フィクションからノンフィクションへ
──田中さんは歌詞を書くうえで従来の作品と違った点はありましたか?
田中 詞がより具体的になりましたね。今まではフィクションが多かったんですけど、自分の身に起きたある出来事について書いたり、知人について書いたりしました。特に、人をモデルにして曲を書きたいと思ったのは今回が初めてかもしれないですね。どの曲のことなのかは言いたくないですけど。
──「この人をモデルに曲を書きたい」と思ったきっかけがあったんでしょうか?
田中 ほんのささいなきっかけですよ。女子同士のたわいもない会話の中で、「彼女の人生の一部をストーリーにしてみたい」「この心情に共感できる人はほかにもいるんじゃないか」と思って。その曲も含め、今作は、詞の焦点を今までよりも狭めてみようかなという感覚で作りました。
──歌詞がより具体的になると、それに伴って、メロディやバンドのアレンジも変化するものですか?
中村 歌詞に合わせてメロディを変えることはよくありますね。「この単語は音が下がらないとおかしいよね」とか。
田中 それは私のこだわりね。今までもやってきていることだけど、今作はより多かったかもしれない。デビュー当時はダンサブルな楽曲や英語楽曲も多かったけど、日本語楽曲が年々増えていっているので、みんなの演奏も変わっていっていると思います。私はライブで歌いながら、「みんな、以前より私の歌を聴きながら演奏してくれているな」と体感しているけど……そんなことない?
蓮池 ベーシスト目線で言うと、コードのルート音をキープするほうがボーカルが立つのか、ボーカルに追従してメロディアスに弾いたほうがきれいに響くのかを考えながら演奏するのが近年の僕のテーマになっていますね。今回はキープの方向性でアプローチする曲が多かった。だから、自分の体感としては“地味難しい”になるんだろうなと。
田中 なるほどね。ちなみにさっき言っていた特に難しかった曲は、何の曲?
蓮池 「Sign」が特に難しかった。
田中 あの曲のベース、すごくいいよ。
「Sign」に見る遊び心とグルーヴ
──「Sign」は遊び心のある曲ですよね。民族音楽的なパーカッシブな要素とスクラッチのような電子的な要素が共存していたり、全体の雰囲気とは別ジャンルのギターフレーズが入っていたり……さまざまな要素が、絶妙なバランスで絡み合っている。
中村 自分の好きなものをいろいろ詰め込んだポップスという感じですね。アフロのイメージでアフリカの楽器の音をいろいろなところにちりばめつつ、エレクトリックな要素も、パーカッシブな要素も入っている。ギターのフレーズは、ベーシックにあるトラックと全然関係ないようなものにしたくて。ちょっとクレイジーな感じ、正常じゃない要素を曲の中に入れたかったんです。
田中 複数の曲の制作を並行して進めていたんですけど、この曲を作ってるときが一番楽しそうだったよね。
中村 そうかもしれない。自分の好きな要素を詰め込んだからといって、うまくいくとは限らないですよね。だけどこの曲では、自分の変なアイデアがちゃんと結合していってくれた感覚があったから楽しかったです。
蓮池 先ほども言った通り、僕はこの曲のデモをもらって「ベースも打ち込みっぽいな」と思っていたんですけど、祐介から「あえて生で弾いてほしい」と言われて。しかも裕梨さんからも電話で「ハス、楽しみにしてるわよ」と言われたから……やるしかないじゃないですか(笑)。
田中 (笑)。
蓮池 「なんで打ち込みじゃないの?」と聞きはしませんでしたけど、生であるべき理由を自分なりにすごく考えながら彼の作ったラインを弾いて、自分のエゴもちょっとだけ入れさせてもらいましたね。
──打ち込みにしなかったのは、やはり中村さんなりのこだわりが?
中村 やっぱりそこを人力でがんばることによって、グルーヴが生まれると思うんですよ。
蓮池 えー、本当?
田中 本当にそうなのよ! がんばることで、ハスならではのグルーヴが生まれるというか。
中村 サディスティックな発想ですけど、ハードルを乗り越えなければ生まれないグルーヴってあるなと制作のたびに思っていて。
──すごい。皆さん経験豊富で音楽理論にも精通しているだろうに、最終的に行き着くのは“がんばる”という精神論なんですね。
蓮池 あははは。結局人は、がんばることで成長していくってことですね。
──ほかの曲についても聞かせてください。今年6月に先行配信された「Ukiyo」は、どのようなイメージで制作しましたか?
中村 UKジャズダンスの細やかなステップのイメージから作りました。
田中 BLU-SWINGの制作はいつも、中村のざっくりとしたスケッチ──打ち込みのビートやギターのコード、ボーカルのメロディなどが入ったデモ音源から始まります。この曲のデモはスウィングしたリズムのドラムを基調としたものだったんですけど、それを聴いて私は、ロンドンで活躍している日本人ダンサー、Masumi Endoさんのイメージがパッと浮かんできたんですね。歌詞は「あっ、この子の曲を書きたい!」と思いながらしたためたものです。ミュージックビデオでは彼女が踊ってくれています。
シティポップからバラードまで
──4曲目の「Starlight」をきっかけに、アルバム全体の雰囲気がガラッと変わりますね。
中村 「Starlight」は収録曲の中で最後に作った楽曲で。僕はBPM100~110で80'sの雰囲気を感じさせる曲が好きなんですが、今回のアルバムにはそういう曲がないなと思って作りました。「BLU-SWING=シティポップ」というイメージを持っていらっしゃる方も多いと思うので、今までは「お客さんに面白がってもらいたい」という思いから、シティポップと言われるジャンルをあえて避けていた時期もありました。でも「Starlight」は今作の中で一番シティポップのイメージに近い楽曲なのかなと思います。
──あえて“型”を踏襲しているような?
中村 そうですね。アウトロにサックスのソロが入っているんですけど、大貫妙子とか吉田美奈子とか、1970年代後半にリリースされたシティポップの曲には後半ずっとインストという構成のものが多かったりするので。おっしゃる通り踏襲という感覚で、変わったことはそんなにしていないです。
──5曲目の「淡雪」はミドルテンポのバラードで、田中さんのボーカルが素敵だなと思いました。特にBメロの英詞のエアリーな発声が素晴らしい。
田中 ありがとうございます。その部分はおっしゃる通り息多めに発声して、いろいろな声色のコーラスを重ねています。先ほども言った通り、楽曲制作はいつも中村のスケッチから始まるんですけど、「淡雪」に関してはコードしかなかったんですよね。コードから詞を作って、詞からメロディを作って、メロディを受けてシンプルだったコードが、今のような変化球と言えるものに変わり……こういう作り方は初めてでした。
──なるほど。サウンドよりも歌を先に作ったからこそ、結果的に、歌が真ん中にある曲になったんですね。
中村 そうですね。作っているうちに、どんどん曲の形が見えてきて。ボーカルの音はほかの楽器の音と混ぜず、完全に分離させているんですが、ミックスでそういう判断をしたのは「この曲は歌を聴かせたい」という気持ちが作っているうちに芽生えたからですね。こういうバラードの場合、ボーカルの音がすごく響いているような曲が多いと思うんですけど、この曲ではほぼリバーブをかけていなくて。
田中 リバーブ、好きなんですけどね。かけないと裸って感じがしません?
中村 目の前で歌っているような感じがするのがいいですよね。
──「Spark」は、ギターとベースのリフから始まるロックな楽曲。歌詞のテーマもユニークですね。
中村 僕、中島らもさんがすごく好きで。らもさんのある小説の中で、酒飲みの女性キャラクターが、角打ちのできる酒屋で仕事中に飲む描写があるんですが、それをモチーフに作曲しました。らもさんがラジオやテレビに出演されたときに歌っていた「いいんだぜ」という曲があるんですけど、その中から歌詞をオマージュしています。
蓮池 ロックな曲ですけど、僕は祐介がこういう曲も好きだということを知らなくて。それで「最近どんな曲を聴いてるの?」みたいなことを聞いたら……確か、去年のツアー中にThe Rolling Stonesを聴き直していたんだよね?
中村 そうそう。去年の秋頃は、ああいう土臭いサウンドが好きな時期でした。マーティン・スコセッシ監督の映画の暴力的なシーンで、The Rolling Stonesの楽曲がかかっていたんですよ。マイナスな精神描写のシーンでロックが流れる、そういう対比的な効果を狙った音楽の使われ方が好きというか。
蓮池 こういう曲って、なんか翔くんのイメージがあるよね?
中村 ああ、翔の曲とも言えるかもしれない!
小島 いやいやいや(笑)。僕は昔、こういうブルージーでロックなギターばっかり弾いていたから、2人はこう言っているんだと思うんですけど。この曲ではレスポールを使って、わりといなたい感じのサウンドにできたかなと思っています。
蓮池 この曲で僕は珍しくプレシジョンベースを使っていて。今回のアルバムではウッドベースもエレキベースも弾いているんですが、特にエレキベースは曲によって何本かを使い分けています。
アジアツアーを経て、2026年には日本でも
──アルバムのラストを飾る「Wave」は、ダンサブルな楽曲ですね。
蓮池 冒頭で話した「We'll Be Right Back」からの流れが落とし込まれたような曲だよね。
中村 確かに。国内でのスタンディングライブの機会も視野に入れて、これから活動の幅が広がっていくことを見据えて作った初めての曲かもしれないです。
──9月3日にはアジアツアーがスタートしますが、国内でのライブも予定されていますか?
田中 そうですね。まず、8月21日にタワーレコード渋谷店でインストアイベントを行うので、スタンディングでのライブはそちらで体感していただけるのではないかと。国内でのアルバムツアーは、年明けに実現できるよう調整中です。
中村 いいアルバムができたので、ぜひライブ会場で体感していただきたいです。
公演情報
BLU-SWING New album「GOODTIMES」発売記念イベント
2025年8月21日(木)東京都 タワーレコード渋谷店6F TOWER VINYL SHIBUYA
中国ツアー
- 2025年9月3日(水)中国・北京 疆进酒・OMNI SPACE
- 2025年9月5日(金)中国・上海 瓦肆 VAS ear
- 2025年9月6日(土)中国・广州 MAO LIVEHOUSE(永庆坊店)
- 2025年9月7日(金)中国・深圳 BO LIVE(前海店)
プロフィール
BLU-SWING(ブルースイング)
2004年に結成された、ジャズを軸にしたクロスオーバーバンドで、メンバーは田中裕梨(Vo)、中村祐介(Key, Programming)、小島翔(G)、蓮池真治(B)、宮本“ブータン”知聡(Dr)の5人。2008年にアルバム「Revision」でメジャーデビューし、主要レコード店のクラブチャート1位、J-POPチャート3位を記録した。ジャズを基調に、シティポップやヒップホップなど多様なジャンルを融合した独自のサウンドで人気を博す。日本のみならず海外でのライブ活動も活発で、アジア各国でのジャパンフェスティバルに出演したほか、ロンドン・ロイヤル・オペラハウスのコンサートマスター、ヴァスコ・ヴァッシレフのバックバンドを務めるなどワールドワイドに活躍している。2023年に「Spectre」、2024年に「Panorama」と題したアルバムをリリース。2025年8月に通算7枚目のアルバム「GOODTIMES」を発表した。9月からアジアツアーを行う。