音楽ナタリー PowerPush - さかいゆう×日野皓正 対談
“無”が生み出す音楽
欠点は神からもらった勲章
──では日野さんはシンガーとしてのさかいさんにどういう印象を持ちましたか?
日野 やっぱりジャズ歌手よりもポップ畑の人のほうがしっかりしてるんだよね。発声はいいし英語もきれい。ポップスは何千、何万という大衆を相手にしてるからね。歌謡曲の出だけど森山良子ちゃんみたいにしっかりソウルフルな歌を歌える人もいるし。今回の女の子もうまいなーと思ったら男だったんだけど(笑)。
さかい いや、うれしいです。ありがとうございます。
日野 それで今日話してみたら「プラグド・ニッケル」なんて出てくるからびっくりした。あれなんてさ、マイルスは風邪引いてんだかドラッグやってんだかわかんないけど、音が出てないのよ。ミストーンもそのまま入ってて。でもそのミストーンが芸術になってる。俺にとってもマイルスはお手本だし、君がマイルスや俺のアルバムを聴いていてくれてるというのは、すごく土台がしっかりした上で前進的な人なんだなと思ったし、同胞、仲間だなと思った。
さかい ……ありがとうございます。でも僕は全然土台がしっかりしてなくて、譜面があんまり読めないのはずっとコンプレックスなんですよ。そろそろ解決したいなって思ってるんですけどね。ジャズマンへの憧れはずっとあるんです。TOKUさんみたいにシットイン(出演予定のないライブに飛び入り参加すること)して、その場にいる人をみんなハッピーにさせるみたいな。
日野 譜面が読めないとか、不器用だとか、なんか欠点があるというのは、それは神からもらった勲章なんだよ。そのまま50年、60年と続けたほうが、何もかもやろうとする人よりも強くなるから。全部を勉強する必要はないよ。
──譜面を覚えることで対応力は身に付くかもしれないけど、譜面が読めないなりのマジックが失われるかもしれない。
日野 そう。法則的にナレッジが増えると制御しちゃうから、感性でドーンとやったほうが強い。
さかい そうですよね。バークリー(音楽大学)出身が全員いい音楽家になれるわけじゃないですもんね。
日野 みんな同じになっちゃうからね。ああいうとこは天才型の人は行っちゃだめ。行ったほうがいい人と、行っちゃいけない人がいるの。菊地のプーさん(菊地雅章)なんかはすぐ先生とケンカして辞めちゃったもんね(笑)。
さかい でも実際に行って自分に合わなかったとわかるのも、経験を積んだことにはなりますよね。
日野 そうだね。旅することと一緒で、いいカサブタが増えるから。
音楽は“無”になって繰り広げる会話
──対応力を身に付ける上で重要なことは何なのでしょうか。
日野 自分を大きくすることによって、いろんなものが入ってくるわけ。天からの指令とかアイデアとか。それを聞かなくちゃいけないし、無にならなくちゃいけない。(自分のCDを指して)これも俺がやったんだと思ったら大間違い。自分の能力にないものを誰かにやらされてるんだよ。「俺、なんでこんな曲書けたんだろう?」「こんなフレーズが思い付いたんだろう?」なんてしょっちゅうでしょ?
さかい ああ、わかります。
日野 無になってニュートラルで生きていけば、常にアイデアが降りてくるわけ。アイデアが来なくなったら、まだ自分の人間性がそこまで行ってないってこと。次の指令が来るまでお前ちょっとそこでウロウロしてろと(笑)。「人間をデカくして、愛や思いやりを大きくしなさい。お、そこまで来たか。じゃあ次のアイデアをあげるよ」って、ポンと次に進める。
さかい ……すごい考え方ですね。
日野 家で練習してて新しいフレーズが浮かんだらついやりたくなっちゃうけど、そのまま吹いても絶対面白くないんだよね。ステージに上がったら全部忘れて“無”にならなくちゃいけない。音楽は会話だから、誰かが音を鳴らしたら「どんな話をしようかな」って自然に応えるもので、音がなければ休め。休んでたら「皓正、ここはG#の音だよ」って声が降りてくるかもしれない。
──そこからほかのプレイヤーとの“会話”が始まると。
日野 あとは「じゃあここは対位法でこう鳴らしたらカッコいいかなあ」って自然と手が動く。それだけ。でも何人かいたら、中には感性が合わない人もいて。「昨日のラーメンうまかったよなあ」って言ったら「今日のお日様はさあ」って。「お前違うじゃない。ラーメンの話をしてんだろ?」って、そこで演奏がダメになる。「あのチャーシューがよかったですよねえ」って来ると、「そうだろ?」って話が弾んでいくわけ。
さかい じゃあ日野さんが自分のバンドを選ぶときに基準にしてるのは、そういうとこなんですか? 日本語とか英語とかじゃなく、同じ言葉をしゃべれるかどうか。
日野 人間的なところだね。愛があるか、包容力があるか、真実味があるか、正義があるか。それがある人は、やっぱ音楽がどこかから“聞こえてる”んだなって思う。あの人が考えてることじゃねえよなあって。音がブッ飛んでる人はみんなそうだよ。
オリジナリティの育て方
──“無”になって演奏しているかどうかが伝わるわけですね。
日野 作為が見えるとダメなんだよね。なんでもそう。テレビ番組なんかでも、作為が見えるとパッとチャンネル変えちゃう。
──やっぱりちょっと醒めてしまいますよね。
日野 ジャズなんか特にさ、何年のあそこで演奏したあの曲、ってのが価値になるからさ。「あのときステージで大ゲンカになって」みたいなハプニングも含めて音楽と結び付いて文化を生み出していたんだけど、その文化がなくなって平面になっちゃった。
──少しずつ回帰しているような流れも感じますけどね。全編生演奏の音楽特番をやったり、アナログレコードが見直されていたり。
さかい うん。長い目で見たら……僕が生きてる間に変わるかどうかわからないけど、状況はいいほうに変化していくと思いますね。
日野 例えば夜中の2時ぐらい、月に1回でいいから、ジャズに時間をくれるスポンサーとディレクターがいてくれてもいいんじゃないかなって思うんだよね。文化を上げる作業をする肝っ玉のあるやつはいないかなって。みんな不満は持ってると思うわけ。でもそれが言えない世の中だから。
さかい それ日野さんみたいな大先輩が偉い人と組んでやるといいと思いますよ。
日野 俺はそんなヒマないよ。次にやんなきゃいけないことがどんどん出てくるんだから。
さかい あはははは!(笑)
日野 まったくトランペットが吹けなくなったらやるよ。この間もプロの若いのが勉強させてほしいって言うわけ。「どうやったらオリジナリティが付くんでしょうか」って。
──そういうときはなんと答えるんですか?
日野 まずは100人敵を作れ。100人敵を作ったら1人は味方が付くから、そいつは大事にしろよ。そして上に歯向かえ。下はかわいがってやれ。そうすると、自分はこれが大っ嫌いというのがハッキリするから、好きなことだけしかやらなくなる。それがオリジナリティになるって。「でも私、人に嫌われたくないんです」とか言うやつもいるんだよ(笑)。
さかい それは音楽やめたほうがいい(笑)。
日野 そう(笑)。じゃあ演奏してみようかってなると、その前にみんなで画材屋に行ってオイルパステルと紙を買ってきて、1人ずつ自由に絵を描いてもらう。ミュージシャンだから面白い線ができるわけ。「これ何描いたんだ」って聞くと「いや、楽器ですけど」って言うけど全然楽器に見えないの(笑)。でも面白いじゃんって言って、みんなが描いた絵をシャッフルして「じゃあお前とお前、この絵に演奏を付けなさい」って。「なんでこれを見てそんな音を出したの?」って聞くと、「水に見えたので」って返ってくるわけ。そんな感じで自由にやらせて、最後は「みんな世の中に不満持ってるだろうから、怒りの音を全員でガーン!と出せ。あと20分あるから、最後の5分はピースフルで、愛を語らうように」って。そうするとね、みんなすごい音を出すんだよ。
さかい いやあ、すごい。個性の練習ですね。
日野 バークリーとは正反対だと思うけど。
さかい 日野さんが音楽の先生だったらよかったなあ。
日野 教育委員会に睨まれるタイプだけどね(笑)。
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- さかいゆう コラボレーションアルバム「さかいゆうといっしょ」 / 2015年2月4日発売 / アリオラジャパン
- 初回限定盤 [CD+DVD] 3996円 / AUCL-175~6
- 通常盤 [CD] 3186円 / AUCL-177
CD収録曲
- SHIBUYA NIGHT(featuring TOMOYASU TAKEUCHI) / さかいゆう
- 生まれてきてありがとう feat. さかいゆう / KREVA
- 記念日 feat. さかいゆう / マボロシ
- ピアノとギターと愛の詩 / 大橋卓弥(スキマスイッチ)
- シロクジ feat. さかいゆう / KOHEI JAPAN
- Magic Hour feat. さかいゆう / RHYMESTER
- LOVE & LIVE LETTER / 福耳
- いつもどこでも feat. さかいゆう / 冨田ラボ
- Hold You feat. Yu Sakai / Ovall
- ピエロチック feat. 秦基博 / さかいゆう
- Life is feat. Emi Meyer / さかいゆう
- 薔薇とローズ feat. Little Glee Monster / さかいゆう
- Mirror feat. お客さん / さかいゆう
- 闇夜のホタル feat. 日野皓正 / さかいゆう
初回限定盤DVD収録内容
さかいゆう TOUR2014 "Coming Up Roses" SPECIAL
- OPENING
- SHIBUYA NIGHT feat. 竹内朋康
- EMERGENCY feat. 竹内朋康
- Life is feat. Emi Meyer
- 愛するケダモノ feat. TOKU
- ピエロチック feat. 秦基博
- 薔薇とローズ
さかいの湯 Vol.3“さかいゆうといっしょ”スペシャル
2015年3月13日(金)
東京都 EX THEATER ROPPONGI
<出演者>
さかいゆう / KOHEI JAPAN / 土岐麻子 / RHYMESTER / Little Glee Monster
写真左:さかいゆう
高知県出身の男性シンガーソングライター。20歳で上京し、独学で音楽を始める。2001年に単身渡米しロサンゼルスでストリートパフォーマンスを行いながらピアノを習得。帰国後の2004年頃よりソロ活動を本格化させ、2009年10月にシングル「ストーリー」でメジャーデビュー。胸を打つ歌詞、透明感ある歌声が広く支持されている。また客演も多く、これまでにマボロシ、KREVA、RHYMESTERなどさまざまなアーティストとコラボレーションを行っている。2014年1月には3rdアルバム「Coming Up Roses」、同年9月にミニアルバム「サマーアゲインEP」を発表した。2015年1月には書き下ろしの新曲を含むコラボレーションアルバム「さかいゆうといっしょ」をリリース。3月にはEX THEATER ROPPONGIにて、このアルバムのスペシャルイベント「さかいの湯 Vol.3 “さかいゆうといっしょ”スペシャル」を行う。
写真右:日野皓正(ヒノテルマサ)
1942年東京生まれ。9歳の頃からトランペットを学び始め、13歳の頃には米軍キャンプのダンスバンドで活動を始める。1967年に発表された初のリーダーアルバム「アローン・アローン・アンド・アローン」が大きな注目を集め“ヒノテル”ブームを巻き起こした。1975年にはアメリカ・ニューヨークに渡り、1989年には日本人として初めてジャズの名門レーベル・Blue Note Recordsと契約。 近年はチャリティー活動や後進の指導にも情熱を注ぎ、個展や画集の出版など絵画の分野でも活躍が著しい。唯一無二のオリジナリティと芸術性の高さを誇る日本を代表する国際的アーティストである。