アニメ「魔道祖師 完結編」小説家・綿矢りさに「限界までつらい、でもまだ観たい」と思わせた、物語が持つ力とは (2/2)

薛洋は闇落ちした“闇魏無羨”だなって

──「魔道祖師 完結編」は、魏無羨の母の弟弟子で清廉潔白な曉星塵(シャオ・シンチェン)、彼に懐く少女・阿箐(アージン)、曉星塵に恨みを持つ非道な青年・薛洋(シュエ・ヤン)、そして曉星塵の親友・宋嵐(ソン・ラン)を軸に描く「義城編」からスタートします。「義城編」で印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

義城に現れる屍たちが思ったよりグロくておどろおどろしくて。私はそういうのも好きなので、見応えがありましたね。あと薛洋の幼少期のエピソードは、アニメで観てもキツかったです(笑)。

──薛洋は「手紙を届けたら飴をやる」とある男から頼まれて、素直に渡しにいくんですよね。でも相手は男の敵で、ひどい目にあって。それでも飴をもらおうと男を追いかけたら、鞭で打たれた挙げ句、男が乗る馬車の車輪に小指が轢き潰されてしまうという……。それがトラウマとなり、飴を持ち歩くようになります。

中国の映画で飴や、糖葫芦(タンフールー)というサンザシのお菓子など、子供の頃に食べた甘いものを死ぬ前に口にするシーンを何回か見たことがあるんですけど、それを思い出しました。あと解毒のために、もち米を使うじゃないですか。私が子供のときに観た「キョンシー」でもそんな描写があったような気がします。あと阿箐は生まれつき目が白い女の子、曉星塵は盲目の仙師という設定であったりとか、話が一番血生臭いからかもしれないんですけど、「義城編」ではそういう中国の伝統的な部分をすごく感じました。

アニメ「魔道祖師 完結編」より、阿箐。

アニメ「魔道祖師 完結編」より、阿箐。

──阿箐は盲目ではないんですけど、曉星塵に悪さをするんじゃないかと薛洋を疑って、薛洋の前では目が見えないふりをする。薛洋も「こいつは本当に目が見えないのか?」と疑って、わざと剣を構えて彼女を試しますよね。そのあたりのシーンもハラハラしました。

いやもう薛洋が怖すぎて。小指を轢いた男の一族を皆殺しにしたじゃないですか。やりすぎちゃうから、あの人。阿箐もドラマだと目が黒かったけど、アニメだと目がしっかり白かったので、盲目を装う描写がリアルでしたね。

──私の心に残ったのが、薛洋が曉星塵に「自分のことすら救えないのに、善行を行えば世が変わるなんて笑わせる、周りはお前のせいで犠牲になった、お前はなにひとつ成し得ちゃいない」とキツイ言葉を投げかけるシーン。そのときの自虐的な薛洋の表情も印象的でしたが、魏無羨が薛洋の言葉を自分の過去に置き換えて、回想している場面がしんどすぎました。

本当、オーバーラップするのつらいの極みですよね。薛洋と魏無羨って、似てるっていうか。お互い孤児で苦労しているのもそうですし、薛洋は闇落ちした魏無羨=“闇魏無羨”だなって。魏無羨は人に恵まれたから、闇魏無羨にならないで済んだけど、一歩間違えていたら薛洋のようになっていたかもしれない。

アニメ「魔道祖師 完結編」より、薛洋。

アニメ「魔道祖師 完結編」より、薛洋。

──確かに……! 薛洋はいろいろあって深手を負ったところを、曉星塵に助けられるわけですけど、自分の素性を隠して、2年ほど一緒に曉星塵、阿箐と義城で暮らします。今のお話を聞いて、魏無羨が乱葬崗でコミューンを作ったように、薛洋も家族が欲しかったのかなって思いました。

実際薛洋は、曉星塵のことをすごく慕ってますよね。彼の悪の部分がすごく描かれていましたけど、曉星塵と阿箐と3人で家族みたいに過ごしていたときは、たぶん幸せだったはずで。さっさと殺してしまえばよかったのに、正体がバレるまでずっと隠し続けていたわけですから、そうじゃないと辻褄が合わない。でも人との共存の仕方を知らないから、自分で壊してしまう。やられたら倍にしてやり返すのが身に付きすぎてしまって、好きな人すらそんなふうに攻撃することしかできない。見ているほうもなんかこう、単なる嫌なやつで切り捨てられないというか。不器用さみたいなのが伝わってくるんですよね。そういう描き方も、うまいなあ、すごいなあって思います。

アニメ「魔道祖師 完結編」より、曉星塵。

アニメ「魔道祖師 完結編」より、曉星塵。

──最終的に曉星塵は、探しに来た親友の宋嵐を殺めてしまうなど、そうとは知らずに行ってきた所業を薛洋から聞いて自害してしまいます。薛洋はそんな彼を復活させようとする。薛洋の歪んだ愛情を感じて、なんとも言えない気持ちにさせられました。

もうどこを掘り起こしても、悲しいシーンばかりですよね「義城編」。でも限界まで苦しいからこそ、もうちょっとよくなるまで読みたい、観たいっていう気持ちになるのが「魔道祖師」の魅力だと思うので、そういう意味でも作中で一番人の心を掴む濃いエピソードなのではないでしょうか。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

2人が仲よくしているシーンのほうが、つらいシーンより印象に残る

──ほかに小説家の目線から見て、「魔道祖師」の描き方のここが特徴的だと感じたところはありますか?

つらいシーンの後にご褒美みたいな感じで、ブロマンス的な要素が挟まっているところ。そこで気持ちが開放されるんですよね。めちゃくちゃつらいんですけど、魏無羨と藍忘機の仲が進展したりして、甘く照れるような恋の雰囲気、2人の絆が育っているっていうのをみんなが実感できるから、まだいけるみたいな(笑)。もちろん、世界観も重厚で墨香銅臭さんの頭の中はどうなっているんだろうってなるんですけど、そういう飴と鞭を与える感覚もうまいなって思います。

──アニメでも「義城編」の展開が終わったのち、藍忘機が酔っ払うシーンが登場していましたね。

時間を置いて思い返してみると、そういう2人が仲よくしているシーンのほうがつらいシーンより印象に残っているんですよね。それもいいなって思いますね。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

──2人のことでいうと、アニメでも13年後に魏無羨と再会してからは、心なしか藍忘機の魏無羨を見る眼差しが温かさを増している気がしました。

再会するまでの間、藍忘機は「自分、素直にならんとあかんな」って、いろいろ反芻したんでしょうね。もう絶対に魏無羨を死なせないようにしようってものすごく見守りますし、彼のために禁じられているお酒も用意する。しかも魏無羨が乱葬崗で育てていた子供も引き取って、教育してあげるじゃないですか。あんなの心温まりますよね。でも魏無羨には言わないっていう。魏無羨は莫玄羽(モー・シュエンユー)となって蘇るわけですけど、なんで莫玄羽=魏無羨だと気付いたのかと、魏無羨から理由を聞かれても言わないじゃないですか。言わないところに秘めた思いを抱えているのが、藍忘機のにくいところですよね。

表現媒体がどんな形になっても、変わらない魅力がある作品

──綿矢さん自身のことについても聞かせてください。高校生で小説家デビューし、芥川賞を史上最年少で受賞。以降20年以上作家生活を続けているわけですが、そのアイデアはどのように生み出されているのでしょうか。

最初の頃はそうではなかったんですけど、作家としての創作活動が長くなるにつれて、勝手に小説のキャラクターが頭の中でしゃべるようになって。それを代弁するような形で書き留めて、話を作ることがだんだんと増えていきました。つなぎ合わせていって初めて、こういう話なんやなって、後から気付いたりとか。ぜんぶ頭の中の話なんですけど、話1本持たせるぐらいのキャラクターっていうのは、アクが強かったりとか言いたいことがはっきりしていて、すごく声が大きいんですよ。創作年月が長くなると、人の脳みそってこんなふうになってしまうんだなって(笑)。

──面白いですね。もしかして、今も突然頭の中でしゃべりだしたり……。

今みたいに集中しているときはないんですけど、お風呂に入ったり、お皿を洗ったり、そういう日常生活を送っている中でしゃべりだしてくるから、うるさいなあって思うときもあります。でもそのパーツを忘れたりとか、自分で無理やり作ったりすると話が不自然になってしまうので、自然な形で復元するために、その場でスマホのメモ帳に書き留めたりする作業が割と重要になっていますね。

──「魔道祖師」は歴史ものということもあって、作りが全く違うと思うんですけど、例えば中国を舞台にした物語を作ってみたいだとか、何か影響を受けた部分はありますか?

私の場合は一人称で固定する場合が多いんですけど、「魔道祖師」はそのときどきに合わせて視点を変えていて。魏無羨にあまり固定せずにちょっと広めの視野で全体を見渡している。自分ができるかできないかは別として、そういう視点を持つことによって、書ける話もだいぶ変わってくるんだろうなと興味が湧きました。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

アニメ「魔道祖師 完結編」より。

──最後に改めて感じた、「魔道祖師」の魅力を伺えますでしょうか。

仙師と呼ばれる人物がいて仙術を使えたり、戦国時代のような状況だったりと、実際にはない架空のものなのに、登場人物の人生や気持ちをすごく細かく描くことによって、実在しているような気持ちにさせられる。日本の時代劇ともだいぶ違うし、人の名前も覚えにくいし、日本人にとってはあまりなじみのない世界だったんじゃないかなと思うんです。でもそういうのを越えさせるくらいの力が物語にあって、まだまだその先の展開を見たいって思わせてくれる。ドラマとアニメはブロマンス風だったり、小説はBL展開もあったり、ちょっとずつ設定が異なるので、「ラジオドラマはこういう表現にしているのね」とか、「アニメだとこうなったのね」とか、そういう複雑な楽しみ方もできますし。小説、ドラマ、ラジオドラマ、アニメと、表現媒体がどんな形になっても、変わらない魅力がある作品だなと思います。

プロフィール

綿矢りさ(ワタヤリサ)

1984年、京都生まれ。2001年にデビュー作「インストール」で文藝賞、2004年に「蹴りたい背中」で第130回芥川賞を最年少で受賞。また2012年に「かわいそうだね?」で大江健三郎賞および京都市芸術新人賞、2020年には「生のみ生のままで」で島清恋愛文学賞を授与される。「勝手にふるえてろ」「ひらいて」「私をくいとめて」など映像化作品も多数。そのほかの著書に「憤死」「ウォーク・イン・クローゼット」「手のひらの京」「オーラの発表会」「あのころなにしてた?」「嫌いなら呼ぶなよ」などがある。

木村良平&立花慎之介が、綿矢りさからの質問に回答!メッセージも

木村良平(魏無羨役)

木村良平

綿矢りさからの質問

魏無羨はすごく複雑な性格の持ち主だと思うのですが、どう捉えて演じていましたか。また木村さんの演技から、魏無羨の二面性がすごく出ているなと感じました。そういう部分は意識して演じられていたのでしょうか。

魏無羨はいついかなるときも“自信”が見え隠れする男だなと思っているので、彼の二面性というのはもしかしたらそういう部分で感じられているのかなと思います。大変な状況でもとりあえず「やれる」と見せている、そういう少年らしさであり男くさい部分が自分はすごく好きで、こういう人間だから逆境もはねのけられるし、人もついてくる。この物語は彼のそういった性格、人となりによって動いていっているような気がします。どの登場人物も基本的には魏無羨とやりとりするので、魏無羨の視点で物語が語られる、彼は視聴者のような立場でもあって、だからより複雑なキャラクターにも感じられると思います。演じていてめちゃくちゃしんどくもありますが(笑)、とても面白いです。

木村良平から「魔道祖師 完結編」を心待ちにしていたファンに一言

「魔道祖師」が誇るしんどいポイント・義城編を皆さん乗り越えましたね。メインストーリーはこれから完結に向けていくということで、まだまだしんどいところもありますが、その分彼らの物語がちゃんと前進していくワクワク感もあります。何より、魏無羨と藍忘機が一緒に旅をする喜びがこれからも続いていきますので、引き続きよろしくお願いします。

プロフィール

木村良平(キムラリョウヘイ)

1984年7月30日生まれ、東京都出身。幼少期から子役として舞台・アニメなどに出演し、2009年「東のエデン」の滝沢朗役でTVアニメ初主演を務める。代表作に「黒子のバスケ」黄瀬涼太役、「ハイキュー!!」木兎光太郎役、「銀の匙 Silver Spoon」八軒勇吾役、「Free!」シリーズの遠野日和役、「ULTRAMAN」シリーズの早田進次郎役、「魔道祖師」魏無羨役などがある。

立花慎之介(藍忘機役)

立花慎之介

綿矢りさからの質問

藍忘機は口数が少ないキャラクターですが、どうやって感情を表現してましたか?

通常は絵の表情にお芝居を合わせるのですが、藍忘機に関しては、顔は穏やかに笑っているようなシーンでも声のトーンは変わらないほうがいいという考えに至りました。感情表現は絵がやってくれるので、僕は言葉を言葉として伝える。そのギャップが藍忘機らしさなんだろうなと思っています。役者としては物足りないというか、魏無羨のように感情を表に出すことがないので、自分の「もっとやりたい」という欲を抑えて、引き算で演じる難しさがあります。

ただずっとそういうスタンスでやってきたことによって、もし物語の最後のほうのシーンで彼の言葉に感情がのったら、そこはとても特別なシーンになるだろうなと。どういうエンディングになるのかまだ収録前なのでわからないですが、それを最後にやれるのかなと楽しみにしています。

立花慎之介から「魔道祖師 完結編」を心待ちにしていたファンに一言

完結編になってさらに演出や絵のクオリティが美しくなったと感じています。キャラクターもすごく繊細に丁寧に描かれていますので、「魔道祖師」の美しさを楽しんでいただきつつ、物語は佳境に入っていきます。さらにしんどいポイントも出てくると思うのですが、一緒に乗り越えていきましょう。よろしくお願いします。

プロフィール

立花慎之介(タチバナシンノスケ)

4月26日生まれ、岐阜県出身。声優としての代表作に「神様はじめました」の巴衛役、「イナズマイレブン」の立向居勇気役、「アイドリッシュセブン」千役、「ハイキュー!!」夜久衛輔、「魔道祖師」藍忘機役などがある。2018年4月に、福山潤とBLACK SHIP株式会社を設立。マンガ原作者として「箱庭の令嬢探偵」、小説家として「探偵執事・九条公士郎」も手がける。