ナタリー PowerPush - ピロカルピン
時間と生をテーマにした渾身作「宇宙のみなしご」
歌声にはもともとコンプレックスがあった
──ところで、「ピロカルピン」というバンド名の由来は?
松木 これは実際にある薬品の名前なんですが、とりあえずつけたものが正式に決まってしまった感じですね。でも音の響きがいいなって思ったのと、ピロカルピンは目の病気に対する薬効があるみたいなんです。なので、これは後づけですが、私たちの音楽で、視界を取り戻して物事がよく見えるようになってもらえたらいいなって。そういう思いも加えてみました(笑)。
──そんなピロカルピンの音楽なんですが、まずは松木さんのとても真っ直ぐで綺麗な歌声が特徴だと思いました。
松木 ありがとうございます。でも自分の声に関しては、もともと日本語でギターロックがやりたいと思っていたのもあって、コンプレックスを感じていた時期もあったんですよ。
──そういうバンドサウンドをやるには、ちょっと綺麗すぎる?
松木 はい。ちょっと歌のお姉さんみたいな雰囲気になってしまうので(笑)。でも最近は自分の声を受け入れた上でそれを生かした音楽を作っていこうという気持ちになっています。
──ピロカルピンのサウンドは楽器隊、特にギターの音がぐいぐい前に出てくるからか、UKロックを彷彿とさせる質感やグルーヴも感じられますよね。私はそれと松木さんの歌声のマッチングがすごく面白いと思ったんです。
岡田 ありがとうございます。僕はもともとUKロックがすごい好きで、例えばSUEDEとかTHE SMITHSみたいに、カリスマボーカリストとカリスマギタリストがお互い競うスタイルがやりたかったんですよ。でも、並のボーカリストだとたぶんギターで歌が聞こえなくなるじゃないですか。歌声が音に埋もれちゃうというか。
──ええ、そうですよね。
岡田 でも僕は松木さんの声を聴いたとき、これなら僕が好き勝手弾いても大丈夫だな、これなら本当に自分がやりたいと思ったことができるなって思ったんです。個人的な話ですが、僕はそれまで音楽でやっていこうという夢はもう諦めてたんですよ。でも、松木さんの声がその気持ちを呼び覚ましてくれたっていう気がしていますね。
どんな曲もメロディを一番尊重したい
──ピロカルピンの楽曲はすごくオリジナリティにあふれていると思うのですが、普段どうやって制作されてるんですか?
松木 まず歌詞に関しては、あくまでもサウンドの一部という捉え方をしています。なので、歌詞から最初に書くことは一切なく。私が簡単なデモテープを作る時点で、なんとなくイメージや言葉の断片はあることが多いんですけどね。
岡田 そのデモは弾き語りみたいな感じで、すでに適当な言葉が歌として入ってるんですよ。「♪ラララ」とかじゃなく、ちゃんとした単語やフレーズで。でもそれは松木さんが無意識のうちに曲に合うものを選んでいて、僕はそこから、この言葉にはこういうサウンドが合うなっていうのを拾い出すんです。そうして音に変換したものを松木に戻すと、歌詞が具体的な形になってくるんですね。そういうキャッチボールである程度の形になったものを、バンド全体で詰めるというのが一番多いです。
松木 だから最初のデモ段階に偶発的に生まれたものが元になってはいるんですが、それがバンドの中を回って、最終的に戻ってきたものに対してまとめるっていう感じですね。あくまでも歌詞はサウンドから感覚的に掴み取ったものをイメージして書いてる感じです。
岡田 松木さんは読書も好きなので、本人は無意識でも、どこか言語感覚が優れているというか。意味の上でも響きとしても美しい言葉が最初から出てくるんですよね。さっきも言いましたが、僕はそれをサウンドでうまく拾い上げてくって感じ。……まぁ、これはうまくいってるときだけの話なんですけど(笑)。
松木 あははは、そうですね(笑)。でもやっぱり、どんな曲も私はメロディを一番尊重したいという気持ちがあるので。歌詞よりメロディの響きが生きる言葉を必ず選ぶようにしていますね。
ピロカルピン
松木智恵子(Vo, G)、岡田慎二郎(G)、スズキヒサシ(B)、鈴木雅人(Dr)からなる4ピースバンド。2003年に松木と岡田が出会い、バンドの原型が誕生。その後何度かのメンバーチェンジを経て、2010年8月に現在の編成となる。
2009年7月にタワーレコード限定シングル「人間進化論」とHMV限定シングル「京都」を同時発売しデビュー。2010年11月から2カ月連続でシングル「存在証明」「終焉間際のシンポジウム」を発表し、その繊細な世界観とダイナミックなサウンドで話題を集める。2011年3月、3rdアルバム「宇宙のみなしご」をリリース。このアルバムのタイトルは森絵都の同名小説にちなんだもので、森の快諾により名付けられた。