ファルセットと実声を自在に行き来する「身売り」
2022年発表の既発曲で、ロスというアーティストの特徴および特長を過不足なくちょうど全部詰め込んだような楽曲だ。音頭然とした跳ねたリズムが採用され、歌メロはほぼ5音音階で構成されている。サビにのみ6音目として9thの音が登場するのも実に印象的だ。トラックには和楽器の音色がベースミュージック的なマナーで取り入れられ、ダークかつソリッドなひりひりしたムードをたたえる。最大の聴きどころはファルセットと実声の配分コントロールが驚くべき精度で行われ続けるボーカル技術の高さであり、遊女の叶わぬ恋を描いた官能的な歌詞世界も含め、わずか2分半で「ロスとはこういうアーティストですよ」を説明しきってしまう強烈なオープニングナンバーとして機能している。
「女狐」を聴いて連想するあの童謡
和EDMサウンドを大々的にフィーチャーしたハードなビートのミディアムナンバーで、器楽的に上昇と下降を繰り返す短音階メロディが鮮烈。「求めておくれ おくれ おくれ」や「コンコン」「魂魂」など、音韻的にリズミカルな言葉遣いが目立ち、意味性を超えたイメージを想起させる広がりのある歌詞も特徴的だ。また、“人を化かす女狐”というモチーフが使われていることや、童謡「雪」の歌い出し「雪やこんこ 霰やこんこ」を彷彿とさせる「来たれや 恨恨 妬めや 昏昏」といったフレーズの存在も手伝って、怪談噺が歌われるタイプの童謡のようにも響く1曲である。
強いこだわりを感じるダンスチューン「浮気??」
2022年4月発表の既発曲。ラップを中心としたモダンな手触りのアグレッシブなダンスチューンで、前述した「5音音階」や「音頭リズム」などのシンボリックな特徴が3曲目にしていきなり排除されている。そうした言語化しやすい特徴的な要素を差し引いてもなお強烈な個性が発揮されていることから、小手先ではなく信念に基づいて表現方法を選び取る芯の通ったアーティストなのだということが逆説的に読み取れる楽曲とも言えるだろう。ただし歌メロのリズム的な親しみやすさはここでも健在であり、細かく跳ねたリズム表現や、弱起フレーズにおいても必ずアクセントが小節頭に来るあたりに執拗なまでのこだわりと一貫性を感じ取ることができる。
「クズ教室」に刻まれる看板フレーズ
2022年10月発表の既発曲で、得意の音頭リズムとスタイリッシュな四つ打ちビート、さらにはブレイクビーツまでをも融合させたエポックメイキングな1曲だ。白眉は「愚か者の行進 1.2.3.4」のリフレインで、「1.2.3.4」は「ワンツーさんし」と“忌野清志郎読み”で発音される。ややもすれば“ワンツーさんしの曲”として記憶に刻まれそうなくらいのインパクトとキャッチーさを有するフレーズであり、こうした看板フレーズがあるのとないのとでは印象の残り方がまるで違ってくるのは周知の通りだ。その言語感覚には目を見張るものがある。
「一匹狼」の目まぐるしいアレンジと自由に変化する歌声
攻撃的なシンセベースのリフが耳を引くマイナーチューン。スクエアなシャッフルビートと音頭的に跳ねるボーカルの共存が楽しい1曲で、目まぐるしいアレンジや変幻自在なボーカル表現が楽しめる。特に注目してもらいたいのがサビメロの半音階だ。収録曲全般の傾向として、とりわけサビにおいては技巧的に聞こえるメロディを意識的に排除しているように見受けられるロスだが、ここではその縛りを少し緩くしているように映る。あくまで自然に聞こえる範囲内ではあるものの、もしかしたら今後はもっとテクニカルなメロディラインも増えてくるのかもしれない。それはそれで楽しみにしておいて損はないだろう。
何度も脳内再生される「神などおらぬ」のタイトルフレーズ
デチューンされたピアノの音色が印象的な、ある種アシッドフォーク的な味わいも楽しめるスローナンバー。特筆すべきは、サビで繰り返される「神などおらぬ」というタイトルフレーズだ。小節頭から8分音符が7つ続くシンプルなリズムが3回も繰り返されることで、歌詞とも相まって抜群の中毒性を生み出す。「曲タイトルを見ただけでそのフレーズがメロディを伴って脳内再生される」というのは“正しい”ポップソングの重要な条件の1つと言えるが、その意味で本楽曲は相当に優れたポップソングであると断言していい。使われている言葉がポップでないことなどは些細な問題である。
砂漠のオアシスのようなポップチューン「Bitter」で流れを一変
2023年放送のテレビドラマ「美しい彼」2ndシーズンのオープニング主題歌として書き下ろされたポップチューン。アルバムとしては絶望的な6曲が続いたあとだけに、異様なまでの解放感が得られる砂漠のオアシスのような1曲である。クランチギターとピアノが中心のバンドサウンドで鳴らされる軽快なシャッフルビートが新鮮な驚きを与えてくれるほか、調性的にもメジャーとマイナーの中間のような塩梅で、マイナーキーの海にどっぷり浸かってきた耳にはドメジャーに聞こえるくらいの爽快感がある。歌詞にしても、決して明るくはないもののいつになく肯定的だ。この曲の存在によって、ロスが大衆性の濃度を自在に調節できるタイプのクレバーなアーティストなのだということをより一層確信できることだろう。
「Follow」は思わず口ずさみたくなる曲とは言い難いが
2021年放送のテレビドラマ「美しい彼」のエンディング主題歌として書き下ろされたものだが、「Bitter」とは対照的に、こちらはダークなムードの四つ打ちマイナーチューンとなっている。特徴的なのは、サビメロの譜割がやや複雑なところだ。細かいシンコペーションや弱起リズムがふんだんに駆使されており、音程跳躍の多さも含めてロスには珍しく技巧的に響くサビメロと言える。ほかの収録曲とは違い、このサビメロに関しては老若男女が思わず口ずさんでしまえるとは言い難い。そこにどういった意図が込められているのかは知る由もないが、少なくともロスがその塩梅を自在にコントロールできるアーティストであることだけは間違いないところだ。
反復フレーズが耳を支配する「白昼夢」
不穏な四つ打ちサウンドと随所に繰り出されるリフレインが印象的なトラップ系マイナーチューン。5音音階でこそないがそれに近い味わいのシンプルでシンボリックな歌メロと、誰もが思わず口ずさみたくなる「絶対 言わない 言わない 言わない」や「カワイイ カワイイ カワイイネ」のような反復フレーズが強烈に耳に残る、まさに白昼夢のような1曲だ。「大した事ない 事ない 事ない」のセクションで唐突に得意の音頭リズムに変化するのも重要な聴きどころの1つで、このパートに二度と戻らない構成が刹那感や虚無感の創出に大いに寄与している。
「いざなゐ」で誘う負の世界
2023年8月発表の既発曲。軽快に跳ねるハーフシャッフルビートが体を揺らすファンキーなマイナーチューンで、バンドサウンド中心かつ長尺のギターソロも含まれるサイケデリックな味わいを備えている。「Follow」「Bitter」といったタイアップ楽曲で見せた大衆性のコントロールスキルをさらに一歩押し進めたかのような、非常に高い完成度を誇る楽曲だ。「こっちに来なよ 楽しいコトしよ」のような一見ポジティブな言い回しをネガティブに使う手法の洗練度合いが確実にレベルアップしており、より深い業を感じさせながらもポップに響かせる術に磨きがかかっている。
ラストは衝撃のデビュー曲「自主」
ロス初のオリジナル曲として2021年に発表された、シンガーソングライターとしてのデビュー曲。シンプルな強起リズムの5音音階メロディ、狂気的な歌詞世界、静と動を自在に行き来するダイナミックなボーカリゼーションなど、「身売り」と同等かそれ以上にロスというアーティストの独自性がむき出しになった全部乗せ楽曲となっている。間奏ではベートーヴェンのピアノソナタ「月光」を引用したスリリングでドラマチックなピアノソロが奏でられ、耽美的で退廃的な世界観に拍車をかける。さらにラストフレーズが「自首したって許しはしない」で締めくくられるため、リスナーは絶望ムードにトドメを刺される形で救いなくアルバムを聴き終えることができる。ぜひ曲順通りにじっくりと耳を傾け、思う存分絶望に浸っていただきたい。
プロフィール
ロス
SNSを中心に活動するシンガーソングライター兼歌い手。変幻自在なボーカルとダークな曲調で人気を集め、自身のYouTubeチャンネルの登録者数は40万人を突破している。2021年7月リリースの1stシングル「自主」はSpotifyのバイラルチャートで2週連続首位を獲得。2024年12月に初のCDアルバム「夜の悉」をリリースした。