中嶋イッキュウ×橋本愛|映画「早乙女カナコの場合は」主題歌アーティスト&主演俳優インタビュー (2/2)

女性は男性の少年みたいなところが好きでもあり嫌いでもある

──カナコ以外に、自分との共通点を感じた登場人物はいますか?

中嶋 この映画って、私の視点からはちょっと頭のいい人たちの大人っぽいラブストーリーだなという印象を受けたんですね。

橋本 えーっ、そうなんですね。

中嶋 はい(笑)。私は高校を卒業してすぐ音楽の世界に没入していったので、恋愛もちょっと子供っぽかったんですよね。なので、観ていて大人っぽいなと思った部分があります。でも、その大人っぽさの中にもちょっと未熟さもあり、そこは恋愛において20代前半ぐらいならみんな共通するところなのかな。

中嶋イッキュウ

中嶋イッキュウ

──その未熟さの中で、女性は精神的にどんどん成長していきますけど、男性はいつまで経っても子供っぽさが抜けきれずにいる。長津田にはそこが顕著に表れている気がします。

中嶋 女性は女性で男性の少年みたいなところが好きであり、嫌いだったりするんですよね。

橋本 私も大学に行っていないけど、登場人物の心情に共鳴するところはたくさんあって。きっと自分も同じ状況に置かれたら、こういう恋愛をして、同じような経験をしていたかもなって思いました。

中嶋 私が通っていた高校は女子校だったので学校内での恋愛はなかったんですけど、大学生だとひとり暮らしをしている人も多そうだし、キャンパスライフにおいても中高生みたいに毎日同級生と会うわけでもないし。高校時代より羽を伸ばしてお付き合いしているようなイメージがあるので、その華やかさがちょっとうらやましかったですね。

橋本 映画ではあえて描かれていないですけど、原作小説(「早稲女、女、男」)では「早稲女あるある」とか「慶應あるある」みたいに校風でカテゴライズする描き方がされていて。そういうのは肌感としてちょっとわからないけど、登場人物の1人ひとりを見ると「こういう人いるよね」というのが感じられてすごくリアリティがあります。

橋本愛

橋本愛

中嶋 大学生の恋愛ストーリーは自分の過去と重ね合わせながら共感できたんですけど、私は今35歳なので、臼田あさ美さんが演じる慶野(亜依子)さんの結婚までの5年計画とか、ああいうところがリアルに刺さりました。そういう意味では、いろんな世代の女性に刺さる映画なのかなと思います。

味方がひとり増えたみたい

──そんな中で、カナコを演じた橋本さんの姿は、中嶋さんにはどう映りましたか?

中嶋 演技に関しては門外漢ですけど、そんな私にもカナコのキャラクターってすごく難しいなと思ったんですよね。特別明るいわけでも特別暗いわけでもなく、途中ですごく成長することもなければ、常に微妙な心の揺れの中で生きている。そんなカナコの姿にどんどん引き込まれていくのがすごく不思議で。しかも、そういう難しいキャラクターを自然に演じられているところが、素人ながらに素晴らしいなと思いました。

橋本 ありがとうございます。今のひと言ですごく救われました(笑)。

中嶋 濃いキャラクターの人たちって、実はそんなに日常にはいないじゃないですか。でも、カナコみたいなキャラクターは共感できるポイントがたくさんあるから観ていて楽しいし、ときには観た人を救うこともあるんだろうなと思います。

──逆に橋本さんから見た中嶋さんの魅力的な部分はどこですか?

橋本 まず、声がすごく好きで。言い方がちょっと失礼だったら申し訳ないんですけど、かわいらしさもあるんだけど強さもあって、繊細さとか柔らかさとか硬さとかいろんな表情が見つけられる、すごく素敵な声だなと思っていつも聴いています。あと、歌詞の中の言葉にグッとくる瞬間もたくさんあって。ラブストーリーの主題歌によく使われる言葉って、定型的なものも多いと思うんです。でも、イッキュウさんが使う言葉ってそういうところに縛られていなくて、しかもものすごく解像度が高い。「Our last step」もカナコと長津田だけじゃなくて、この映画に出てくるいろんな人たちの心の叫びみたいなものが伝わってくる歌詞だし、そこがこの映画に寄り添ってくれている部分でもあるんだけど、映画という枠を飛び越えて聴いても普通に自分の人生に刺さる。いつどんなときに聴いてもすごくグッとくる言葉が並んでいて、そういう歌詞を書けることに対しても尊敬しています。

橋本愛

橋本愛

中嶋 これ以上ないお褒めの言葉をいただいて、ありがたいです(笑)。私は普段バンドで活動しているんですが、必ずしも歌がメインの曲を作ってるわけでもなくて。歌や言葉も音の一部としてデザインするような気持ちで、歌詞を書くことが多いんですね。なので、響きのいい言葉を組み合わせてみたりと実験的なこともするんですけど、今回みたいなタイアップのお話をいただいたときは、やっぱりストーリーを大事にしながら言葉を選ばせてもらってます。

橋本 今回の歌詞は、例えば頭から書いていったとか、途中に出てくるフレーズを元に広げていったとか、どういう流れで完成したんですか?

中嶋 この曲は「デタラメなストーリーでいいから」という、頭のサビからだったかな。長津田さんが映画の中でずっと脚本を書いていたので、私も「なんでもいいから(長津田には)書いてほしい」と応援したい気持ちが強かったんです。カナコもずっと近くにいたわけではなく、くっついたり離れたりといろんな距離で付き合っていたけど長津田を応援していたじゃないですか。そういうところを描きたいなと思って、応援することを前提として書きました。

橋本 すごい。歌詞の背景が知れてうれしいです。いろいろな映画に携わってきましたが、主題歌って歌詞がスッと入ってくるというよりは、まず音が最初に入ってきて映画の余韻を作ってくれるというか。そういう形でいつも聴いているから、歌詞の意味をその場で感じ取ることが難しいんです。でも……これは主人公を演じた特権かもしれないですけど、こうやってあとから歌詞をじっくり読み込んだときに、こんなにも登場人物や物語に寄り添ってくれているんだとわかると、味方が1人増えたような気がして、私の中のイマジナリーカナコがすごく喜んでいる(笑)。劇中のカナコは長津田への気持ちをポジティブに捉える余裕もなかっただろうから、今の話を聞いて救われました。

中嶋 普段はリスナーさんから自分に投影した形での感想をいただくことが多いですけど、カナコを演じられた橋本さんからこういう感想をいただけることはすごく新鮮ですし、私も作者冥利に尽きます(笑)。

中嶋イッキュウ

中嶋イッキュウ

──「Our last step」は映画の公開に先駆けてリリースされますが、映画を観終えたあとに改めてこの曲を聴き込むとまた違った感想も得られるのかなと思います。

中嶋 そうですね。映画の公開前に曲に触れた方は、歌詞も読んで聴き込むと思うんですけど、そのあとに映画を観たら歌詞の意味や響き方もけっこう変わるのかな。映画から入ってくださった方には歌詞ももちろんですけど、楽曲の音像的にもバン!と刺さるような感じに作っているので、そこにも注目してほしくて。映画のタイアップ楽曲を作るのは初めてでしたが、監督のイメージがロックな楽曲だったので、普段通り作らせていただいたんですね。それこそレコーディングも普段から一緒に演奏している方たちにお願いして、ギターがギャン!と鳴っていたりとか、そういうところも楽しみながら聴いていただきたいです。

橋本 私、イントロを聴いた瞬間に下北沢のライブハウスに通っていた頃の光景がよみがえってきて、それだけで胸が熱くなりました。

中嶋 うれしい。

橋本 あの頃どんな音楽を聴いているか、どんな映画を観ているかっていうことが会話の種になったりアイデンティティになっていたりしたので、そういう記憶が一気に呼び起こされたんです。この映画は王道のラブストーリーではないし、好きな人が振り向いてくれない悔しさや痛みというよりは、自分が自分として生きることの痛みを描いている。観てくださる方の年齢とか、学生さんなのかそうじゃないのかというところで感じ方が変わってくるとは思うんですけどでも、どこかしらに刺さるポイントはある気がするんです。加えて、映画と楽曲の親和性も高いから、素敵な読後感というか鑑賞後感を得られる映画体験、音楽体験を楽しんでほしいです。

左から中嶋イッキュウ、橋本愛。

左から中嶋イッキュウ、橋本愛。

プロフィール

中嶋イッキュウ(ナカジマイッキュウ)

1989年生まれ。2010年にtricotを結成し、ライブやリリースを重ねる。2019年4月にエイベックス内のcutting edgeにプライベートレーベル・8902 RECORDSを設立し、シングル「あふれる」でメジャーデビューを果たす。2016年にはソロ活動をスタートさせ、2017年には音楽バラエティ番組「BAZOOKA!!!」の知名度をあげるために始動したプロジェクトの一環でジェニーハイを結成。2025年3月に映画「早乙女カナコの場合は」の主題歌「Our last step」を配信リリースした。

橋本愛(ハシモトアイ)

1996年1月12日生まれ、熊本県出身。2010年の映画「告白」に出演して注目を浴び、2012年公開の映画「桐島、部活やめるってよ」では「日本アカデミー賞」新人俳優賞を受賞。近年は「熱のあとに」「アナウンサーたちの戦争」「ハピネス」「私にふさわしいホテル」などに出演している。2025年3月に主演映画「早乙女カナコの場合は」が公開される。

※記事初出時、本文の一部表現に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2025年3月6日更新