったんですよ。アレンジャーさんにそんなことを言ったのは初めてだったんですけど。

Sasanomaly 言われましたね(笑)。

湯木 音楽を作れなくてもいいから……いや、もちろん作ってほしいですけど、とにかく生きていてほしいなって。これはササノさんが死にそうだということではなくて、好きとか尊いとかを超えると「生きていてください」になるんですよ。これ、絶対書いておいてください(笑)。

ライブ情報

ワンマンライブ「選択」
  • 2020年9月12日(土) 神奈川県 1000 CLUB
左から湯木慧、Sasanomaly。