やけのはらが語る、井上陽水の魅力と最新シングル「care」|デビュー50周年を目前にしての新境地

井上陽水が7月25日に約9年ぶりとなるニューシングル「care」をリリースした。タイトル曲は大塚製薬「ポカリスエット」の新CM「気をつけて お嬢さん」編のCMソングとして書き下ろされた、さわやかなサウンドアプローチが印象的なナンバー。カップリングにはトロピカルテイストの楽曲に井上ならではの個性的な歌詞が乗せられた「MUSIC PLAY」が収録されている。

音楽ナタリーではこのシングルの魅力を紐解くべく、幼少期より井上の音楽に親しんできたというやけのはらへのインタビューを実施。「オリジナルアルバムはすべて購入している」と話すやけのはらに、井上の音楽の魅力やユニークさ、新作の聴きどころなどを語ってもらった。

取材・文 / 高木"JET"晋一郎 撮影 / 佐藤類

井上陽水で「大人っぽい音楽というのがある」と知った

──話の入り口として、やけのはらさんの“井上陽水体験”の原点からお伺いできればと思います。

やけのはら

僕が子供のとき、1980年代だと「リバーサイドホテル」とか「いっそ セレナーデ」、それから中森明菜さんに提供した「飾りじゃないのよ涙は」だったり1990年代だと「少年時代」やドラマ(1993年放送「素晴らしきかな人生」)の主題歌だった「Make-up Shadow」などを、テレビで見たのが最初だと思いますね。その当時はご本人もテレビにはけっこう出られてたので、存在としても認識はしてたと思います。親がいわゆる団塊の世代でもあるので、親も陽水さんをデビュー当時から聴いていたという影響もあると思います。

──まずはメディアや親御さんを通してその存在と楽曲を知ったと。

そして、中高生になってより音楽を主体的に聴くようになって、「傘がない」や「東へ西へ」「夢の中へ」とか、レコードで1970年代の陽水さんの作品にも遡って聴き出したんですよね。時代的にも、古いレコードを買って聴くという文化が普通になっていった時期だったので、自分の知らない新しい音楽を聴きたいという意識の中で、陽水さんの音楽を追い始めた感じですね。オリジナルアルバムはその当時に全部そろえたし、そのあと、リアルタイムでリリースされた作品も買ってます。

──やけのはらさんが、その当時に感じていた井上陽水さんの音楽の魅力はなんでしょう。

その当時の感情を、今の自分として表現すると、すごく「大人の音楽」だと感じてたと思うんですね。今聴いても大人っぽい音楽だと感じるし、「大人っぽい音楽というのがある」というのを知ったのは、陽水さんの音楽を通してだったと思いますね。例えば「筑紫哲也 NEWS23」のテーマ曲だった「最後のニュース」とか、「大人が大人のことを歌ってる曲」だと思うんですよね。それが興味深かった。そういう歌詞の面白さは、とても強く印象に残ってたと思いますね。

凡人が100年かかっても思い付けない表現

──例えばどんな歌詞にピンと来ましたか?

逆に、ピンとこないからすごいと思うんですよ(笑)。「リバーサイドホテル」の「部屋のドアは金属のメタルで」とか、どういう意味なんだろうって。でも、そういう表現はなかなか思い付かないと思うんですよね。「飾りじゃないのよ涙は」とか、凡人が100年かかっても思い付けない表現だと思う。フォーク時代の歌詞には私小説的な部分があったと思うんですが、5thアルバムの「招待状のないショー」ぐらいから俯瞰や物語性、言葉遊びが入ってきて、のちのPUFFYに提供するような曲とも通じる部分を感じるようになる。

──PUFFY「アジアの純真」の「白のパンダをどれでも全部並べて」とか、ナンセンスなのかすらも判断できないですよね(笑)。

ラップ表現って、ライミングに合わせて言葉を決めたり、変化させる部分があるんですけど、陽水さんもそういう部分があると思うんですよね。意味よりも、母音だったり、言葉の組み合わせで気持ちいい言葉をはめていくと言うか。だから抽象性は高くなるんだけど、単なる抽象表現ではないし、全部が偶然ではないから、全体を通すと何かを歌ってる感じがする。だけど、それが何かはわからないと言うか。そういった部分の微妙なさじ加減から醸し出される、不思議さとか怪しさに興味を惹かれるんですよね。

──楽曲としての部分はいかがでしょうか?

やけのはら

例えば1983年リリースの「バレリーナ」は、EP-4のBaNaNa(川島裕二)さんがほとんどの曲をアレンジしていたり、時代性を感じる部分があって。そういうふうに1980年代のアルバムは、ニューウェーブだったり、ダブの影響を感じる作風もあるんです。関わるアレンジャーや、時代や作品によって、曲の感触が変わっていくのが面白いですよね。そういった部分の強い、「あやしい夜をまって」や「LION & PELICAN」「バレリーナ」あたりの、1980年代初期の作品は個人的にすごく好きですね。それから細野晴臣さんがアレンジに参加してる「ハンサムボーイ」は完全に名盤だと思うし、その時代の作品は未だによく聴きますね。そして、もっと根本的なところではメロディメイカーとして素晴らしい。「いっそ セレナーデ」とか、イントロの1秒で掴まれるような強さがありますよね。それから歌の巧さと声質の魅力、キャラクターとしての飄々さ……そういった、多面的な魅力を持ってらっしゃるから、いろんな世代のファンがいると思うし、さまざまな要素のどれか1つが欠けても、井上陽水の音楽にならないんだと思いますね。

井上陽水「care」
2018年7月25日発売 / ZEN MUSIC
井上陽水「care」

[CD]
1080円 / UPCH-5948

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収録曲
  1. care
  2. MUSIC PLAY
井上陽水「YOSUI BOX Remastered」
2018年12月19日発売 / ZEN MUSIC
井上陽水「YOSUI BOX Remastered」

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70200円 / UPCH-7461

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井上陽水(イノウエヨウスイ)
1948年福岡生まれ。1969年にアンドレ・カンドレ名義でデビューし、1972年には井上陽水としてシングル「人生が二度あれば」で再デビューした。1973年にリリースしたアルバム「氷の世界」は日本初のミリオンセラー作品に。その後「傘がない」「夢の中へ」「いっそセレナーデ」「リバーサイド ホテル」「少年時代」などの名曲を多数発表する。また忌野清志郎や奥田民生など他アーティストとのコラボにも積極的で、PUFFYのデビュー曲「アジアの純真」の作詞をはじめ中森明菜、小泉今日子、安全地帯といったアーティストにも楽曲を提供している。2009年からはNHK「ブラタモリ」に「MAP」「女神」「瞬き」と、3曲のテーマソングを提供。2018年7月には約9年ぶりのニューシングル「care」を発表した。
やけのはら
DJ、ラッパー、トラックメイカー。「FUJI ROCK FESTIVAL」「METAMORPHOSE」「KAIKOO」「RAW LIFE」「Sense of Wonder」「ボロフェスタ」などの数々のイベントや、日本中の多数のパーティに出演。数多くのミックスCDを発表している。またテレビ番組の楽曲制作、中村一義、メレンゲ、イルリメ、サイプレス上野とロベルト吉野などのリミックス、多数のダンスミュージックコンピへの曲提供など、トラックメイカーとしての活動も活発に行なっている。2009年に七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が話題になり、2010年には初のラップアルバム「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」を発表。その後Stones Throw15周年記念のオフィシャルミックス「Stones Throw 15 mixed by やけのはら」を手がけ、2012年にはサンプラー&ボーカルを担当している、ハードコアパンクとディスコを合体させたバンドyounGSoundsでアルバム「more than TV」を完成させた。2017年8月にはY.I.M.とのコラボレーションによる7inchシングル「みんなのなつ / だいじょうぶ」を発表している。