音楽ナタリー Power Push - 秦 基博×花沢健吾

音楽とマンガ、それぞれの作り手の“Q & A”

秦 基博がニューシングル「Q & A」をリリースする。映画「天空の蜂」の主題歌として制作されたシングルの表題曲は、アグレッシブなバンドサウンドと起伏に富んだメロディ、“どうやって自分の答えを見出すか?”というテーマの歌詞が1つになったアッパーチューン。“秦 基博=温かく、感動的なバラードを歌うアーティスト”というイメージを気持ちよく裏切る楽曲に仕上がっている。

さらに本作の初回限定盤にはブックレット「9 & A BOOK Hata Motohiro 9th Anniversary」も付属する。デビュー9周年を記念して制作されたこのブックレットは、秦に関する「Q」に対し、KAN、笹原清明、塩川いづみ、渋谷直角、清水浩司、花沢健吾、万城目学、松任谷由実、本秀康がそれぞれのスタイルで「A」を発表するという内容。そこで今回音楽ナタリーでは秦と、ブックレットに寄稿した花沢健吾の対談を企画し、2人にそれぞれの作品作りに関する“Q & A”を繰り広げてもらった。

取材・文 / 森朋之 撮影 / 佐藤類

秦 基博は“描きたい顔”の持ち主

──まずは秦さんのニューシングル「Q & A」の初回限定盤に付いているブックレット「9 & A BOOK Hata Motohiro 9th Anniversary」のことからお聞きしたいと思います。この中で花沢さんは「頭の中の秦 基博はどんなふうに歌っていますか?」という質問に対し、絵と文章を用いて回答していて。

秦 基博「Q & A」初回限定盤付属ブックレット「9 & A BOOK Hata Motohiro 9th Anniversary」に掲載された花沢健吾のイラスト。

花沢健吾 質問を受け取って、すぐにイメージが湧いてきて。「描けるな」と思ったからお受けしたという感じですね。秦さんの外見って、犬か猫かで言えば、犬っぽいと思うんですよ。オオカミとかシベリアンハスキーとかそういう感じで。あと、すごく印象に残る顔なんですよね、絵を描く人間としては。

秦 基博 ホントですか? なんの特徴もないですけど……。

花沢 描きやすいのは「しわが深い」とか「骨格がしっかりしている」という顔なんですけど、それとは別に「描きたい」って思わせる魅力的な顔の人というのがいて。秦さんもそういうタイプなんですけど、描くのは難しいんですよね。今回は秦さんの動画を観ているときに「横顔がいいな」と思って、オオカミと一緒に描かせてもらいました。

 この絵を見たときは、打ち震えましたね。花沢さんはお忙しい方なので、今回のブックレットも最初は「難しいかもしれない」という話だったんです。でも、快く引き受けていただいて、しかも「すげえ!」ってワナワナ震えるような絵を描いてくださって。

──花沢さんの文章も素晴らしいと思いました。「叫んでいるわけでないのに 遠くまで響く 心に響く」というのは、秦さんの歌の魅力を的確に捉えているなと。

花沢 それも素直に出てきた感じなんですよね。前に1度ライブに行かせてもらったんですが、まず声量がすごくて。でも、大声を出しているわけではないんですよね。静かに歌ってるような感じなのにすごく響くというか。それもオオカミの遠吠え的なイメージにつながりました。

 ありがとうございます。自分で“オオカミみたいだ”って自覚することもないので(笑)、そんなふうに表現してもらえるのはすごくうれしいですね。

病んでたんですか?(笑)

──秦さんと花沢さんの交流はいつ頃から始まったんですか?

 最初にお会いしたのは2009年に「音楽と人」の連載(「秦 基博のチャレンジ学習帳」)で、アシスタント入門をやらせてもらったとき(参照:音楽と人11月号に花沢健吾。泰基博がアシスタント体験[コミックナタリー])ですね。それまで僕が一方的にファンで。その後「アイアムアヒーロー」では1巻の帯のコメントも書かせてもらったんですよ。

──最初に読んだ花沢さんの作品は?

 デビュー作「ルサンチマン」ですね。「週刊スピリッツ」で連載しているときに読んで、すごくいいなと思って。

花沢 ありがとうございます。「ルサンチマン」を読んでたってことは……病んでたんですか?(笑)

左から秦 基博、花沢健吾。

 ちょっと病んでましたね(笑)。バイトしながらミュージシャンを目指して活動していたんですけど、大学は卒業してるから、世間的にはニートに近い状態で。そういう時期に「ルサンチマン」を読んで、主人公の気持ちがイタいなって思ったり。人間の隠しておきたいところが描かれてるなって。

花沢 あーなるほど。

 SF的なところもあるのに、すごくリアリティを感じたというか。その後「ボーイズ・オン・ザ・ラン」が始まって「あ、『ルサンチマン』の人だ!」と思って、それもハマって。作品ごとに設定やテーマが全然違うのも驚かされるし、いつも感動してのめり込んでます。

花沢 「ルサンチマン」から読んでくれてるのは本当にありがたいですね。最初の作品は自分の気持ちが一番乗っていると思うし、そこから読んでもらえると「理解してもらえてる」という感じがして。でも、やっぱりちょっと心配ですね。アレに同調して読んでたっていうのは(笑)。

 ははは(笑)。表層的なことではなくて、花沢さんにはちゃんと人間の根っこの部分を描いてくれてるという信頼感があるんです。自分もそういう歌詞を書けたらいいなっていつも思っているんですけど。

曲の中にある余白

花沢 僕は、歌詞を書くときのほうが難しいだろうなって思いますね。内容が直接的すぎると聴く人を限定してしまうだろうし、広げ過ぎたらボンヤリしてしまう気がするし。そのさじ加減が難しいだろうな、と。うかつに“愛”なんて歌えないんじゃないですか?

秦 基博

 そうですね。そういう言葉は思い切って使わないといけないので。確かに“どこにピントを合わせるか?”というのは、いつも考えます。あまりにも説明的になってもしょうがないし、かと言って雰囲気だけになってしまうと肝心なことが伝わらないので。どこまで余白を残すかというのが、僕自身が直面している問題ですね、表現者として。

花沢 余白、ですか?

 はい。無意識に作っていた頃は、自ずと曲の中に余白ができていたと思うんですよ。それはある意味で表現として足りてないと言えるところでもあるんですけど、結果その部分はリスナーの想像力に委ねる領域になっていたというか。

──聴き手が想像を働かせる場所が、曲の中にあったと。

 はい。今はその頃よりも自分の作品を俯瞰できるようになって、足りないところもわかるし、自分が書こうとしている範囲も大きくなってきて。その多くを伝えようすると、逆に聴き手の解釈の範囲が狭まっていく気がするんです。だから意識的に余白を残そうと思うんですけど、それが難しくて。

秦 基博 ニューシングル「Q & A」2015年9月9日発売 / アリオラジャパン / オーガスタレコード
初回限定盤 [CD+ブックレット] 1700円 / AUCL-185 / Amazon.co.jp
通常盤 [CD] 1300円 / AUCL-186 / Amazon.co.jp
収録曲
  1. Q & A
  2. 恋はやさし野辺の花よ
  3. Dear Mr.Tomorrow (with String Quartet)
  4. Q & A(backing track)
秦 基博(ハタモトヒロ)

秦 基博オフィスオーガスタに所属する、1980年生まれ宮崎県出身のシンガーソングライター。横浜を中心に弾き語りでのライブ活動を開始し、2006年11月にシングル「シンクロ」でデビュー。強さを秘めた柔らかな声と抒情豊かな詞、耳に残るポップなメロディで大きな注目を浴びる。2007年9月に発表した1stフルアルバム「コントラスト」がヒットを記録し、2009年3月に初の東京・日本武道館公演を実施。2011年には自身3度目の武道館公演を全編弾き語りで成功させた。2013年10月に自身が選曲したセレクションアルバム「ひとみみぼれ」をリリース。そして2014年8月発表の3DCGアニメ映画「STAND BY ME ドラえもん」の主題歌「ひまわりの約束」は大ヒットを記録し、今もなおロングセールスを続けている。2015年6月には映画「あん」の主題歌「水彩の月」をリリースし、同年7月に青森県の縄文遺跡群の魅力を伝える「あおもり縄文大使」に任命され、三内丸山遺跡での野外公演は4000人の観客を動員し話題を集める。9月に自身にとって19枚目のシングルとなる「Q & A」をリリースした。

花沢健吾(ハナザワケンゴ)

1974年青森県生まれ。アシスタントを経て、2004年に「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて連載された「ルサンチマン」でデビュー。2005年から2008年にかけて同誌で連載していた、妄想ばかりのダメ男に訪れた恋を描いた「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は、素人童貞の男性を主人公としていることから、非モテ男性ファンからの熱い支持を獲得。2010年に映画化、2012年にテレビドラマ化された。現在は「ビッグコミックスピリッツ」で「アイアムアヒーロー」を連載中。同作品は2016年に映画としても公開予定。