「将来この話をNHKの『プロフェッショナル』で話せ」と言われて
──映像についても伺いたいんですが、有馬監督はこの曲を聴いてどう感じ、どんなふうに映像化しようと考えましたか?
有馬 まずデモを聴いたときに思ったのは、「楽しくて元気なのにちょっとトゲもあって、インパクトの強いメッセージ性が込められた曲だな」ということ。めちゃめちゃいい曲だと思いましたし、「映像でなんでもできそうだな」という感じがしてうれしかったです。
──できあがった映像は、楽曲の尺が3分ちょうどという特性を生かして「カップスターにお湯を入れ、1曲演奏し終わったところで食べる」というワンカット映像を軸にした作品となっています。最初の「なんでもできそうだな」から、どうやってこの映像にたどり着いたんでしょう?
有馬 最初はドラマパート主軸で考えていたんですけど、ハシリコミーズのレコーディングにお邪魔したとき、たまたま僕がメイキング映像を撮ることになりまして。で、「待ち時間にみんなでカップスター食べよう」となったときにレーベルの社長が「お湯を入れて待っている間に1回演奏すればちょうどいいじゃん」みたいなことを言って、「じゃあ、その様子もついでに動画回しておこう」という感じでなんの気なしに撮り始めたんです。それをメイキング映像として箭内さんに送ったら、そこから「この感じでワンカット撮影したほうがいい」というふうに方針が変わっていって。
──ということは、このアイデアは偶然の産物なんですね。
箭内 だから、有馬は最初ずっと「あれは自分が考えたものじゃないんで」と抵抗してたんですよ。でも、そのワンカットで撮影したものがあまりにも面白かったんで、そこを説得するのが大変でしたね。「自分で考えたアイデアではないとしても、その場にお前がいたからあれが生まれたんだよ」「そこでちゃんとカメラを回していたからあれができたんだよ」というふうに、相当説明したよね。
有馬 最終的には「将来、大きくなったときにこの話をNHKの『プロフェッショナル』で話せ」と言われて(笑)。「じゃあ、まあ……」って。
──偶発的に起こった面白いことをちゃんと拾えるかどうかも大事な才能ですからね。
箭内 そうそうそう。
──今のお話を聞いて合点がいきました。「ワンカットで撮りたい」で始まっているわけじゃないから、アニメーションが入ってきたり映像の中でいろんなことをやっているんですね。
有馬 そうですね。めちゃくちゃいろいろやらせてもらいました。
──僕のような固定観念にまみれたおじさんからすると、「こんなに加工しちゃったらワンカットの旨味が消えちゃうじゃん」というふうにどうしても思っちゃうんですけど……。
箭内 普通はそう思いますよね。
──有馬監督からすると、そういうことではないんですよね?
有馬 そういうことじゃないですね(笑)。僕は本当にアニメを入れたくて、そこだけは譲れない気持ちでした。箭内さんからも「アニメはなしでいいよ」と言われたんですけど、僕はどうしても入れたかったので、折衷案としてワイプを使うことになって。それも最初は「ワイプかあ……」という気持ちだったんですが、やってみたら今までに観たことのない映像になったんで、これはこれでめちゃめちゃ面白いなと。結果的にはすごくよかったなと思っています。
箭内 サンヨー食品さんで試写したときは「アニメがすごくいいから、ワンカット映像を映しているワイプは要らないんじゃないか」という意見すら出てきて。そうなると有馬も逆に「いや、ワイプは残したいです!」って(笑)。
福井 あははは。
箭内 そういう、大人の価値観とは違う青臭い感性がそのまま世に出ることにこそ意味があるんですよ。セミプロみたいなものができあがるのが一番つまらないなと思っていたので、ワンカットの旨味を生かしていないところが本当に素晴らしいなと思いましたね(笑)。
──逆に言うと、めちゃくちゃぜいたくなワンカットの使い方とも言えますよね。
有馬 そうです。
箭内 ふふふ。
僕の曲でもあるかもしれない
──映像ができあがって、改めていかがですか?
箭内 プロジェクトの発足当初から掲げていた「大人みたいなことはやらないでほしい」「僕らが見たことのない、理解できないものを生み出してほしい」という理念が1つ理想的な形で結実したのが、この「本当の綺麗がわからない」のMVだと思うんですよね。
福井 まさにですね。これが果たしてどういう人に引っかかるのか、いい意味で想像がつかない。
箭内 アタルくんと有馬にとっても、お互いにいい刺激になったと思うんです。この2人は「さあ、みんな!」と広く呼びかけるんじゃなくて、自分を掘り下げていくタイプというか……僕の好きなマーティン・スコセッシ監督の言葉で「最も個人的なことが、最もクリエイティブである」というのがあるんですが、この2人も「たくさんの人にどう伝えるか」ではなく「自分は今こんなふうに思ってるんだ」「自分はこれがやりたいんだ」という念のようなものがほとばしっていて、僕は見ていてたまらない気持ちになるんですよ。なんか、似てますよね。この2人。
有馬 でも、僕は根っからの暗いタイプなので。アタルくんは根は明るい人だなと思います。
箭内 そうだね、暗くはないね。
有馬 本当にきれいな笑顔ができる人だから。僕にはできない。
──でも、アタルさんはただの“陽”ではなくて、ちゃんと人の痛みがわかる方ですよね。
有馬 そうですね。
箭内 なんでそういうふうになれたの? 痛みをわかって、そのうえでこんな笑顔ができて。
アタル いや、わかんないですけど(笑)。
──アタルさんは有馬監督にどんな印象を持ちました?
アタル いや、もう最初のZoomミーティングのときから最高だなと。なんか、すごい攻めた自己紹介をしてくれたんですよ。
──ちなみに、それはどんな?
有馬 あ、いいですか? (手振り付きで)心臓、肝臓、ぼく彩創。
──これでグッとつかまれた?
アタル ということではなくて……。
福井 違うんだ(笑)。
アタル 普段はわりと控えめな感じなのに、かと思えば今みたいなことをやれる一面もあって。その両方があるというのが信用できるというか、ちゃんとしてる人だなと。
箭内 有馬よかったなあ、わかってもらえて。
有馬 そうですね、はい。
箭内 人生が救われたね。
有馬 救われました。
──有馬監督も、“本当の綺麗”がわかる人にしか伝わらない魅力をたくさん持っていそうですもんね。
有馬 そういう意味では、「本当の綺麗がわからない」は僕の曲でもあるかもしれないです。
アタル・福井 あははは(笑)。
箭内 調子に乗るな(笑)。
プロフィール
箭内道彦(ヤナイミチヒコ)
福島県出身のクリエイティブディレクター。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後に博報堂を経て、風とロックを設立。主な仕事にタワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」キャンペーン、リクルートゼクシィ「Get Old with Me」「芸人30人、本気のプロポーズ」、サントリー「ほろよい」、グリコ「ビスコ」などがある。現在は東京藝術大学美術学部デザイン科第2研究室(Design Alternative)の教授も務めている。
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ハシリコミーズ
2019年結成、アタル(Vo, G)、あおい(B, Vo)、さわ(Dr, Vo)からなるスリーピースバンド。2020年8月に1stアルバム「無理しよう!」、2021年3月に2ndアルバム「チェ」をリリースした。2023年にはカップスターのプロジェクト「NEXT GENERATION NEXT CREATION」に参加。このプロジェクトに新曲「本当の綺麗がわからない」を書き下ろした。
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有馬彩創(アリマサイゾウ)
1998年生まれ、東京出身。箭内道彦率いる東京藝術大学 美術学部デザイン科 第2研究室(Design Alternative)に所属している。カップスターのプロジェクト「NEXT GENERATION NEXT CREATION」では、ハシリコミーズ「本当の綺麗がわからない」のミュージックビデオの監督を務めた。