TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)×TOMMY HONDA×荻布弁護士が語る“契約”のこと

アーティストが活動を展開するうえで、避けては通れない“契約問題”。しかし、契約という言葉が出てきた瞬間に身構えてしまう人も多いことだろう。

そんなアーティストや関係者に向けて、今年2月13日に東京・晴れたら空に豆まいてで行われた勉強会「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約レッスン」。この会は、令和4年度文化庁委託事業「芸術家等実務研修会」として株式会社precogが企画し、文化庁策定の「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」をわかりやすく解説した「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」を用いて開催された。本会は、音楽や舞台美術、映像、美術などさまざまな芸術分野で活動するフリーランスのアーティストやスタッフが、契約について楽しく学ぶことを目的として、全7回にわたって実施された。2回目の開催となった2月13日の勉強会では、音楽家やサウンドクリエーターを対象に音楽にまつわる契約についての座学、トークセッションやワークショップが行われた。

音楽ナタリーでは、この勉強会で講師を務めたシティライツ法律事務所の弁護士・荻布純也と、ゲストとして登壇したTSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)、そして2人と交流のあるギタリスト兼トラックメイカーのTOMMY HONDAにインタビュー。勉強会の反響や手応えについてはもちろん、フリーランスで活動するアーティストにとって契約はなぜ大切なのか、じっくり語り合ってもらった。なお勉強会の模様はYouTubeにて公開中なので、インタビューと併せてチェックしてみてほしい。

取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 藤記美帆

ミュージシャン兼弁護士による勉強会

──今年2月に文化庁主催で開催された勉強会「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約レッスン」は、そもそもどういう経緯で荻布さんに依頼があったのでしょうか。

荻布純也 私の所属するシティライツ法律事務所が顧問をさせていただいているprecogさんから、文化庁が策定した「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」をわかりやすく解説する勉強会の企画があり、その監修をお願いできないか?という打診を事務所にいただいたんです。僕自身、非常に興味のある内容だったので「ぜひやりたいです」と事務所の中で手を挙げまして、僕ともう1人、ゲームなどに詳しい林かすみという弁護士が担当することになりました。勉強会の中身はもちろん、「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」の監修なども、弊所の弁護士・水野祐と一緒に進めてまいりました。

──荻布さんご自身もミュージシャンなんですよね?

荻布 はい。現在長期活動休止中なのですが、高円寺のヒップホップユニット・metrofieldのMCとして、2013年にless than TVよりアルバム「ロスタイム」をリリースしています。

荻布純也

荻布純也

TOMMY HONDA 僕がライブをやるときのバックDJも務めてくれています。

荻布 そういった縁もありまして、この勉強会のお話が来たときに、最初はTOMMYさんにゲストのオファーをかけたのですが、「これはTSUTCHIEさんが適任でしょう」と言ってくださって。

TOMMY 僕にとってはちょっと難しそうな案件だなと思ったんです(笑)。

荻布 それで、TOMMYさんが紹介をしてくれるなら、これはもうぜひともTSUTCHIEさんにお声がけしようと。

TSUTCHIE 光栄です。実は荻布さんとも付き合いはけっこう長くて。かれこれ10年近くなりますよね。

荻布 僕にとってTSUTCHIEさんは、長い間憧れの存在だったんです。それとTOMMYさんとこんな形で真面目な話をするの、実は初めてなので照れくさいのですが(笑)。

TOMMY 僕は今日、勉強させていただくつもりでやってきました。

左からTSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)、荻布純也、TOMMY HONDA。

左からTSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)、荻布純也、TOMMY HONDA。

──まずは、2月の勉強会がどんな内容だったのかを教えてもらえますか?

荻布 音楽家やサウンドクリエーターを対象に、まず講義を70分、その後TSUTCHIEさんにご登壇いただいてのトークセッションを30分、そして参加者と一緒に契約に関するワークショップを60分行いました。ガイドブックの内容を70分の講義に詰め込まなければならなくて、けっこう大変でしたね。でもTSUTCHIEさんとのトークセッションで貴重なお話をいろいろ聞けるのを楽しみにしていました。

──ワークショップはどんな雰囲気だったのでしょうか。

TSUTCHIE 自分たちも含め、今後の音楽業界における活動に関して学ばなければならないことを、真剣に聞きに来られている方たちばかりでしたね。参加者同士でグループを作って、皆さん問題に対して真面目に取り組んでいました。

──勉強会のテキストに使用されたガイドブックは、とても詳しいうえに読みやすいですよね。デザインも洗練されていて、Q&A方式を採るなど随所に工夫を凝らしている印象です。

荻布 ありがとうございます。40ページにわたり「アート」「ムービー」「パフォーマンス」「ミュージック」の4項目に分けて説明しています。「アート」は平面や立体のアート作品を作る際の契約、「ムービー」は映画・映像作品を作る、もしくは撮影などの仕事を受ける際の契約、「パフォーマンス」は舞台芸術や演劇への出演や、脚本、舞台美術などの製作の際の契約、そして「ミュージック」は原盤制作の際の契約や、ライブの演奏の際の契約について解説しています。

「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」

「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」

「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」

「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」

依頼メールの1文目で「こりゃダメだ」ってことも

──皆さんが実際に現場で経験した“契約”にまつわるエピソードを聞かせてもらえますか?

TSUTCHIE 勉強会のときにもお話ししましたが、やはり一番多いトラブルは支払いに関することですよね。オファーをする側としては、効率や費用対効果を考慮に入れながら、我々アーティストに対して必要最低限の報酬で進めようとするのは、まあ当然だとは思うんですよね。そのため、契約に対して実際は存在するいくつかの選択肢についての説明がなされないことなど、特に僕がデビューした1990年代の前半はよくありました。こちらとしても、活動しながら徐々に知恵を付けていくしかなかった。

──活動を続けていくうちに、身をもって学んでいったと。

TSUTCHIE はい。そうすると契約の段階で、「こういうのはどうですか?」とこちらから契約条件に関していくつかの選択肢を提示することもできるようになりますが、それを言われたクライアント側に「面倒くさいやつだな」と思われるのも嫌だなと思っていて。

TOMMY 確かにそれはありますね。

TSUTCHIE ただ、よほどひどいクライアントの場合はオファーが来た段階から「あれ?」って思うんですよ(笑)。そのあたりも、キャリアを重ねていくとセンサーが働くようになってくる。

TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)

TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)

荻布 きっとTSUTCHIEさんくらいの経験値をお持ちであれば、センサーの感度もとんでもなく高いのでしょうね。

TSUTCHIE 確かに依頼メールの1文目で「こりゃダメだ」ってわかるケースもありますね。

TOMMY 僕もよく知らない人から「こんな仕事、どうですか?」みたいなメールはよく来ますが、最初の依頼メールの段階でびっくりマーク「!」を多用していたら注意するようにしています。

一同 (笑)。

TOMMY しかも誤字脱字、名前の間違いがあると「ああ、これはコピペかな」と思いますね。

──確かに。これ、いくつか依頼して断られた「たらい回しの案件」かな?と疑ってしまいます(笑)。

TOMMY そうなんですよ。「どれだけ断られてきた案件なのだろう?」「俺は何人目かな?」などと考えてしまう。実際、そういうオファーを試しに受けてみると、やっぱり最悪の結果が訪れるケースが多いんですよね。ギャラは振り込まれたけど、そこに至るまでに「こうしてくれ、ああしてくれ」と修正依頼がたくさん来て、あり得ない形に仕上がったうえに「これでOKです」なんて言われると、「これは自分がやらなくてもよかったんじゃないか?」と思うじゃないですか。そういう案件はもうやりたくないですね。契約上は特に違反行為でもないのかもしれないですが、気持ちの面ではマイナスでしかない。

TOMMY HONDA

TOMMY HONDA

──そういう「想定外の追加依頼」に関しては、何回までOKにするかなど契約で取り決めしておいたほうがいいと、勉強会でもおっしゃっていましたね。

荻布 確かにそうなんですが、そういった契約をすべて紙で最初に取り交わしておくというのは非現実な話ですよね。たいていはメールでのやりとりになってくる。もちろんメールのやりとりの中で、ツボを抑えるテクニックはあると思うのですが、そのあたりは今お二人がおっしゃったように「経験から来る勘」もめちゃくちゃ大事だと思います。契約違反かどうかは別として「気持ちよく仕事ができるかどうか?」「やりがいがある仕事なのかどうか?」みたいなところ、必ずしも契約で解決する話ではないのですが、そのあたりも自分で物差しを作っておくとストレスも減るのかなと思います。

──確かに。

荻布 特にギャランティに関しては、「お金のことを細かく言わない」みたいな日本人の美徳に基づいて、つい「なあなあ」にしてしまったり、ほかにも「こういう仕上がりで」という完成形のイメージについて、最初の段階でしっかり確認していなかったり、そうなってしまうとお互いにストレスですよね。例えばコンビニやスーパーへ行って、商品に値札が付いてなかったら「これはおかしい」と思うし、何が入っているかわからないような包装がしてある商品は買わないじゃないですか(笑)。ちょっと極端な例えかもしれないですけど、契約ってそういうことだと思うんです。

TSUTCHIE ブランドコントロールでいえば、基本的にアーティストは“時価”だし“言い値”じゃないですか。それぞれが自分の中で設定した金額で交渉しているので、それがうまく相手に伝わっていない場合に齟齬が起きるのでしょうね。

荻布 確かにそうですね。値段がわからないお寿司屋さんが魅力的なこともありますし。チェーン店の回転寿司だと思って高級寿司に入ってくる人は、違うお店に行ったほうがいいかもしれない。今のご時世、お寿司屋さんの例えが適切かどうかわからないですけど……。

一同 (笑)。

TOMMY 実際、トラブルが起きるときってそういうパターンが多いですよね。フリーランスのクリエイターが、「クライアントにあり得ないくらい安いギャラのオファーをされた」みたいな投稿をTwitterに上げるケースが定期的にあるじゃないですか。

荻布 ただ、ああやってSNSで告発できる人は、おそらくほんのひと握りですよね。いざ自分の身に降りかかったときにどう動けばいいのかを前もって考えておくと、ストレスも少ないのではないかと思います。それは別に、「弁護士に契約書をちゃんと作ってもらったほうがいい」と言っているわけではなくて。もしギャランティなど気になる点があるなら、ちゃんとクライアントに確認する。メールでもいいので、お互いに見解をはっきりさせておく“クセ”をつけるのは、契約書を交わすまでもない契約における、コツの1つなのかなと思います。