初音ミク10周年特集|「初音ミクのこれまで」佐々木渉(クリプトン・フューチャー・メディア株式会社)

初音ミクの10年 ~彼女が見せた新しい景色~

ボカロ曲の傾向の変遷

ボカロ曲は、最初に“ミクで遊ぶ”という使われ方をされていた流れで、しばらく「人間には歌えないことを表現したほうが評価されるんじゃないか?」という空気があった気がします。極端な例を言えば、ジョン・ケージの「4分33秒」をミク絵の動画でやったり、Merzbowふうのパロディをやる“ミクツバウ”みたいなマニアックなネタをやってる人もいたり。「機械(ミク)が歌っている」というVocaloidの特性を最大に生かした、cosMo@暴走Pさんの「初音ミクの消失」はそれを高いクオリティで具現化して絶賛されましたよね。

その後、wowakaさんの高速ロックやMitchie Mさんの“人間のように歌わせてみた”が注目されて、ユーザーの目線が“ミクらしくどう使うか”ではなく“どう表現するか”に向かっていったのは、今のボカロシーンに至る1つの大きなポイントだったなと思います。

歌詞についても、DECO*27さんら一部作家さんの言葉の世界観は、類をみないほど先鋭化して「なぜこれが若い女の子の心に刺さるのか」という論文が書けそうなぐらい、言葉選びのニュアンスが研ぎ澄まされている。インターネットの流行はショートスパンでわーっと盛り上がるだけで定着しづらい風潮があるけど、飽きられずにロングスパンで支持される作品には、ネットで伝播しやすいキャッチーな言葉による深い共感や、ミクの“言葉が肉体に帰れない、どこか不憫な機械の声”だからこそ伝わりやすい表現があったんだと思います。

今の時代は、音楽について、過去の知識や文脈みたいなものが必要なくなっていて、先入観のない若い子がものすごくフラットにいろいろな表現にアプローチしているんですよね。ボカロシーンにはオルタナやエレクトロニカ、シューゲイザー、アンダーグラウンドなインディーロックが普通に存在しているんですけど、そういうものを作っているボカロPの中に、Radioheadも、My Bloody Valentineも、Daft Punkも聴いたことがない、なんて人がたくさんいたりする。いい意味で、過去の参照ではなくフィーリングで、音の世界が広がっている感覚があります。

一般層への認知が進んだきっかけ

ミクの人気が高まるにつれて、いろんな企業さんとお付き合いさせていただくようになりましたが、2009年ぐらいまではやっぱり、皆さん、ものすごく困惑されていました。5、6割の方は「なんでこれが流行っているのかわからないけれども、とりあえず一緒に何かやりましょう」みたいな温度感で。「実は俺これ苦手なんだけど、盛り上がっているから仲よくやりましょうよ」って、本心を言っちゃってるディレクターさんとかもいらっしゃいました(笑)。社内で決定権がある人は全然理解できないんだけど、若い社員からすごく説得されたとか、重役のお子さんやお孫さんが大好きで「ねんどろいど初音ミク」を大事そうに持ってたからとか、会社の社長さんがキャバクラに行ったらお姉ちゃんが「ワールド・イズ・マイン」を歌ってたからとか(笑)、そうやって社会認知が進んで企画を通してもらったという。そういう逸話はけっこうあります。

そこからミクの一般層への認知が進んだのは、3DCGのライブをするようになったのがきっかけ、という感覚があります。「透明な3DCG? ホログラム? がバーチャルアイドルとして歌って踊ってるらしい」というイメージは、Vocaloidやネット文化を知らない人にもわかりやすかったんだろうなと思いますね。でも一方で、初期からミクを楽しんでいた人の中には「なんで、俺たちがやってきたことを勝手に集約して、認知を進めるんだ!」みたいな感じで、残念な気持ちになった人もけっこういたようです。ライブで歌われるのは膨大な数ある曲のほんの一部だし、何よりミクには“誰もがみんなに歌を届けられるまっさらな伝書鳩”であり続けてほしいので、ステージで歌うミクが全部だと思われたらそれは間違ってる!みたいな感じ。尖ったファンは商業企画が進むに連れて減っていった印象がありますね。

最初の頃は初音ミクについてあーだこーだ考察するのがトレンドだったところがあるので、後押ししてくれる人がいれば当然アンチみたいな人もいたんです。でも何年も経って、みんながVocaloidや“歌ってみた”に慣れて、当たり前の存在になった結果、トピックスとなるような事件も減ったし、文句を言っても盛り上がらなくなったのでアンチの人は去って行ったし、商業企画が増えたので2ch由来の嫌儲の人は全員いなくなってしまいました。その下の世代の人は「新しいものに手を出す」という感覚ではなく、もっと当たり前のものとしてミクやボカロを認識して聴くようになったのではないかと思います。まさに一進一退ですね(苦笑)。

初音ミクは衰退したのか?

その後、人々のネットに対する接し方が変わったのは、ネット端末がパソコンからスマホに移ったことだと思っているんです。Vocaloidはパソコン向けのソフトウェアですし、ミクはパソコンで作られ、ニコニコ動画を観てコメントしながらみんなで楽しむというカルチャーの中で発展してきたので、そういう意味では、スマホが人々のライフラインになっている今の時代、ミクは正直ちょっとだけ存在感が古くなってしまったところはあると思います。今はみんな、スマホでSNSを見たり、ゲームをやったり、情報をシェアしたりしていますが、スマホだとボカロの動画は、字幕も見えにくいし、コメントもしづらい。あと文化に参入するにも、ボカロ曲や動画の制作にはPCが必要な部分も大きい。数年前から“ボカロ衰退論”みたいなことを言われるようになってきたけど、結局その部分が一番大きいんじゃないかな……と。でも、「じゃあ初音ミクやボカロのニーズがなくなったのか?」と言うとそうではなくて、ただ「何をやっても新しい状態から、当たり前の存在になった」っていう部分が大きいのではないかと思うんです。

「表現したい人が自分に合ったツールで好きなことをやって、ネットで発表して、よければ“いいね”を押される」というのがこの10年で当たり前のことになった。聴く人もそれに合わせて、プロもアマチュアも関係なく、フィーリングやクオリティでみんなよし悪しを判断するようになった。Vocaloidやミクが衰退したのではなく、リスナーの感覚が10年前では考えられないくらいボーダーレスになったということだと思うんです。ネットでなんでも聴けてなんでも調べられる。自分も情報発信できる。若い子はもうそれをパラダイムシフトだとすら感じていなくて、最初から当たり前のこととして受け止めていますよね。常識はネットで変わっていったし、ミクの存在感もその中で変わっていったんですよ、きっと。

我々の今後としては、そう遠くないうちに、一般の人が字幕なしでもはっきり聴き取れるための追加機能を入れたり、Vocaloidに連携する自社ソフトを開発して、抑揚が付くようにしたり……そのために毎週スタジオに入って、シンガーの歌のモーションデータを収録したりといったことを、コツコツ進めていくつもりです。

佐々木渉(ササキワタル)
1979年、北海道・札幌生まれ。2005年にクリプトン・フューチャー・メディアに入社し、2007年8月に発売されるDTM用ボーカル音源「初音ミク」の企画・開発に携わる。その後も2007年12月発売「鏡音リン・レン」、2009年1月発売「巡音ルカ」などの開発を担当した。

2017年8月23日更新