コミックナタリー Power Push - 松本大洋 / Sunny

祝IKKI10周年、看板作家5年ぶりの帰還

今しか描けない、少年期の落とし前

──5年ぶりにIKKIで描く新連載「Sunny」は、親元で暮らせない子供を預ける施設「星の子学園」を舞台にした物語です。この作品の構想はいつごろから?

インタビュー写真

大洋 話の構想自体は、デビュー時から温めていて。実は、僕も同じような施設にいた経験があって、そのことをマンガにしてみたいとずっと思っていたんです。ただ、自分の中で当時の体験との折り合いが付いていなかったというか、大人の立場から見つめ直すことができなくて、子供の視点のみになってしまいそうで、描けなかった。

──それが、今なら描けそうと?

大洋 施設を出て30年ぐらい経つし、もういいだろって感じですかね。あと、いま43歳っていうのも結構重要で。自分の場合、50歳くらいになってから始めちゃうと、ノスタルジックな話を描いちゃう気がして。だから今なら描けるというより、今しか描けないかな、と。

──連載の話を持ちかけたのは、どちらからだったんですか?

大洋 僕からお願いしました。描く決心を決めたところで、さてどこで描こうかと。週刊連載はもうできないと宣言してる作家がずっとスピリッツにいるのも変だし、やっぱり江上さんがいるIKKIがいいなと。

江上 少年時代のことは聞いて知っていたので、これマンガにしていいの?という驚きはありましたね。大洋さんにとって、少年期の落とし前となるような大事な作品をうちでやってくれるというのは、非常に嬉しかったなあ。

──ご自身の体験が元になっているとのことですが、どの程度まで事実に忠実に描いているのでしょうか。

大洋 自分の実体験をマンガに起こすという作業自体が、今回初めてだったんです。最初のうちは、あったことをそのままダラッとネームにしてみてたんですけど、すんごいつまらないものが出来上がってしまって。自分でもびっくりして「これ、マンガにするのやめよっかな……」と思った。テレビでやってる「すべらない話」とか、やっぱりお笑い芸人さんが話すから面白いのであって。僕がしたら、どの話もみんな面白くない話になる自信ありますよ。

──お笑い芸人はそこで話術を駆使するわけですが、大洋さんはどのようなマンガ術を施したのでしょう。

「Sunny」主要キャラクター3名の集合カット。

大洋 実話は実話なんですけど、これはマンガだから!っていったん突き放してみたんです。こいつはタカヒロがモデルだから、と思い浮かべながら描いてると「タカヒロは本当はこう言ったのに」とか気を遣っちゃうんですね。俺こんなハンサムじゃねえし、とか。だからいったん現実にあったことは忘れて、登場人物も純粋なマンガの中のキャラクターとして1人1人作り直してみたら、こいつに何をさせるべきか、何を言わせるべきかがやっとわかるようになった。

──いわゆる実話をもとにしたフィクション、というやつですね。するとモデルにした人と描かれたキャラは、あまり似ていない?

大洋 現実に一緒に暮らしていた子たちを、そのまま描いてはいないので、そんなに似ていないですね。A君とB君の特徴を足して、1人のキャラクターにしたり、1つの特徴をかなり強調して新しいキャラクターを作ったりしたので。ただ、そうやっていろんな事を思い出していると、自分の子供の頃は喧嘩ぱやくて面倒な子供だったので、他の子や大人の人たちに悪かったなあ……と、かなり気まずくなってきてしまいました(笑)。

お涙頂戴は、よくないよ

──本編には、タイトルにもなっている自動車のサニーが登場するわけですが、想像の町をドライブするシーンの情景描写が素晴らしかったです。

大洋 あれはきちんと取材した町の風景を描いたんですよ。車に乗ってる男の子が横浜出身ということで、同じ横浜出身の江上さんの故郷を訪ねて。

──江上さんはご自身の故郷がマンガになって、感慨めいたものがありました?

江上 自分の故郷がどうっていうより、とにかくドライブのシーンの演出がよくて。物語の山場として、読みながらグッときましたね。

大洋 雨の中、少年が空想のドライブに出るんですが、当初の演出では、ある部分からパッと晴れる演出だったんですよ。「Sunny」と掛かってていいかな、とか変な気を回してたら、雨のままがいいって江上さんに指摘されて。年を取ったせいかなあ、盛り上がるシーンなど、あざといことやろうとする癖がついて。やると大体、一緒に描いている奥さん(冬野さほ)に突っ込まれるんですが(笑)。

──安易なお涙頂戴はよくないと?

大洋 そうですね。小説や映画など、自分が受け手の立場でも抑えた演出が好きなので。無理に泣かせようとするのでなく、結果的に泣けるというほうがいいと思うんです。

──舞台が舞台だけに今後の物語としては、そういった泣ける展開を想定されてるのでしょうか。

インタビュー写真

大洋 いや、悲劇にはならないと思います。施設で暮らした経験がない人だったらもしかして可哀想に描くかもしれないけど、子供ってのは意外としたたかにやってるもんですよ。描きたいエピソードはいっぱいあるんですが、でも具体的な方向性は考えていないというのが正直なところです。

──第1話だけで時間が半年ぐらい経過していますが、この後もこんなペースですか。

大洋 このままのペースで行くとあっという間にみんな大人になってしまうので、第1話以降はバキッと時間が止まると思います。僕は季節がめぐる描写がすごく好きなんですが、今回はあまりめぐらせられないのが悩みどころです。目指すところは、延々と子供時代を描ける「ちびまる子ちゃん」みたいな作品かな。

「月刊IKKI 2011年2月号」 / 2010年12月25日発売 / 特別定価550円(税込) / 小学館

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月刊IKKI 2011年2月号ラインナップ

松本大洋「Sunny」/スエカネクミコ「放課後のカリスマ」/柴本翔「ツノウサギ」/土屋雄民「ガギグゲキッコ」/とんだばやしロンゲ「ぼくはツアコン」/道満晴明「ニッケルオデオン」/きづきあきら&サトウナンキ「セックスなんか興味ない」/芳崎せいむ「金魚屋古書店」/パンチョ近藤「ボブとゆかいな仲間たち2010」/長橋貴弘「第47回イキマン受賞作『青と鳥』」/中央ヤンボル「くま夫婦」/中村珍「羣青」/岩岡ヒサエ「土星マンション」/中川いさみ「ストラト!」/林田球「ドロヘドロ」/いがらしみきお「I(アイ)」

「Sunny」作品紹介

「こうして目ぇつぶって行きたい所思うてみ。どこにかって好きな所行かれんで」星の子学園──ここで、親と離れて暮らす少年少女たち。昨日も明日もなく、今日だけが彼らの全部だった。そんな時代が奏でる陽光の物語。Sunnyはいつも其処に……。

松本大洋(まつもとたいよう)

松本大洋

1967年東京都出身。1988年に月刊アフタヌーンの四季賞にて「STRAIGHT」が入選し、同作がモーニング(ともに講談社)に掲載されデビュー。代表作に「鉄コン筋クリート」「ピンポン」「ナンバーファイブ」や、友人の永福一成に原作を依頼した「竹光侍」などを持つ。2010年12月から、月刊IKKI(小学館)にて自身の少年期を題材にした「Sunny」をスタート。

江上英樹(えがみひでき)

江上英樹

1958年神奈川県横浜市出身。週刊ビッグコミックスピリッツの編集者を経て、2000年に同誌増刊IKKIを立ち上げ。2003年にIKKIが月刊誌として独立創刊。松本大洋の担当編集者であり、月刊IKKI編集長。