デビュー40周年!ワクワクが止まらない杉山清貴の「FREEDOM」宣言 (2/2)

新しい音楽の世界に挑戦したら、またワクワクが始まったんです

───1990年発表の「マッド・チャイナマン」が日本でもヒットしたシンガポールのスター、ディック・リーさんが今回も楽曲提供で参加されています。

ちょうどこの前来日していましたね。あの方はもともと家が財閥の超お金持ちですから、楽曲の作り方にも余裕があって、今回のアルバム用に5、6曲書いてくれたんです。プロデューサーが「ディックと知り合いだから彼に頼むわ」ってお願いしたら、曲がいっぱい来ちゃった(笑)。ぜいたくな話ですよね。ディックの表現する音楽も独特で、「マッド・チャイナマン」は当時聴いて衝撃を受けました。面白いもので、今回収録されたディックの曲「I am here」で作詞をしてくれた和悠美さんは、ディックの来日公演にコーラスで参加していたんです。もっと言うと、ここ20年ぐらい一緒にやっているギタリストの是方博邦さんも来日公演に参加していて。いろいろつながっているんだなと思いますね。

──「I am here」というタイトルから、杉山さんが2013年に発表したデビュー30周年記念アルバム「I AM ME」のことを思い出しました。

ちょうど10年前の2013年、キングレコードに移籍して最初のアルバムですね。あの頃はボーカリストになるのか、それともアーティストになるべきなのか考えていた時期だったんです。それで過去の作品を振り返って、林哲司さんや佐藤準さんなど、これまでお世話になったアレンジャーの皆さんにお願いしてセルフカバーをやってみました。そういえば佐藤さんに「さよならのオーシャン」をアレンジしてもらうとき、「イントロをオリジナル版とはまったく違うものにしてください」とお願いしたら「今さら変えるの!?」って言われちゃって(笑)。そんなアレンジャー泣かせのお願いをするぐらい、どこへ向かうべきか迷っていた時期でした。「もともと飽きっぽい性格だから、今までやってきたことをずっと続けていくより新しいことをやりたい。だけど何をやればいいんだろう」「レゲエかな? でも、俺がいきなりレゲエをやってもしょうがないしな」とか(笑)。そういう試行錯誤の始まりの年なんですよね。だから「俺は俺だ」と自分自身に言い聞かせるため、「I AM ME」というアルバムタイトルにしました。

杉山清貴

杉山清貴

──そんな背景があったんですね。

2016年にソロデビュー30周年アルバム「OCEAN」を作ったときも、慣れ親しんだバンドメンバーと一緒にアレンジしたり、2020年に亡くなられた小林信吾さんに相談したり、楽しかったけど試行錯誤の連続で。それで「OCEAN」が完成したあと、聴き直してみたら「あれ? なんかもう来るとこまで来たな」みたいな感覚になったんですよね。シンプルな楽曲をバンドでレコーディングできたし、自分のやりたかったハワイ色の強い曲やソウルに挑戦できたし、菊池桃子さんとデュエットしたし、「もう十分集大成になったな」って。「ここからは自分の特色とか関係なく、いろんな音をやってみたいな」と思えるようになりました。それが2017年ぐらい。

──そこで冒頭でお話いただいた「Driving Music」につながるわけですね。

それまでは「60歳を過ぎたら新曲なんかいらない」と考えていたんです。ファンの年齢層が上がってきて、新しいお客さんが来てくれることも想像できなかったから、新曲を作る必要性を感じなくなってしまって。もう「みんな聴きたいのは昔の曲でしょ?」って、達観したところまで行ってた。だから矢沢永吉さんが精力的に活動されている姿を見て、すごいなって思ったり。でも「Driving Music」で新しい音楽の世界に挑戦したら、またワクワクが始まったんですね。「音楽って面白い、やっぱり新曲は作るべきだな」って。

杉山清貴

杉山清貴

「音が古い」という概念がない、いい時代になりました

──前作「Rainbow Planet」の反響の大きさも追い風になったんじゃないでしょうか。

あの反響にはびっくりしたし、「新しい作品を作ったら面白いだろうな」と気持ちを切り替えるきっかけにもなりました。今の若い子たちは年齢とかバックグラウンドを気にせず、フラットにいいか悪いかを判断しているところがあると思うんです。だからシティポップがこれだけ広く支持されているんでしょうし。時代が変わって、本当に自由になりましたよね。一時期は1980年代に発表した曲を演奏するとき、「こういうアレンジでいきたいんだよね」とミュージシャンたちに相談すると「杉山くん、そのドラムパターンはもう古いよ」とか言われることがよくあったんですけど、2000年代に入ってからは「古い」という概念がどんどんなくなっていることに気が付いて。いい時代になりました。

──初のオールタイムベストも同時リリースとなりましたが、若い音楽ファンの方にも杉山さんの音楽的変遷を存分に味わっていただきたいです。

自分で言うのもなんですけど、「よくこれだけ曲を作ってきたな……」と感慨深いものがありますね。大きい小さい関係なく、転機になるようなタイミングって必ずありますよね。そういうところをベストアルバムで俯瞰して見ることができるのは面白いです。瞬間瞬間を切り取られているようでもあるし。完全に親元を離れて、独り立ちしている楽曲が揃いましたね。

──なるほど。

それからここ2年でバンドメンバーも若くなって、「KT Sunshine Band neo」という名前になったんですけど、以前は僕と同世代のミュージシャンとやってきたわけです。それで1980年代の楽曲を演奏することになったとき、僕が「オリジナルアレンジでやりたい」と提案すると、メンバーが「なんか恥ずかしいんだよね、このフレーズ弾くの。やめようよ」みたいな会話になるわけです。そうすると俺も「じゃあ、ここのシンセの音を削ろうか」とか、どんどんアレンジしていって。でもお客さんのことを考えると、思いっ切り変えるわけにはいかないから、メンバーとお客さんの板挟みになりながら悩んでいました(笑)。だけど若いメンバーに代わってからは、思う存分当時のアレンジで演奏してもらっています。彼らはパワーがあるから、僕が20代だった頃の楽曲をガッツリ演奏できるし、勉強熱心で素晴らしいです。「こんなフレーズだったんですね!」って当時の音を面白がってくれますよ。今だとバンドがいなくても、最悪MacBookが1台あれば音を出せる時代じゃないですか? そこをあえて手弾きでやる楽しさを覚えちゃったみたいで(笑)。

──お話をうかがっていると、今年のコンサートがますます楽しみになりました。

僕も楽しみです。日比谷野音で行っている毎年恒例の野外ライブ「The open air live "High & High"」はセッションでゆったりできる曲も選んで、ひと足早い夏を満喫していただきたいですね。秋口に予定しているツアーでは、ニューアルバム「FREEDOM」とオールタイムベストの曲をがっつり楽しんでもらえる内容にする予定です。

ライブ情報

祝・日比谷野音100周年 SUGIYAMA,KIYOTAKA The open air live "High & High" 2023

2023年5月21日(日)東京都 日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)

プロフィール

杉山清貴(スギヤマキヨタカ)

1959年生まれ、神奈川県横浜市出身のシンガーソングライター。1980年にロックバンド・きゅうてぃぱんちょすで「ヤマハポピュラーソングコンテスト」に出場し入賞。1983年には杉山清貴&オメガトライブとしてシングル「SUMMER SUSPICION」でメジャーデビューを果たし、「君のハートはマリンブルー」「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」「サイレンスがいっぱい」など数々のヒット曲を発表した。1985年にバンドを解散したあと、翌1986年にシングル「さよならのオーシャン」でソロデビュー。近年はソロだけでなく杉山清貴&オメガトライブ、きゅうてぃぱんちょす名義でもライブを行っている。2023年5月にはソロ名義のニューアルバム「FREEDOM」、メジャーデビュー40周年を記念したベストアルバム「オールタイムベスト」を同時リリースした。