ナタリー PowerPush - 角松敏生
リメイクベストが生まれた理由
ネットや携帯のない時代のエネルギー
──ライナーで「恥ずかしい」という言葉を何度か書かれていますが、ボーカルが恥ずかしいという以外に、例えば当時の空気感だったりムードだったり、そういうものが恥ずかしいという気持ちもあったりするんですか?
80年代のカルチャーが、とかそういうこと?
──はい。
それは特にないです。今になって振り返れば、へんてこりんな感じに見えるかもしれない。それは情報量が違うから。無知ゆえの、変だなって思えるスタイルはある。けど、人々が望んでいた憧れだったりとか、目指していた豊かさだったりとか、そういうことに対する思いのエネルギーというのは、時代に関係なく伝わると思うんです。
──非常に心強い意見ですね。
もちろん、あの時代にインターネットや携帯電話があったら、ああはならなかったとは思います。情報が不足しているからこそ自分たちで一生懸命考えた。10代の子が「大人の世界はこうかな」って背伸びをしながら憧れたりだとか。そういうのが生み出していたときめきのエネルギーってものは、すごく強いと思います。例えばアルバムのジャケットに南太平洋の島が写ってたりすると、それを聴きながら南の島に行った気になったり。
──リゾート感ってやつですね。
リゾートなんて言葉すらないんですよ、当時はまだ(笑)。だって飛行機はグアム線がやっと開通したくらいで、ハワイだってまだすごく遠かった。だから想像するしかない。
──ビーチのコテージの写真だけを見て。
そう、例えば海とか都会とか夜景とかを想像して。そこに自分勝手に音楽を当てはめていくんです。その幻想の部分が、誤解も含めてものすごくエネルギッシュだった。それは情報とか通信機器が発達してない時代だからできたことじゃないかなと思いますね。
コンピュータでは作れない生身の演奏
──今、角松さんの「Girl in the Box」(1984年)や「初恋」(1985年)をプレイする若いDJがたくさんいますが、彼らもそういったところに反応しているんでしょうね。
あとデカいとしたら、プログラミングサウンドじゃないことだと思う。生身の演奏を記録して、それをテープエディットで編集した音圧っていうのは、今あんまり聴けない音だから。おまけにエクステンデッドミックスの12インチ切ってる日本人は僕くらいでしたし、当時(笑)。
──彼らの耳に今回のリメイクアルバムは、どう届くと思いますか?
プロモーション先で会った若いDJの女の子は、「すごいですね、いろんなところからいろんな音が聴こえてきます」って言ってた(笑)。
──今は、音数少ないのがメインストリームですからね。
音数っていうより、声ありきで全体に歌をパッと聴かせる作りが基本ですからね。あんまりトラックに耳を澄まして聴き込めるような音作りはしてない。それはそれでひとつの正しさなのかもしれないけど……。「あの曲のギターソロかっこいいよね」とか、あんまもう言わないでしょ、そういうこと。
──うーん、どうなんでしょう。
「あそこのドラムのフィル絶対カッコいい!」とか。それはそういう聴き方ができる音楽自体が減ったからですよ。今回の僕の作品なんかは、ちゃんと弾いてる、ちゃんと叩いてるんで。例えばベースの音色にしても、使う楽器、弦、細かい機材まで全部こだわってやっている。そこにはコンピュータじゃ絶対出ない音が入ってるんですよ。
パッケージをスピーカーで聴いてほしい
──でも若い友達と話をすると、聴いてる子はものすごく音楽を聴いていますよ。なぜかというとYouTubeがあるんで、ただでいくらでも、しかも昔は手に入らなかったレアな音源まで普通に聴けちゃうわけです。
でも聴いたって言ってもオーディオで聴いてるわけじゃないでしょ?
──たいていはPCのスピーカーかイヤホン、良くてヘッドホンでしょうね。
それじゃ情報ファイルなんですよ。情報としてしか音楽を消費していないから、聴いたって言ってもあんまり意味がないと僕は思う。そっから一歩踏み込んでパッケージ買ってきて、スピーカーで聴いてみなよって思う。
──今オーディオセットを持っててスピーカーで聴く人は少ないですよ。
知ってる。ただ音楽が好きだと思うんなら、ラジカセでいいから、耳を澄まして聴いてみてほしい。後ろでどんな音が鳴ってるんだろうとか、同じギターでもこのギタリストとこのギタリストでは音がどんなふうに違うのかなとか。
──確かに、そうやって聴いた1曲はYouTubeでたくさんの曲を聴くのに匹敵する価値があるかもしれません。
そうやって聴けば音楽がもっともっと面白くなるし、僕のCDはそうやって聴けるように作ってあるから。ミックスもProToolsではなく必ずアナログのコンソールでやってます。スタジオの人には「SSLでのミックス仕事は久々です」って言われましたけど(※SSLはアナログコンソールの名門メーカー)。そうすると、例えばわかってる人には、一言「今回も音太いですね」と言ってもらえる。
──伝わる人にはちゃんと伝わるんだと。
逆に言うと、自己満足で作ってもリスナーがわかってくれなかったら、やってる意味ないんですよ。だから僕はリスナーを育てたかったし、FMの番組ではギターの機種ごとの音の違いとか、ステレオ音響とはどういうことかとか、そういうところから啓蒙してきた。たいへんなんです(笑)。
CD収録曲
- Do You Wanna Dance
- Tokyo Tower
- Girl in the Box ~22時までの君は…
- RUSH HOUR
- A Widow on the Shore
- SUMMER EMOTIONS
- Wave
- No End Summer
- After 5 Crash
- あるがままに
※初回生産分にはプレミア特典応募券封入
角松敏生(かどまつとしき)
1960年生まれの男性ミュージシャン/音楽プロデューサー。1981年に歌手デビューを果たし、シティポップ的な心地よいサウンドが多くの音楽ファンから高く評価される。また、他アーティストのプロデュースも積極的に行っており、杏里「悲しみがとまらない」や中山美穂「You're My Only Shinin' Star」など、数々のヒット作を生み出している。90年代前半までは年間100本近いコンサートを積極的に敢行。しかし、1993年1月に自らのアーティスト活動を凍結してしまう。その後はプロデューサー業をメインとして活動。1997年にNHK「みんなのうた」のために制作した「ILE AIYE(イレアイエ)~WAになっておどろう」が大ヒットを記録し、翌1998年の長野冬季オリンピック閉会式でも披露されている。この年の5月には音楽活動の凍結を解き、以後ライブやリリースなど精力的な活動を続けている。