ナタリー PowerPush - 角松敏生

リメイクベストが生まれた理由

テープの切り貼りで新たなパートを構築

──角松さんはそういうエデュケイターというか、エバンジェリストみたいな側面が昔からありましたね。さっき話に出た12インチのアナログを切るのも、国内ではかなり早かった。

12インチシングルは以前からあったんですよ。ただ「ジャンボシングル」なんて呼ばれてて、ロングバージョンが入ってるだけなの。単純にフェードアウトまでを長引かせた演奏が入ってるっていう。

──今12インチが主に意味する、DJユースを想定したエクステンデッドミックスっていう概念が、まだわかってなかったんですね。

インタビュー風景

それが「Girl in the Box」のとき、マイケル・ブラウワーにミキシングをお願いしにニューヨークに行ったんだけど、まずシングルのミックスが仕上がって、今度はロングバージョンのほうもお願いします、ってなったら全然スタジオから出てこないわけ。フェードアウトの位置変えるだけなのに何やってんだろうって……。マイケル・ブラウワーはミックスしてる場所は絶対に入室禁止なんです。それは自分の作業前と後でどれだけ変わったか驚かせたいという彼の意志だったんですけど。

──とにかく待つしかない、と。

10時間くらい経ったところでようやく「できたよ」って出てきて。聴いたら曲そのものが全然変わってるの! 録音した覚えのないイントロが付いてるし、聴いたことないベースとドラムだけの間奏が入ってたり、歌に入る前なんかダンダンダンダンとかループしてて、「どうなってんだこれ」って見たらテープがものすごい継ぎ継ぎになってる。そうか、マルチトラックのテープに入っていた録音を素材として切り貼りして、新しいパートを構築したのかと、そこでやっと理解したんです。

──いわゆる「エディット」ですね。テープの切り貼りで新しい音楽を作り出すという。

当時の日本の常識では、マスターテープにハサミを入れるなんて言語道断だったんですよ。指紋が付くからって言って、大事に扱っていた。アメリカ人はカッコよけりゃお構いなしなんで、そういう考えが生まれたんでしょう。リミックスって言葉の意味が初めてわかって、すぐ日本に帰って真似しました。

歌謡曲的なテイストを嫌っていた

──サンプラー前夜の、手工芸によるサンプリングみたいなものですね。

既にサンプラーもありましたよ。サンプラーとは名付けられてなかったけど。AMSってメーカーのデジタルディレイに録音機能があって、例えば「アイ」ってコーラスを録音してボタンを連打して「アアアアアアイ」とか、そういうのをやってくれましたね、ブラウワーが。

──そういう実験的な試みをポップス領域でやられていたのが斬新でしたね。

うーん、僕はむしろ歌謡曲的なテイストって忌むべきものと思ってたというか、当時は売れる曲を書けって言われるのをすごく嫌ってましたけどね。

──え、そうなんですか。あえて歌謡曲っぽさをキープしていたのかと思っていました。

あえてそういうのを書いたときもありますけど、基本は洋楽っぽいメロディじゃないと高揚しなかった。ただ構成的に、例えばAメロしかないファンクな曲であるとか、AメロBメロを行き来するだけの曲とかって洋楽にはあるけど、そういうのが日本語詞にあんまり合わないというのは感じてましたね。

──日本語とのマッチングの問題ですか。

AメロBメロがあってサビが来るって展開だと、日本語がしっかり乗って解決する感じが出るんです。だからいくらトラックを洋楽っぽくしても、ストーリー性を出すためには歌謡曲的な構成にしてあげたほうが、聴く人には伝わると思ってたかもしれない。ただそれも、今やリスナーが音楽の何を聴いているのか混沌としているので、なんとも言えないですね、正直。

──でも時代が進むにつれ、洋楽的なテイストが受け入れられる土壌も世の中にできてきたように思いますけど。

まあ、エバーグリーンにいい曲っていうのは絶対ありますからね。でも、すごくいい曲だけど売れてないっていうものもたくさんある。これだけ情報が反乱しちゃうと、いい曲もいい曲足り得ないっていう、そういう寂しさはありますよね。

──アーティストには厳しい時代ですね。

大変だよ(笑)。だからといってファンだけ聴いてくれればいいやっていうのもどうかと思いますからね。運とタイミングだけじゃなく「これはいいものだから育てていきましょう」みたいな、そういう意識を積み上げて、育てていきたいですよね。

インタビュー風景

リメイクベストアルバム「REBIRTH 1 ~re-make best~」 / 2012年3月14日発売 / 3059円(税込) / Ariola Japan / BVCL-317

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CD収録曲
  1. Do You Wanna Dance
  2. Tokyo Tower
  3. Girl in the Box ~22時までの君は…
  4. RUSH HOUR
  5. A Widow on the Shore
  6. SUMMER EMOTIONS
  7. Wave
  8. No End Summer
  9. After 5 Crash
  10. あるがままに

※初回生産分にはプレミア特典応募券封入

角松敏生(かどまつとしき)

角松敏生

1960年生まれの男性ミュージシャン/音楽プロデューサー。1981年に歌手デビューを果たし、シティポップ的な心地よいサウンドが多くの音楽ファンから高く評価される。また、他アーティストのプロデュースも積極的に行っており、杏里「悲しみがとまらない」や中山美穂「You're My Only Shinin' Star」など、数々のヒット作を生み出している。90年代前半までは年間100本近いコンサートを積極的に敢行。しかし、1993年1月に自らのアーティスト活動を凍結してしまう。その後はプロデューサー業をメインとして活動。1997年にNHK「みんなのうた」のために制作した「ILE AIYE(イレアイエ)~WAになっておどろう」が大ヒットを記録し、翌1998年の長野冬季オリンピック閉会式でも披露されている。この年の5月には音楽活動の凍結を解き、以後ライブやリリースなど精力的な活動を続けている。