ナタリー PowerPush - FPM
ニューアルバム「FPM」発売記念 田中知之に聞く空想リミックス計画
天才になるのは大変だけど、狂うのはすごく簡単
──それでは最後の曲です。
マイクアキラ「Never Change」
⇒Amazon.co.jp
メロウヒップホップだ。気持ちのいいトラックですね。
──このラップ、根底にはGReeeeN的に開けたメッセージがあると思うんですけど、それがあまり他者に向いていないというか、人になにかを伝えるための表現というよりも、保身のために声を張っているような切なさを感じるんです。メロウヒップホップはメロウヒップホップなんですけど、いざラップを聴くと、「メロウ」の意味が変容してゆくというか。
なるほどね。確かにちょっとドギツイというか、精神的に不安定な感じ……青くもあり、赤裸々であり、かなり特殊なラップですね。
──事実、精神のドン底を見た後の再デビュー的な作品だそうです。で、こういう丸裸の声に、真逆の表現、つまりは田中さんのファンタジーをぶつけたらどうなるのかな、というのがこのリミックスのテーマなんですが……
(しばらく聴いて)僕は彼のメッセージに、別のニュアンスを与えることを心がけようかな。音楽の歌詞やライムというのは、バックトラックが変わることでまったく違う意味に聴こえることがあるじゃないですか。シリアスな歌詞がコミカルなトラックに混ざることで、よりシリアスに響くというマジックは頻繁に起きるので、そこを狙っていきたいですね。この直球さに、さりげないツイットのようなトラックをぶつけることで、彼の伝えたいことがより伝わるようなリミックスになればいいかな。……ただ、この選曲が、そういう異化作用を狙っているものだというのはわかるんだけど、そこに関しては僕もひとことあるんですよ。僕がいつも思っているのは、この世の中って、天才になるのは大変なんだけど、狂うのはすごく簡単だということ。この現代社会において、イルなものというのは、すごくコンビニエントなものなんです。誰にだって狂うチャンスはあるし、少なくとも、今この部屋にいる人間全員に、その才能があると思う。自分の周りにも精神を壊してしまった人はたくさんいるし、自殺してしまった人もいる。自分自身も、高いビルの屋上に立つのが恐くて、「もしかしたらもうひとりの自分に背中を押されて飛び降りちゃうんじゃないか」という不安がある。そういう狂気というのは、都会に住む人たちみんなの心の中にあるものだと思うんですよ。
──すごくわかります。イルなものはSFではない、ということですよね。
まさに。でも、だからといってそういう人たちをナメてるわけではないんですよ。たとえば僕とマイクアキラさんの表現が対極のものに見えたとしても、それは本当に表裏一体のものだと思うし、このラップを聴いてると、意外と自分と近いところにいる人なんじゃないのかな、って思えるというか。……ただ、僕の場合は、狂気に陥らないために、道化になることを知っているんですね。狂気に片足を突っ込んでいるんだけど、あえてその足を見ないことで、そこから逃げられたり、白痴を演じることでストレスから開放されたりというテクニックを知っているんです。FPMが表現している絵空事というのもまさにそうで、道化的に聴こえる部分のすぐ裏には、結構イルな精神状態が潜んでいることが多いと思うんですよ。
──アウトプットの種類は違えど、決して共感できないものではないし、むしろ……
このぐらいの狂気はクリエイターなら誰もが持っていて当然のものだと思います。特に、ダンスミュージックのクリエイターはヤバいんです。
──というのは?
外のスタジオで作業している人ならまだしも、自分のスタジオで煮詰めるような人は、すぐにブライアン・ウィルソンになっちゃうから。執拗な作り込みの果てに、精神を病んで、ゼロに戻っちゃう。
──自宅スタジオという密閉空間だと、金銭的な制限もないぶん、すぐに昼も夜もなくなりますよね。
そうそう。今回のアルバムは、初めて自分のスタジオから出ることなく完結した作品なんです。そのぶんパラノイアに陥る危険性は高かったですね。「SMILE」のようなお蔵入りアルバムを作ってしまう危険というのが、すぐ側にある状態がずっと続いてました。
──その危険を回避するためのコツというのはありますか?
(即答で)諦める才能。あとは締め切りの厳守ですね。このふたつはもっとも重要です。“諦める”というとネガティブに聞こえるかもしれないけど、それこそが自分がおかしくならないための唯一の方法なんですよ。今回の「FPM」も、締め切りがなければ永遠に作業してしまったと思うし、その日程に関しては、かなり慎重に設定しました。「いつまでにリリースしたいですか?」「年内には出したいです」「じゃあ12月23日がギリギリの発売日です」「そこに間に合わせるためにはいつマスタリングしないといけませんか?」「11月30日です」「じゃあ29日の夜中までは作業しますので、その日にマスタリングスタジオとエンジニアさんを押さえてください」、みたいな。こういうやりとりを最初に済ませて、あとはそこまでのベストを尽くすというやり方です。だから、今日のリミックス企画を通して改めて感じたのは、やっぱり自分の曲よりもだいぶ楽に考えられるなぁ、ということで……
──それは締め切りまでのスパンが短いぶん……
楽だということです。クライアントやアーティストの喝采というゴールが、わりと近くに見えている状態ですからね。いっぽう自分の作品は、自分自身の喝采を引き出さなくちゃいけないし、それは本当にハードルが高い。100%以上のものじゃないと納得できないし、120%を出し切ったとしても、それがリスナーにまで届くという保証はないわけで。
──キャリアを重ねれば重ねるほど、その傾向は強くなりますよね。
なんとなくFPMを知っちゃってる人というのは、本当にたくさんいると思うんですよ。それはたとえば、僕らがベックに対して抱いている感情と似ているかもしれない。彼もどんどんいいアルバムを出しているんだけど、やっぱり初期のインパクトを超えるのは難しくて、僕らもきちんと1枚1枚を聴き込まないまま、聴いた気になっている。そういう感じ、ありますよね?
──ジャケットの記憶は確かにあるんだけど、1曲も歌えない、という状態。
しかも、新作にものすごくいい曲が入っていたとしても、「まぁ、ベックだから当然か」となってしまうしね。そういう意味では、ミュージシャンやクリエイターというのは、一発だけのインパクトで消えてしまったほうがよっぽど楽なんですよ。こうして自分自身の狂気と仲良くつきあいながら、くすぶり続けることが、どれだけしんどいか。
──しかもその狂気を、作品には出さずに。
すぐにでもサンプリングしてみせるんですけどね、もし狂気がSFであれば(笑)。
CD収録曲
- If You Do, I Do (威風堂々)
- Without You
- I Think
- Hey Ladies
- Can't You Feel It?
- Forever Mine
- Madness
- Sex
- Alphabet
- Telephone & Whiskey
- No Matter What Others Say
- Ai No Yume
FPM(えふぴーえむ)
DJ/リミキサー/音楽プロデューサー/アレンジャーとして活躍する田中知之のソロプロジェクト。1994年に田中と安田寿之による音楽ユニットとして結成され、本格的に活動を開始。1997年に小西康陽主催のレーベルよりアルバム「The Fantastic Plastic Machine」でCDデビューを果たす。このアルバム以降は、田中のソロプロジェクトとして現在まで活動。ハウスミュージックをベースに、ラテンやボサノヴァ、ジャズなどを取り入れたサウンドが人気で、日本だけでなくヨーロッパなどでも高い評価を得ている。