Apeaceヨンウク インタビュー|全力で過ごした10年でアイドルからアーティストへ、ソロプロジェクトUKとしての未来とは

12月をもって活動終了する韓国発の男性アイドルグループ・Apeaceが、ラストアルバムとなる「We are Apeace」をリリースした。

本作には、グループ結成から10年の間ずっと彼らを支え続けてきたエンジェルピース(Apeaceファンの呼称)へのメッセージを込めた楽曲を中心に収録。先行シングル「Shake it up! -Hot Lips-」や「MAMAお願い」のような軽快なファンクチューンから、「White LOVE」のような美しくロマンティックなバラードまでバラエティに富んだ仕上がりとなっている。

またメンバーの中で唯一日本に残り、現在もソロアーティストとして積極的に活動しているチョン・ヨンウクが11月にUK名義の1stミニアルバム「UK」をリリース。こちらには本人が作詞作曲を担当した「大丈夫」など、パーソナルな楽曲が並んでいる。

10代で日本に移住し、東日本大震災の被災地復興支援をはじめ日本人に寄り添う活動をずっと続けてきたヨンウク。新たなスタートラインに立つ彼は今、何を思うのだろうか。その胸の内をじっくりと語ってもらった。

取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 須田卓馬

1%でも嘘が混じっていたら活動は続けられなかった

──Apeaceは12月末をもって活動終了することを発表しました。グループとしての活動がスタートしてから今年でちょうど10年になるわけですが、振り返ってみてまず思い出すのはどんなことですか?

やはりデビューした頃のことが強く印象に残っています。僕は16歳の年に日本に移住し、デビューしたのですが、最初は海外へ行くこと自体が怖かったですし、父が厳しい人で、歌手になること自体めちゃめちゃ反対されたんですよね。今は一番応援してくれていますけど。2011年は東日本大震災があって、K-POPのほかのアーティストたちがどんどん韓国へ戻っている時期に、僕らApeaceは日本へ移住してきたんです。日本デビュー曲「We Are The One」には、「こんなときだからこそ日本へ行って、みんなに元気を与えたい」という思いがありました。

ヨンウク

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──実際にApeaceの皆さんは、2018年に岩手県大船渡で開催された「夢さんま祭り」や、チームスマイル・豊洲PITで行われた「Power Into Tohoku! 2016 Special Live」など、震災の復興支援イベントにも積極的に参加していました。慣れない生活の中では、きっと苦労も多かったでしょうね。

日本に来たばかりの頃はホームシックになったこともありました。でもこうして振り返ってみると、すべてが感謝したくなるような出来事だったと思います。結成から10年の間にメンバーが交代したり、兵役に行くメンバーを待つことになったりいろいろあったのですが、僕自身はこれまでのApeaceのシングルやアルバム、ミュージックビデオに関わらなかった時期が、ありがたいことに一度もないんですよ。それは誇りでもあるし、今こうして1人で活動するうえでの自信にもつながっています。そのことに心から感謝していますし、もしそこに1%でも嘘の気持ちが混じっていたら、きっと活動は続けてこられなかったと思いますね。

──2015年には専用劇場「K THEATER TOKYO」を飛び出し、月1回の単独ライブをベースにバラエティや舞台、モデルなど、メンバーそれぞれが個性を生かしながら幅広い分野で活躍するようになりました。

今だから話せますけど、実はその頃がApeace存続のうえでもっとも深刻な危機だったんじゃないかと思います。僕らは劇場で3年近く公演を続けてきて、毎日ステージに出るのが当たり前になっていたのに、そこを飛び出し新しいステージが広がったことは、期待と同時に不安もたくさんありました。実際、最初の1、2カ月は本当にやることがなくて……ライブの練習は継続していましたが、「これから僕ら、どうしていけばいいんだろう?」と真剣に考えるメンバーもいましたね。そこをなんとか乗り越えてこられたのも、メンバーやスタッフ、そしてもちろんファンの皆さんがいてくれたからだと思っています。

ヨンウク

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伝えたかったのは“僕らはひとつ”ということ

──政治の面では課題が山積みの日韓関係ですが、Apeaceは“A(アジア)”の“peace(平和)”の架け橋となるグループという名の通り、日韓の文化交流の活動も積極的にされてきたと思います。

その点に関しては、音楽の力ってすごいなと思いました。国と国の問題は別として、Apeaceが伝えたかったのは“僕らはひとつ”ということ。デビュー曲「We Are The One」にも込めたメッセージです。それに、日本の皆さんはK-POPを好きになってくださったし、僕らもそれに応えるために日本語を一生懸命がんばって、「皆さんありがとうございます。ここで歌えて幸せです」という気持ちを日本語で伝えようと思いました。そんな僕たちのことを理解しようと、ファンの皆さん……僕らは「エンジェルピース」と呼んでいるんですけど、エンジェルたちもがんばってくれましたね。

──文化交流をファンの皆さんと一緒に進めていたんですね。そしてこのたび、そんなファンへのメッセージ性の強い楽曲を中心に収録したラストアルバム「We are Apeace」がリリースされます。ヨンウクさんにとって特に思い入れのある楽曲はなんですか?

収録曲の中で、唯一メンバー全員の声が入っている「Close to you」です。この曲はJ.Dくんがトラックを作り、ハ・ゴンヒさんが作詞作曲をしてくれたのですが、自分がDJを務めたラジオ番組でかけたときに初めて完成バージョンを聴きました。そのときに「メンバーの声はやっぱりいいなあ」と思いましたね。あと、「Shake it up! -Hot Lips-」や「MAMAお願い」は自分が中心となってダンスの振り付けを考えたので、そういう意味でも思い入れがあります。

──ダンスの振り付けを考えるときに心がけていたのはどんなことですか?

Apeaceはメンバーも多いですし、ダンスのレベルもそれぞれ違うから、合わせたときに全員がカッコよく見える振り付けを一番に考えていました。そして、サビはとにかく記憶に残るもの……ほかのセクションのダンスがどれだけ高度で複雑だったとしても、サビだけは簡単で真似しやすいものにするというのが、自分の中のルールとして常にありましたね。

──影響を受けたダンサーや、目標にしているパフォーマーはいますか?

振り付けを考えるときはいつも、1曲に対して100曲以上のダンス映像を観て参考にしているんです。大袈裟でもなんでもなく。その中で特にインスパイアされるのはSEVENTEENの皆さん。僕らと同じく大人数のグループなので、「そこでそんな振り付けをするんだ!」みたいな驚きがすごく多いです。必ずしもセンターではなく、ちょっと外れたところで目立たせたりするのもめちゃくちゃカッコいいんですよね。あとはBTSさん、Stray Kidsさんも参考にさせてもらっています。

──レコーディングで印象に残っていることは?

「Dear U」という曲は、J.Dくんとホン・ソンホさんが作詞作曲、キム・ジヌさんがラップを担当してくれたんですけど、レコーディングはまず僕以外のメンバーたちが韓国で行い、あとから僕が日本で録音をしたんです。そんなふうに別々の場所でレコーディングするのも初めての経験でしたが、メンバーの声を聴いたら「やっぱり落ち着くなあ」と思いましたし、離れていても同じ空の下でつながっているんだなと改めて感じました。照れくさいのでメンバーたちには言っていませんが(笑)。