ファイアボール10周年記念盤|「ファイアボール オーディオ・オモシロニクス」特集|総集編であり最新版「オーディオ・オモシロニクス」の魅力

君は「宇宙海賊キャプテン・レジナルド」を知っているか

本作にはオーディオドラマや既発の音源だけでなく、ドロッセルとゲデヒトニスが歌唱するキャラクターソングも収録されている。本作のために制作されたキャラソン「エチュード『うつろな未来』」は、良家のお嬢様ロボットであるドロッセルがテンペスト領の祝賀の日に、領で暮らす民に配るレコードを作るという設定で制作されたナンバー。抑揚を押さえた“ロボットらしい”歌声を川庄が見事に表現しつつ、“うつろな未来”を共に歩もうとするメッセージが含まれた応援歌となっている。

同じく書き下ろし曲の「キャスタリア譚詩曲『花と木と惑星と』」は、ドロッセルとゲデヒトニスが声を重ねるデュエットソング。ドロッセルと領で暮らす民、ひいてはドロッセルと「ファイアボール」ファンとのラブソングとして読み解くことができると同時に、ロボットとは言え男女が声を重ねることで、ドロッセルとゲデヒトニスの距離が急に縮まったかのような錯覚を覚える。無論、貴族の娘と執事の間にそのような事実はないのだが、お嬢様のフォローについ熱が入ってしまうところにゲデヒトニスのキャラクター性が感じられる。

さらに本作には「おれは海賊(宇宙海賊キャプテン・レジナルド)」という新曲が収録されている。「宇宙海賊キャプテン・レジナルド」というキャラクターはアニメ本編には登場せず、「ファイアボール」限定盤DVDボックスのパッケージ横にある“嘘の商品説明”にその名が記されているのみ。また「メイキング・オブ・ファイアボール」というDVDボックスの特典映像の中でドロッセルが「『ファイアボール』には原作がある」という体でインタビューに応じるひと幕があり、その中で「原作で好きなキャラクターは宇宙海賊キャプテン・レジナルド。今回は出てこなくて残念」と語られるなど、これまで「ファイアボール」のコアなファンにしか認知されていなかったキャラクターがキャプテン・レジナルドだ。

謎に包まれたままだった彼のテーマソングとして制作されたのが「おれは海賊(宇宙海賊キャプテン・レジナルド)」。この曲を歌っているのは、1980年代の特撮作品やアニメ作品で数々のテーマソングを担当し、現在もなおアニソンシーンの第一線で活躍する串田アキラだ。本作にはテーマソングだけでなく、「宇宙海賊キャプテン・レジナルド」の名前を連呼するタイトルコールまで収められており、そのタイトルコールを読み上げているのは銀河万丈。1980年代アニメシーンで名を馳せた2人のコラボレーションは、当時のアニメで育ったリスナーにも堪らないものとなっている。

失われた世界を取り戻す

「ファイアボール」最終話のワンシーン。

「ファイアボール」シリーズの作中には“心優しい王様”や“悪い魔法使い”といったファンタジックなキャラクターが登場しない。魔法の存在や出来事はすべて過去形で描写され、かつてファンタジックな世界が存在していたことが残された書物でのみ伝えられる。そんな中、ドロッセルとゲデヒトニスは荒唐無稽な会話を繰り広げながらも、かつての輝かしい世界に思いを馳せ、“うつろな未来”をよりよいものにしようとしている。「ファイアボール」第1シリーズの最終話で、ドロッセルとゲデヒトニスが壊された壁からお屋敷の外へと踏み出すのは、もしかしたら失われた世界を取り戻そうとしているからなのかもしれない。「ファイアボール オーディオ・オモシロニクス」に収められたオーディオドラマで描かれている物語のテーマもまた“未来を取り戻す”というものだと解釈できる。ドロッセルとゲデヒトニスの歩みを年代ごとに振り返りながら、ドロッセルとゲデヒトニスは本来あるべき世界へと歩みを進める。

「ファイアボール」シリーズの未来もまた現時点では“うつろ”なものである。2017年に3話のみが作られた「ファイアボール ユーモラス」は未完の物語であり、監督の荒川航曰く「続編の構想と意欲はある」とのこと。 放送10周年という節目を迎えた「ファイアボール」シリーズの今後に期待しながら「ファイアボール オーディオ・オモシロニクス」という最新作に触れてみてほしい。

「ファイアボール」シリーズ監督・荒川航 コメント

CD「ファイアボール オーディオ・オモシロニクス」は、約50分間の耳で体験する小冒険として、再構築された「ファイアボール」世界を俯瞰できる1本の独立した作品となりました。存外音声のみでも成立しており、スタッフ一同戦慄しています。さはさりながら、驚くべきことに10年ものあいだ多くの皆様に支えられました「ファイアボール」の節目となる本作を、私たちの感謝とともに、なるべく沢山の方々にお届けできると嬉しいです。

そして、こっそりお聴きになったあとは、すべてお忘れください。

皆様だけが味方です。

※記事初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。


2019年2月8日更新