音楽ナタリー×WOWOW「矢沢主義」 PowerPush - 矢沢永吉

日本武道館中継直前、田家秀樹が語る“日本のロックの宝”

その後1980~90年代は、矢沢さんにとって世界と戦っていた時代でしょう。「俺の音楽のレベルを洋楽並みにしたい」ということで海外へ進出しました。演奏も音質もパッケージも全部含めて、もっと高度な音楽、もっと難しい音楽、自分ができないような音楽、そこに向かっていった時期でしょうね。ロサンゼルスやロンドンで現地のミュージシャンを集めてレコーディングをして、曲調も難しいコードが出てきたり構成が複雑になったり、音楽的な意味での新しいところへ行こうとしていた。自分の音楽を、日本のマーケットではなく世界の音楽の文脈の中に置こうとしてたんだと思います。

帰国してからどこが変わったかといえば、最近何作かのロックンロールアルバムがそうなんですけれども、あえて難しいことをやらなくなった。自分の音楽が誰に聴かれているか、ということをもう一度考えるようになったのでしょうか。海外の状況も音楽業界の構造も全部わかった上でそういう音楽をやるというプロデューサー的な資質、「自分がボスなんだ」という自覚、それらがより一層強くなったんだと思います。シンプルなんだけれども矢沢さんにしかできないことが曲の中に散りばめられている。“E.YAZAWAが歌うべき何か”からブレずに曲を作ってるという印象ですね。

彼の言葉にとてもリアリティと説得力があるのは、そこにキレイごとや建前のフィルターがないから。全部自分が経験し、都度答えを出してきたことだからです。だから誰の胸にも響く。それは「成りあがり」から、もっと言えば矢沢さんが広島で初めて「ドラムが欲しい」と思ったときからそうだと思います。

矢沢永吉日本武道館公演の様子。

音楽に対する情熱や衝動、いわゆる原点も全然変わってないんじゃないでしょうか。きっとステージを観ればそれがわかりますよ。60もとっくに過ぎ、肉体的につらくないわけがないけれども、つらい肉体をも超えていく衝動をずっと持ち続けている。おそらくステージに立って音が鳴った瞬間に、すべてを忘れるんじゃないでしょうか。自分が何歳であるとか、キャリアを何年重ねてきたとか、どれだけCDが売れたとか、ライブが何本目だとか、そんなの全部すっ飛んじゃうんじゃないかなという気がして観ることがあります。それを感じられたときに彼の中でもこの上ない勝利感が味わえるから、ああいう開放的な、清々しい、色っぽい顔になるのでしょう。

矢沢さんは、日本のロックの宝です。「日本のロックとは何か?」と聞かれたら「この人がいます」と言える、まったくイコールの人です。それは音楽も生き様も。

The Whoのギタリストであるピート・タウンゼントが「ロックンロールは勝利の音楽だ」と言いましたが、矢沢さんのステージを観るとそれを直で感じることができます。つまり、決して豊かな家で生まれたわけじゃなくても、学歴がなくても、体の中に本当に伝えたい、訴えたい、歌いたい衝動があって、それが音になればこういうことができるんだと僕らに見せてくれてる人なんです。そして、それは年齢なんか関係ないんだということも、毎年毎年武道館で証明してくれています。

矢沢永吉(ヤザワエイキチ)

1949年生まれ、広島県出身。中学時代にThe Beatlesを聴いてロックに目覚め、高校卒業後に単身で上京。1972年に伝説のバンド、キャロルを結成する。1975年にソロに転向し日本人アーティストとして初の日本武道館公演を成功させるなど、ロックシンガーとして不動の地位を確立する。自伝「成りあがり」はバイブル的な人気を誇り、日本を代表するロックアーティストとして崇拝するファンは多数。近年はロックフェスティバルなどにも積極的に出演し、若い世代のファンからも熱い視線を集めている。2008年には初めて長期間にわたりライブ活動を休止し世間を驚かせたが、2009年8月に原点回帰とも言えるアルバム「ROCK'N'ROLL」をリリース。さらに同年9月に東京ドームライブを大成功に収め、健在ぶりを証明した。2012年8月にデビュー40周年記念アルバム「Last Song」を発表。2014年2月にはメンバーを一般公募しバンド「Z's」を結成するなど、精力的な活動を続けている。

田家秀樹(タケヒデキ)
田家秀樹

1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソナリティとして活躍中。著書に「夢の絆 / GLAY2001ー2002ドキュメント」「夢の地平 / GLAYノンフィクション・ツアー・ストーリー」「オン・ザ・ロード・アゲイン / 浜田省吾ツアーの241日」「陽のあたる場所 / 浜田省吾ストーリー」「ラブソングス / ユーミンとみゆきの愛のかたち」「読むJ-POP・1945~2004」「豊かなる日々~吉田拓郎2003年全軌跡」「ジャパニーズ・ポップスの巨人たち」ほか多数。