brainchild's「coordinate SIX」菊地英昭、渡會将士インタビュー|“第7期。”の座標となるニューアルバム、多彩な楽曲を通じて提示したロックの可能性 (2/2)

「Set you a/n」の歌詞をあの時期に書けるのはすごい

──確かに、このアルバムにはクラシックロック的な香りがするものから最近のモダンなテイストのものまで、いろんな要素がギュッと凝縮されている印象があります。例えば、アルバムのオープニングを飾る「Brave new world」なんて80年代のクラシックロックが持つ壮大さを感じさせつつも、新鮮に聞こえるんです。

菊地 音楽をやるうえでの欲求やパワー、もちろんそこには怒りとか不安とかも含まれるんですけど、コロナ禍でいろんなものに疲弊したことで1回通り越しちゃって、初期衝動みたいなものがもう一度自分の中に芽生えて。それこそ「Brave new world」や「クチナシの花」は、自分がギターを始めた頃に好きだった手触りや耳触りを再現したくて作った楽曲ですしね。僕のイメージでは80年代や90年代の、イケイケですべてが毒だったあの時代の空気感を入れたいというのがあったので、そういうテイストをちりばめつつワッチにもそのイメージを伝えて、歌詞の中にも入れてもらいました。

──それがこの歌詞につながるんですね。

渡會 そういうことです。

菊地 例えば、さっきワッチが話した「Queenみたいに」っていうのも、同じQueenでも70年代じゃなくて80年代に入ってからの「あれ、変わっちゃったね?」って時代のQueenですし(笑)。そういうオマージュをしながら、敬意を込めて自分の好きだったものを再現したいなと考えました。ロックって今やクラシックのような存在で、いいところを抽出して残したりエッセンスとして新たに加えたりという作業もこの時代には必要だと思うんです。だから、昔から往年のロックを聴いてきた人たちがこのアルバムに触れたらニヤッとしてもらえるかもしれないし、逆に若い世代には「なんだろう、これ?」と新鮮に捉えてもらえたらうれしいですね。

──渡會さんは今作で作詞する際、この時代を反映させた点、あるいは時代関係なく変わらないものなど、表現でこだわったポイントはありますか?

渡會 先ほど「Set you a/n」の歌詞に対して元気が出ると言ってもらえてすごくうれしかったんですが、その歌詞を書き始めたのが、まさにコロナ禍でみんなが自粛に入った最初の時期だったんです。その頃はまだ「たぶん半年ぐらいで終わるから」とみんなが話していて、世の中的にも「今だけ我慢しよう」みたいなタイミングだったので、なるべく普遍的でありたいなと思っていました。あと、歌の中で不平不満を言うよりは前向きな気持ちになるものが自分は好きなので、そういう音楽にしたいなと。でも、世の中はすごいガチャガチャしていたので、黒なのか白なのかと揉めているのを逆手にとって面白おかしく歌にしようということを最初にやれて、リリースできたことは大きな自信につながりました。この曲があるから皮肉ってみたりとかめちゃくちゃ暗いことを歌ってみても大丈夫な気がすると思えたし、それこそ今は政治批判をするシンガーってあまりいなくなったので、そういうのもある意味リバイバルというか、諸先輩方を見習うみたいな気持ちで改めて問題提起する曲はやってもいいんじゃないかなという気がしていました。

渡會将士(Vo)

渡會将士(Vo)

菊地 ワッチはbrainchild'sに入ってくれてから大半の歌詞を書いてくれているんですけど、それまでのbrainchild'sの流れというよりはワッチの世界観で書いてくれるので、ネガティブな表現というのはそんなになかったんですよ。でも、ここにきてそういう歌詞を結構書いてきてくれて。今までは自分がそういうのばかり書いてきたので、ちょっと肩の荷が降りました(笑)。中でも「Set you a/n」は本当にすごい歌詞だと思っていて、これをあの時期に書けるのはすごいなと思います。

──本当にそう思います。政治批判を歌うことって80年代までは多かったですが、ロックが産業として成立した90年代以降はどんどん減っていますよね。

菊地 うん。特に日本ではそうですよね。

──だから、アルバムの流れでそういった楽曲を聴くとスカッとするんです。

渡會 自分も作っているときに「どうしよう、これ大丈夫かな?」って痺れていましたから(笑)。

菊地 でもね、表現できる人がどんどんしないと、誰が表現するんだって話ですから。やっぱり、そういう機会を与えられている人はどんどんしたほうがいいですよ。

レコードを聴いていた世代として考えた曲順

──そのほかにも「Black hole eyed lady」みたいにエロさが伝わる曲もあれば、「クチナシの花」や「Kite & Swallow」のように胸に沁みる楽曲もある。すごく起伏に富んだ構成になりましたね。

菊地 コロナでアルバムをすぐに作れなくて、配信で何曲か続けてリリースしたことでカラフルさが増殖したんでしょうね。それに、世の中でこれだけいろんなことがあると無色とかモノトーンだと物足りないですし、逆にいろんなものを求めたくなりますし。

──その中で、エマさんは「WASTED」と「FIX ALL」で作詞とボーカルを担当しています。

菊地 この2曲は、ワッチが攻めたことを歌ってくれたので、自分はそういう世界が過ぎ去った未来を予測しながら、求めながら書きました。ちょっと俯瞰して見ている人間の言葉みたいな、そういうのがあってもいいのかなと、「Set you a/n」の自分バージョンみたいな感じで作りましたね。

──今という時代にリンクしていると同時に、数年後に聴いたらまた違った響き方をしそうな、そんな普遍性も伝わります。

菊地 うん、そうですね。

渡會 今回は社会批判とか「世の中が暗いぜ」みたいなことをいっぱい歌ったけど、いろいろなことがクリアされた5年後くらいに「あのときはしんどかったね」とか言いながらこのアルバムを聴けたらなっていう。そう言えるようになったらいいなと心から思いますし、こういう曲を作ってみることも大事なんだなと思いましたね。

──あと、個人的には「クチナシの花」から「Big statue」「FIX ALL」と流れる後半の攻め具合がツボでした。

菊地 これはアナログ盤を作るという話が制作途中で出てきて、曲順をアナログ盤として考えたいということが大前提としてありまして。B面の1曲目って特に大事ですからね。

菊地英昭(G)

菊地英昭(G)

──興味深いことに、前作でお話を伺ったときもアナログ盤を意識した曲順の話をしていて、エマさんは「A面からB面にひっくり返すときの大切さ」について語っているんです。

菊地 あれ、話しましたっけ?(笑)

──はい(笑)。前半5曲が終わったところで空気をどう変えるかという話になりまして。

菊地 確かに曲を並べていく過程で、「ここからB面かな」みたいな意識は常にありますね。A面が終わってレコード針を上げてから、B面にひっくり返してアルバム後半が始まるわけじゃないですか。そこの瞬間、B面の1曲目ってめちゃくちゃ重要なんです。

──攻めるのか、それともしっとり聴かせるのか。どのパターンを選ぶかで流れが大きく変わりますし。

菊地 そうそう。「激しく始まるのもアリだけど、『クチナシの花』のピアノから始まったらグッとくるんじゃないの?」とか、自分の中でシミュレーションして。で、「クチナシの花」の次は逆に「Big statue」でガッと攻めて、2曲で結構お腹いっぱいになったところで「FIX ALL」で砕けさせるという流れを、レコードを聴いていた世代として考えてみました。自分でもこの曲順はなかなかいいなと思っています。

──完璧な流れだと思います。あと、10曲で40分程度という尺もアナログ盤サイズで、非常に聴きやすいですよね。

菊地 もっと増やしたいなと思うこともあるんですけど、スタッフから「長い」と言われてしまうので(笑)。

渡會 ふふふふ(笑)。

菊地 レコードからCDに移り変わってからは、曲が多いとちょっと得した気分だったんですけど、今となってみるとレコードで聴いていた尺ってちょうどよかったんだなと思いますし。そのぐらいが人間の集中力にも合っているんでしょうね。

左から菊地英昭(G)、渡會将士(Vo)。

左から菊地英昭(G)、渡會将士(Vo)。

ツアーアレンジの情報は早めにください

──曲順の話に戻りますが、「Brave new world」から始まり「Kite & Swallow」で終わるという構成は、どの段階で決まったんですか?

菊地 「Brave new world」でアルバムが始まることだけは最初から決めていたかな。「Kite & Swallow」ができたときも「これでさよならしたいな」という気持ちはずっとありましたし、「Kite & Swallow」をリリースしたときにやったライブもこの曲で終わったらめちゃくちゃしっくりきたので、そこはわりと早い段階から決まっていたと思います。

──どちらも「これぞアルバムのオープニング」「これぞエンディング」という説得力が強いですし、もはやこれ以外の構成は考えられないですよね。

菊地 そうですよね。しかもこのアルバムってA面、B面ともに20分程度で、あまり時間差がないんですよ。偶然もありますが、そのへんのバランスを考えての曲順でもあるんです。

渡會 これはマニアックなポイントですね(笑)。

──確かに(笑)。10月4日からはこのアルバムを携えた全国ツアーも始まります。

菊地 MALが入ってからちゃんとしたツアーを1回もできていないし、そもそも普通のワンマンライブもまだ一度もやれていないんですよ。

渡會 確かにそうですね。

菊地 今回MALが入ったことで、ツアーに向けていろいろアレンジをしまくる予定です。

渡會 その情報を早めにください……(笑)。

菊地 大丈夫、ワッチには負担がないから(笑)。

渡會 ああ、MALくんの業務が増えると。これまでも直前にエマさんから「MALちゃん、あそこをこういうふうにアレンジしてくれない?」みたいに、1人だけ違うタスクがあったので、大変そうですね。

菊地 MALが参加していない時代の曲もやる予定なので、そのアレンジも考えますし、もっと言えば新曲でも曲と曲の間に何か入れたりするかもしれないし。特に今回はすべてホール会場なので、ライブハウスとは見え方も変わってきますからね。ライブハウスにはライブハウスのよさがあるけど、言ってしまえばノリ一発で行けちゃうこともあるじゃないですか。でも、ホールではそれが通用しないんだけど、世界観をじっくり見せやすい環境でもあるので、そこをしっかり考えたいと思います。

──実際、今回のアルバム収録曲はホールや大きな会場が似合う曲が多い気がします。

菊地 そこは結構意識していました。「Brave new world」なんてホールより大きい会場が似合いそうですし。

──きっとこのアルバムをライブでどんどん成長させていくことで、バンドとしての次が見えてくるのかなと。そういう意味でも重要なツアーになりそうですね。

菊地 そうですね。スタートでもあり集大成でもあるのかもしれないし、いろんな意味合いが付きそうですね。

渡會 なので、今は無事に開催できることを祈っています。

左から菊地英昭(G)、渡會将士(Vo)。

左から菊地英昭(G)、渡會将士(Vo)。

ツアー情報

brainchild's tour 2022 "sail to the coordinate SIX"

  • 2022年10月4日(火)愛知県 名古屋市公会堂
  • 2022年10月7日(金)宮城県 日立システムズホール仙台シアターホール
  • 2022年10月14日(金)大阪府 NHK 大阪ホール
  • 2022年10月21日(金)福岡県 ももちパレス
  • 2022年10月29日(土)北海道 札幌共済ホール
  • 2022年11月2日(水)東京都 中野サンプラザホール
  • 2022年11月13日(日)新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場

プロフィール

brainchild's(ブレインチャイルズ)

2008年10月にTHE YELLOW MONKEYのギタリスト・菊地英昭のソロプロジェクトとして始動。同年12月に初のシングル「BUSTER feat. 奥田みわ」をリリースする。以降、「第1期」から「第6期」までパーマネントにさまざまなボーカリストやサポートメンバーを迎えながら精力的な活動を展開。2015年12月からは渡會将士(Vo / FoZZtone)、神田雄一朗(B / 鶴)、岩中英明(Dr / Uniolla、MARSBERG SUBWAY SYSTEM)を迎え、バンド形式での「第7期」が始動した。2016年2月には第7期初の作品となるミニアルバム「HUSTLER」をリリース。2019年からは第6期にも参加していたMAL(Key)が加入し、「第7期。」としての活動を展開している。2022年8月に4年4カ月ぶりのオリジナルアルバム「coordinate SIX」をリリースした。