ナタリー PowerPush - 牧野由依
レーベル移籍で新境地 等身大ラブソング「ふわふわ♪」
牧野由依のEPIC Records移籍第1弾シングル「ふわふわ♪」が3月3日にリリースされる。楽曲プロデュースはpal@popの高野健一、そしてビデオクリップは映画「Love Letter」「花とアリス」の岩井俊二監督が手がけるという豪華なコラボレーションで、これまでとは違った方向性を打ち出した作品。歌手デビューのきっかけとなったアニメ「創聖のアクエリオン」エンディングテーマ「オムナ マグニ」をはじめ、アニメソングファンの間ではすでに高い評価を集めている彼女だが、本作はさらにリスナーの幅を広げる1枚となりそうだ。
ナタリーでは新たな道を歩み始めた牧野由依にインタビューを敢行。ピアニスト/子役として活躍していた幼少時代から、強い芯を持ったアーティストへと変貌した現在に至るまでのエピソードを、新曲「ふわふわ♪」の話題を軸に語ってもらった。
取材・文/臼杵成晃 インタビュー撮影/平沼久奈
元素記号のマグカップでキュンキュン
──今回のシングルで初めて牧野さんの音楽に触れる人のために、これまでのプロフィールについてお聞きします。まず、4歳の頃からピアノを始めたということですが、これはご両親の勧めで?
父が音楽の仕事をしていて、その影響です。父はその頃クライズラー&カンパニーさんと一緒にお仕事させていただいていて、もしバイオリンを始めるなら葉加瀬太郎さん、ピアノだったら斉藤恒芳さんが教えてくださるという、今考えてみるとすごい環境ですよね(笑)。私は最初バイオリンが良かったんですけど、バイオリンって体に合わせて楽器をどんどんどんどん変えていかなきゃいけないんです。弦の張り替えだったり、楽器を買ったあともすごくお金がかかるんですね。でもピアノは、グランドピアノ1台買ってしまえば……まあ最初はすごく高いですけど、鍵盤が年々1本ずつ自分のものになってくような感じがあって。
──そのピアノで、8歳の頃には早くも岩井俊二さんの映画「Love Letter」の劇中音楽に参加されているんですよね。岩井さんとはどういうかたちで出会ったんですか?
これもやはり父の仕事の関係なのですが、父が麗美さんのツアーにバックバンドで参加していて、私も付いて回ったりしてたんです。家族旅行も兼ねて一緒に行っちゃったみたいな(笑)。麗美さんは私が初めて出たピアノのコンサート映像を観て興味を持ってくださったらしくて、麗美さんが「Love Letter」の音楽を担当されることになったときに「『A Winter Story』という曲を弾かせたい子がいるんだけど」とそのビデオを岩井監督に観てもらった……というのがきっかけですね。
──なるほど。もう完全なる“音楽一家”の環境だったんですね。
そうですね。ちっちゃいときはすごくイヤだったんですけど……蛙の子は蛙なんですかね(笑)。
──その後、歌手デビューするまではどのような流れだったんですか?
岩井さんの作品にかかわらせていただいたことをきっかけに「こんないろんな人に注目してもらえるお仕事ってあるんだ!」と、それからしばらく子役としてコマーシャルやドラマなどをやらせていただいてたんですけど、高校3年生ぐらいの頃に「将来の仕事として音楽の世界や芸能界にちゃんとかかわっていけるようになりたい」と思って。いろいろ考える時間が欲しくて、一旦役者の活動は止めたんです。しばらくは学生生活に比重を置いて過ごしてたんですけど、知り合いの方から「アニメ『創聖のアクエリオン』のエンディングテーマを歌える人を探してる。菅野よう子さんがプロデュースなんだけど、オーディションを受けてみない?」というお話をいただいて。藁にもすがる思いというか「ここを逃したらもうないんじゃないか」と思って受けました。
──それまでは歌の仕事の経験はなかったんですか?
全くなかったです。父の曲の仮歌を手伝ったりしたことはありましたけど、ボイストレーニングを受けたこともなかったし、高校で声楽を勉強してたぐらいですね。
──子供の頃から「歌手になりたい!」という夢があったわけではなかったんですね。
はい。むしろ、ちっちゃい頃になりたいと思ってたのは薬剤師さん。
──音楽一家的な環境から離れたかった?
いえ、お薬の名前を覚えるのが好きだったんです(笑)。イソプロピルアンチピリンとか、そういうペロペロした感じがすごく大好きで。化学記号とか元素記号が書いてあるマグカップを眺めてずっとキュンキュンしてました。
──薬オタクですね(笑)。でもそっちの道には進まずに。
進みたかったんですけど……単に名前を覚えるのが好きなだけだったので(笑)。
「面白いね」がうれしくて
──結果的に音楽専攻の学校を選んだんですよね。
音楽を学ぼうと東京音大の付属高校に入って、そこから大学まで7年間は音楽専門の勉強をしました。大学在学中に「アクエリオン」のオーディションを受けさせてもらったら、それが決まって。同時期に「声の仕事に興味ある?」とNHK教育テレビのプロデューサーさんから「新番組のヒロイン役でオーディションを受けてみないか」とお誘いを受けて、それがきっかけで声優のお仕事も始めたんです。
──声優についても迷いなく「やります」という返事を?
それも藁にもすがる思いで(笑)。でも、オーディションには500人ぐらい集まったらしいんですよ。まさかそれを自分ができることになるとは思っていなくて……。
───今につながる流れはこの時期からスタートしているわけですね。
そうですね。でも、子役の時期は何だったんだろうみたいな(笑)。
──もともと自分で何かを表現したいという気持ちは強かったんですか?
そうですね。人見知りだし引っ込み思案なんだけど「面白いね」って言ってもらえるのがすごくうれしくて。私のことを見て感想を言ってもらえるのがすごく好きだったみたい。
──ご両親は「音楽を絶対にやりなさい!」という感じではなかった?
むしろそう言ってくれればいくらかラクだったんじゃないかと思います。高校~大学で一度クラシックのほうに走ったのは、父が全然クラシックを学ばずにジャズの世界に飛び込んだ人なので、父に勝つ知識を持つためにはクラシックで自分を磨くしかないと考えたからなんです。反抗精神から音大付属に入るために一生懸命がんばったというか。
──音楽のイメージや見た目とは裏腹に、結構男っぽいというか(笑)芯が強いですよね。歌手デビューが決まったあとは、どのような感じでしたか?
最初は言われたことをこなしていくだけで精一杯。弾き語りもデビューするときに始めたんですけど、それまでは歌をちゃんと勉強したこともなかったし、ピアノはピアノだけを弾くものだと思ってたので。デビューが決まってから4カ月後ぐらい、1stシングル(「アムリタ」2005年8月18日)がリリースされたときに、インストアイベントで弾き語りを演ってくださいっていう話になったんです。でも4カ月で弾き語りを習得するのって意外と大変なんですよ。
──ピアノが弾ける人で、しかも歌手だったら「当然やれるんでしょ?」みたいな目で見られそうですよね。
そうそう。さらに“現役音大生”っていう言葉がすごく自分の首を締めている気がして。「『音大生だからミスタッチなんかするわけないじゃん』ってみんなに思われてるはず」と勝手に思い込んでたから、ステージもすごく怖かったです。1stアルバム(「天球の音楽」2006年12月6日発売)を出したときにいろんなところで歌わせてもらったことで、いっぱいいっぱいなりに歌う楽しさを感じられるようになりましたね。
牧野由依(まきのゆい)
7歳で岩井俊二(映画監督)に才能を見出され、同監督の大ヒット作品「Love Letter」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」3作品に、8歳から17歳にかけてピアニストとして参加。2005年にシンガーデビューを果たし、同年には声優としての活動もスタートさせた。
2008年春に東京音楽大学ピアノ科を卒業し、2009年には事務所およびレコード会社を移籍。アーティストとして新たな第一歩を踏み出した。2010年3月3日にEPICレコード移籍第1弾シングル「ふわふわ♪」をリリース。