ナタリー PowerPush - 坂本冬美
演歌の女王がポップス開眼 制作秘話と音楽愛を語る
坂本冬美がこの秋リリースしたアルバム「Love Songs~また君に恋してる~」がロングセラーを続けている。この作品は「恋しくて」「言葉にできない」「大阪で生まれた女」など、70~80年代のポップスをカバーしたラブソング集。坂本冬美のその卓越した歌唱力によって、おなじみの名曲が鮮やかに生まれ変わっている。
ナタリーではそんな彼女にインタビューを敢行。日本を代表する演歌歌手である彼女が、なぜポップスのアルバムを作ることになったのか。アルバム制作のエピソードから忌野清志郎との思い出まで、ざっくばらんに語ってくれた。
取材・文/大山卓也
清志郎さんとの出会いがなかったらこのアルバムもない
──まずはこのアルバムを制作することになったきっかけから教えていただけますか?
これは「また君に恋してる」という楽曲と巡り合ったことによって生まれたアルバムなんです。昨年“いいちこ”さんの新商品のCMで、ビリー・バンバンさんが「この曲を女性歌手の誰かに歌ってもらいたい」ということで私に白羽の矢が立ちまして。レコーディングをしてみたらあまりにいい曲だったので、シングルのカップリングに入れされていただいたんですね。そうしましたらテレビの影響なのか、自分たちが思ってた以上に評判が良くて。私はあんまり詳しくないんですけれども、配信の反応が特に良かったらしいんです。
──それでカバーアルバムの企画が生まれたと。
ええ、カバーアルバムは皆さん今お出しになっていて、もしかしたらピークは過ぎてるかもわからないけれども、この「また君に恋してる」のような大人の方がいいって言ってくださるラブソングを集めてカバーアルバムを作ってみようよと。降って湧いたような話だったんですけど。
──冬美さんは以前からこういったポップスの楽曲を歌われることはあったんですか?
そうですね、今回アルバムに入っている「大阪で生まれた女」「恋」「なごり雪」「会いたい」というような曲は、コンサートでそういうコーナーを作って歌っていたこともあります。ただやっぱり普段のテレビでしか私を知らない方達にとっては驚きだったんじゃないかと思うんですけど。
──じゃあ冬美さんご自身は特に違和感もなく?
むしろ普段の私の素に近いのかなっていう感じはありますね。たまたま私は子供の頃から演歌が好きで演歌歌手になりたかった、根っからの演歌人間なんですけど、でも世代的にはこういった曲を聴いて育ってきているので。やっぱりいい歌はいいんですよね。それに今回はあの、むりやりロックを歌ったりとか、そういう無理している部分もなくて、大人の方が聴いても納得してもらえるものを選曲して歌っていますから。
──冬美さんは日本を代表する演歌歌手であると同時に、忌野清志郎さん、細野晴臣さんとのユニット、HISのボーカリストとしても活躍されていましたよね。
やっぱり清志郎さんとの出会いは大きかったです。ド演歌でデビューした私ですから、清志郎さんとのあのセッションがなかったら、例えば極端な話「夜桜お七」も生まれなかったでしょうし、今回のアルバムもなかったと思うんですね。最初に清志郎さんが声を掛けてくださって「カバーズ」で「シークレット・エージェント・マン」を歌ったときにはわけもわからずで。HISのアルバムも今聴くとまったく下手だし、ただ一生懸命参加してるっていうだけなんですけど。でも、ただがむしゃらに清志郎さんに言われたことを一生懸命やっていた、それが良かったのかもしれない。清志郎さんとの出会いは、私の歌手人生に本当に大きな影響を与えてくれたって思ってます。
──当時はまだデビューから間もない時期ですしね。
そうです。わけもわからず参加して「ここで唸ってください」とか「こぶしを回してください」と言われて、普段よりも誇張してこぶしを回したりしていました。必死だったと思います(笑)。
あえて感情を込めすぎないように気をつけた
──今回のアルバム「Love Songs~また君に恋してる~」の楽曲を歌うにあたって、特に意識した部分などがあれば教えてください。
気をつけたのは、感情を入れすぎないということです。一生懸命すぎると自分も疲れるし聴いてる方も疲れてしまうでしょうから、どこか隙があるくらいのほうがいい。でも歌っているとやっぱりついつい感情が入り過ぎて、ディレクターから「抑えて、抑えて」と言われたりしましたけど(笑)。
──70~80年代のラブソングを中心にカバーするという企画ですが、具体的な選曲はどのように?
最初はその、年代もあまり気にせず、大ざっぱにいろいろなラブソングを集めてみたんです。そこから30曲ぐらいに絞って、全部の曲を私が1コーラスずつ歌ってみて。それで自分の声とか雰囲気に合うものを選びました。
──実際に歌ってみて発見などはありましたか?
みんないい歌ばかりだったんですけど、私に合わないなと思うものもやっぱりあって、それは外しました。あと逆に合いすぎるものも外したんです。
──合いすぎる?
うん、曲によってはこっち側に来ちゃう、演歌側に来ちゃうんですよね。私が演歌歌手として歌っても違和感がないような曲は、今回あえてカバーで出す意味がないっていうことで。とても合っていてもったいないけれど、候補から外した曲はありました。
──実際歌ってみて、苦労した点などはありましたか?
こぶしを使わないっていうのは最初から決めていたんですけど、それ以外にもやっぱり無意識にタメとか表現方法とかが演歌寄りになってしまうところがあって。もう23年も演歌を歌ってきていると無意識に身についてるんですね。
──しかも感情もあまり込めすぎないように気をつけて。
そうなんです。だからレコーディングでも「もっと歌わせてほしいんだけど」って物足りなく感じたりはしましたよね。でもこうやってアルバムになって聴いてみると、物足りないぐらいでちょうどいいんだなって思いますけど。
──なるほど。やっぱり普段演歌を歌うときにはもっと気持ちを込めているんですね。
演歌はもう魂の叫びだと思ってます。ある意味ロックと通じるところがあるのかも。やっぱり一曲入魂というか、全身全霊で熱唱するのが演歌だと思ってますから。
CD収録曲
- また君に恋してる
第60回NHK紅白歌合戦 歌唱
第51回輝く!日本レコード大賞 優秀作品賞受賞 - 恋しくて
- あの日にかえりたい
- 会いたい
- 言葉にできない
- 恋
- 夏をあきらめて
- シルエットロマンス
- 片想い
- なごり雪
- 時の過ぎゆくままに
- 大阪で生まれた女
- 【Bonus track】また君に恋してる duet with ビリー・バンバン
坂本冬美(さかもとふゆみ)
1967年和歌山県出身。1986年にNHK「勝ち抜き歌謡天国」和歌山大会で名人に選ばれ上京。猪俣公章の内弟子としてレッスンを続け、1987年19歳のときにシングル「あばれ太鼓」でデビュー。翌1988年末には「祝い酒」でNHK紅白歌合戦へ初出場を果たす。その後RCサクセションのアルバムへの参加、SMIとしての活動などを経て、1991年には忌野清志郎、細野晴臣とともにロックユニットHISを結成。活動の幅を大きく広げる。現在も日本を代表する演歌歌手として、幅広い年代から熱い支持を受け続けている。