ナキボクロとは何者か?歌声が無限に存在するアーティスト、その秘密の一端を明かす (2/2)

ナキボクロは何をたくらんでいるのか?

──ちなみに、ナキボクロというアーティスト名にはどんな意味が込められているんですか?

泣きたいとき、つらいときに聴ける曲をテーマにしているので、テイストとしては陰の歌詞や世界観が多いのですが、決して聴き手を見放すという意味ではなく、音楽を通じて負の感情を放出させて、次の一歩へとつなげるために背中を押してあげる。そういう応援ソングを目指しています。そんなコンセプトを、目のそばにある“泣きぼくろ”に重ねたわけです。

──泣きたいときに失恋ソングを聴いて思いっきり浸るとか、そういう感じ?

そうですね。あえてネガティブなほうにストンと落として、一度スッキリしてからまた気持ちをポジティブなほうへ持っていく。そういう曲作りを目指して、以前から関わりのあったWEST GROUNDさんに楽曲制作や音楽プロデュースをお願いしています。

ナキボクロ「ワカッテル」ジャケット

ナキボクロ「ワカッテル」ジャケット

──今の若い世代に、こうしたネガティブ寄りの楽曲は求められているんでしょうか。

個人的な見解ではあるのですが、SNSのみで投稿している若い歌い手さんの歌声を聴いていると……言い方が難しいですけど、“ギラギラしていない”んですよ。例えば、昔は「目指せ、武道館!」とか「絶対に這い上がってやる!」みたいな強い意志が歌声からも伝わってきたんですけど、私が声をかけた人たちの多くは、なんとなくカバー曲を歌っていて、「これで絶対に大成してやる!」という気概が感じられない。ただ、私にとってはむしろ、そういう人たちの等身大のムードがより魅力的に思えました。もし、その歌声に合うオリジナル曲を提供して、ちゃんとしたディレクションのもとレコーディングしたら、どんなものが生まれるんだろう……むしろそこに興味を持って、こういう方向性の楽曲になったんです。

──聴き手よりも歌い手側に寄り添った結果なんですね。

興味深いことですが、完成した音源を聴いて一番驚くのは、その曲を歌った歌い手本人なんです。レコーディングブースで歌うことも初めてだし、ディレクションを受けながら歌うことも初めて。ちょっとした思い出作りにもなっているかもしれないですよね(笑)。

──そういう可能性を秘めた歌い手は、SNS上にたくさんいるんでしょうね。

そうだと思います。昔はシンガーと出会うのはライブハウスしかありませんでしたが、今のSNSは才能の宝庫かもしれないですね。SNSのフォロワー数が多い少ないではなく、耳を澄ますといろんな歌声に出会うことができますし。

──その方々は「音楽で食べていきたい」とか「プロになりたい」とか思っているわけでなく、遊びの一環でカバー動画をアップしていただけですが、ナキボクロへの参加を選んだことでその後の人生が変わるかもしれないというきっかけを得られたと。

例えば、新曲の「ワカッテル」を歌っている歌い手は地方に住んでいるのですが、今ちょうど就職するかどうかの過渡期なんです。本人は最初、音楽は趣味としてやっていたものの、ナキボクロとして歌ったことで「本気で音楽をやってみたいかも」と言ってくれて(笑)。仮にシンガーソングライターとしてアーティスト活動していくんだったら、私としては作詞作曲のどちらかにコミットしてもらいたい。それで「9月末までにワンコーラスでもいいので、1曲作ってみたら?」と言ってみたところ、ギリギリの9月30日にデモを送ってくれたんです。で、その曲がけっこういい出来だったので、ナキボクロが所属する事務所で別のアーティスト名で活動するのか、あるいはここから巣立って別の場所で活動するのか、新たな可能性が見えてきたのかなと思っています。

──今の音楽シーンはオーディションが主流になりつつあり、プロになりたい一般の方々が自ら応募しています。でも、ナキボクロに関してはそことは真逆を向いているような。

趣味で歌っているだけの人たちに「1曲本気で歌ってみませんか?」と声をかける、ある意味ナンパのようなものですからね(笑)。

──音楽活動をしている人の中から新人を見つけ出すのはたやすいですが、まだ芽の出ていない原石を発掘する。本来、新人発掘ってそういうものでしたよね。

長い目で育てるという意味では大博打かもしれませんね。SNSやライブ会場で気になった歌い手をナキボクロの事務所(WEST FOREST)の方に紹介すると、「えっ、この子ですか? 本当に大丈夫ですか?」と驚かれますし。そのくらい、初見では素材の最終形が伝わりにくい。最近主流のオーディションのように、たくさんの人たちを比べて、主観でいいものをチョイスしていくオーディションのやり方も、決して間違っていないとは思います。ただ、ナキボクロのように原石を見つけてきて、その人に合わせたオリジナル楽曲を作っていくという制作者側も逃げられないナキボクロの手法は、一見するとリスキーですけど、そこから生まれるものは決して普通の枠には収まらない、何か新しいものになるんじゃないかと信じています。

──しかも、これまではたいしたプロモーション活動もしていませんでしたよね。

なのに、1曲目の「シネヨイキロ」は1日で何千回とサブスクで再生されたことがあって。今やメジャーレーベルでも1日に1000回再生される音源って、新人ではなかなかないかなと思います。「シネヨイキロ」をリリースしたタイミングって、まだコロナ禍が明ける前でしたし、世の中的にもこういうテイストの曲が求められていたのかもしれないですよね。

ナキボクロの曲はなぜ1分半なのか?

──その「シネヨイキロ」や、今回の「ワカッテル」もそうですけど、どちらもワンコーラスのみで1分半弱というコンパクトな形で完結しています。そこにも何か意味があるんでしょうか?

曲はワンコーラスのみ、というのは最初から決めていました。コロナのタイミングからTikTokへの注目度がより高まりましたよね。TikTokではフルコーラス流れてくることはないですし、ワンコーラスの中でよきところが切り抜かれる。下手すると4小節だけ切り取って延々リピートして、それがバズったりもしている。だったら、最初からワンコーラスで完結していてもいいんじゃないかと。加えて、WEST GROUNDさんはアニメのオープニングやエンディングテーマを多数手がけていらっしゃる。フルコーラスと同時に、89秒尺のテレビサイズも制作しているので、彼にとってもこの短い尺の中でいかに響く曲を作り上げるかという挑戦につながっている。そういう意図もあります。

──サブスクが主流になって以降、国内外のメインストリームの楽曲の尺が短くなっている傾向がありますが、3分だろうが90秒だろうが、そこでちゃんと完結できていれば問題ないと。作家側としても、90秒の中にどれだけフックを詰め込めるかも勝負になりますしね。

しかも、そういう制限のある中で、いかに普遍性のある曲として成立させるかの勝負でもありますし。そこはWEST GROUNDさん含め、作家の皆さんにすべて委ねています。加えてミュージックビデオに関しても、以前別のお仕事でご一緒したことがあった映像ディレクターの松田潤さん(株式会社ツー・ワイディー / フエテ代表)のチームに担当していただいていて、「やりたいことをやってほしい」という話をしているんです。彼らとは楽曲の原盤権もシェアしているので、「こっちはこういう曲を作ろうと思うけど、映像に関してはどういうコンセプトで行きますか?」というような自由な会話をしながら、お互い切磋琢磨してクリエイティブに取り組んでいます。通常のミュージックビデオ撮影は1本いくらという形なので、どれだけ再生されてもギャランティは一緒なんです。私はそれは日頃からおかしいと思っていて、クリエイターにとっても、原盤シェアというのは喜びを共有する意味ですごくいい形だと思っています。

ナキボクロは何を目指しているのか?

──ここまでのお話を聞くと、WEST GROUNDさんはナキボクロは新たな才能を発掘するという点でもビジネス面においても、通常のメジャーレーベルではあまり考えられない取り組みなんですね。

これがもう少し世の中に浸透していったときに、ビジネス的なところも音楽的なところも含めて、もっと自由でいろんな形が生まれるんじゃないかという気がしています。クリエイター側も、ボーカルごとに新しい発想が引き出されるような刺激があるでしょうし、自分にはなかった引き出しも増やしていけるかもしれない。新しいものが生まれるワクワク感があるのではないでしょうか。

ナキボクロ「ヒトリゴト」ジャケット

ナキボクロ「ヒトリゴト」ジャケット

──ナキボクロという名前や“箱”だけはあるけど、すべてはシンガーやクリエイターに委ねられているから、固定されたイメージや色がない。あなたを含めて関わる人たちすべてがナキボクロという名前を背負っていて、その全員がナキボクロと名乗ることができる、本当に自由度の高いプロジェクトなんですね。

なので……最初の話に戻りますが、今このお話をしている私たちも、楽曲を聴いてくださった皆さんも、そしてこのインタビューを読んでいる皆さんも、ナキボクロなのかもしれません。

──ナキボクロに興味を持った人すべてが、ナキボクロになることができると。ここまで裏側を明かしたうえで発表される新曲「ワカッテル」「ヒトリゴト」がどう評価されるのか、非常に気になります。

歌い手がいろいろ存在することを知っていただいたうえで、今後「このナキボクロが好き」という声も出てくるかもしれませんし、「今回の曲を歌っているナキボクロはどんな子なんだろう?」と想像するのも楽しいかもしれない。あるいは、「ぜひナキボクロで歌ってみたいです!」という連絡が私たちのもとに届くようになっても、面白いですよね。なので、今後もルールを決めることなく、その都度その都度フレキシブルに臨んでいけたらなと思っています。

プロフィール

ナキボクロ

2022年12月に活動を開始した音楽プロジェクト。デビュー曲「シネヨイキロ」を皮切りに、「222」「抜刀」「からっぽの太陽」とコンスタントにオリジナル楽曲を発表しているが、ライブ活動は行っておらず、その正体は一切明かされていない。2025年10月には新曲「ワカッテル」「ヒトリゴト」を2曲同時にリリースした。