「セブンティウイザン」|タイム涼介×ひうらさとる 対談 “親の年齢以外は普通”な家族のカタチを語る

70歳って、まだまだ現役なんです

──2巻冒頭に登場する、「この歳になってわかったことは、誰でもすぐ65歳になるってこと」っていう朝一さんのセリフが印象的でした。

手前からひうらさとる、タイム涼介。

タイム それも「セブンティウイザン」で僕なりに描きたいテーマの1つで。自分の高校時代を思い返してみても、それほど昔のことじゃないような気がしません? だからあっという間に65歳とかになるんだろうなあって思うんです。知らず知らずのうち、緩やかに老いていく。ある日突然、「ワシ」って言い出すわけでもないだろうし。

ひうら 一人称が急に変わっちゃうことはないですよね(笑)。

タイム 自分がもともと体力があまりないもんで、老人との差をあまり感じてないのもあります。だって健康食品のテレビCMに出てる若々しいお年寄りを見ても、絶対に自分よりは動けると思いますもん(笑)。

手前からタイム涼介、ひうらさとる。

ひうら あはは(笑)。まさに私が今ハマってる昼ドラが老人ホームを舞台にした話で。そこでも愛憎劇が繰り広げられてるのを観ると、歳をとってもいろいろあるのは変わらないんだなあって思わされますね。

タイム 実際に、男性間で女性の奪い合いみたいなものがあるって聞いたこともあります。若い頃は中高年になると恋愛をしないと思いがちですけど、実際にいきなりやめることはないかなあと(笑)。70歳って言っても、まだまだ現役なイメージです。

初めて人に言えるものが描けた

ひうら タイムさんは、お子さんができて変化したことはありますか?

タイム とにかく下ネタが言えなくなった!(笑) もう子供ってなんでも真似しちゃうから。こっちが言い終わる前にもう真似してます!

ひうら 確かに子供って下品なことが好きですもんね。

タイム この作品を描いたのには、そういう理由もあるかもしれないなあ。子供が物心ついてきたときに「何描いてるの?」って聞かれて、マンガ家としてちゃんと見せられるものが1冊ぐらい必要だなって。実際に僕の両親も「初めて人に言えるものを描いてくれた!」って喜んでくれてるみたいです。

タイム涼介の過去作「アベックパンチ」。 ©タイム涼介/KADOKAWAタイム涼介の過去作「I.C.U.」。 ©タイム涼介/KADOKAWA

──これまでの作品というと、男女で手を握り合って戦う架空のスポーツを描いた「アベックパンチ」や、霊感のない主人公が除霊商売をする「I.C.U.」などがありますね。

タイム 今とは全然違いますよね(笑)。実はタイム涼介が「セブンティウイザン」を描いてるとわかったら読者からの印象が変わりそうだから、ペンネームも変えたかったぐらい。でも基本的に僕は、無茶な設定をするのが好きなんですよ。

ひうら そういう意味でつながってたんですね。

──そういえば過去作から画風もけっこう変わってますよね。

タイム ええ、以前はもうちょっと線の多い絵だったんですけど、線が多いと読むのに疲れちゃうかなって思って。おそらく妊婦さんとか子育てしてる人は普段からストレスに晒されてるだろうから、これを読んでるときだけは楽になってほしいなあって気持ちで描いてます。だからあんまりシビアな話もなし、っていう。

ひうら 癒しに徹してる。

出産当日、夕子のいる病院へ向かう朝一の様子。冒頭から5ページ目までセリフは書かれていない。

タイム はい。それと描き込みが多いほど想像の幅が狭まってしまいそうなので、誰もの頭の中にある風景と合う見せ方にしたいと思って変えたのもあります。僕が引き算して引き算して描いたものを、読んでいる方の頭の中で補完してもらったほうがずっとリアルになるのかなって。よく「泣けました」っていう声もいただくんですけど、それってたぶん僕が泣かせてるんじゃないんですよ。自分のことを思い出して泣いてるんじゃないかなって思います。

ひうら そういえばセリフもすごく少ないですよね。削ぎ落とされていて、行間で語りかけていくような……。

タイム そうですね。僕は詩的な言葉が好きなので今まではわりとポエジーだったんですけど、今回はすんなり理解できるほうがいいんじゃないかなあと。これもストレスを減らすためで。そういう優しい作品が1個ぐらいあってもいいんじゃないかなって思ってます。

年齢以外、ごく普通

──この作品を一番オススメしたいのは、やはり子育て世代なのでしょうか。

タイム 実は描き始めた当初、子育ての先輩である親御さんたちに読んでもらうのは少し恐縮してたんです。そんななか、何人も産んでいらっしゃる方から「子育てしていた当時を思い出せてよかった」っていう意見をいただきまして……。みらいちゃんに我が子を重ね合わせて、愛おしさを再確認するきっかけになれればうれしいです。

ひうら これを読んで「70歳でも産むことができるんだ!」と勇気付けられるわけではないんですけど、この2人の姿を見ると出産や子育てに対して前向きになれますよね。

タイム ありがとうございます。

「母乳が出なくてみらいに申し訳ない」という夕子を励ます朝一。

ひうら 高齢夫婦の子育てだとスムーズにいかないことも多々あると思うんです。でも作中にあった、「完璧じゃないから不幸せ、そんなことはなかった」っていう言葉は本当にその通りだなあって思って。

タイム 僕は不完全なせいで苦労があったとしても、苦労って必ずしも悪ではない気がするんですよね。

ひうら そうそう、すごくわかります……っていうか子供って、親が苦労して100%尽くしても絶対に不満を言ってくるんですよ!(笑)

タイム ははは(笑)。

左からタイム涼介、ひうらさとる。

ひうら 私も若いときは、「うちの親はアレもしてくれない、コレもしてくれない」って文句言ってましたしね。その完璧じゃないってことを、「セブンティウイザン」では70歳という年齢で表現されているんだなって思います。

タイム これって歳以外、ごく普通の家庭を描いているだけなんです。僕ら全員、お母さんに産んでもらって……産まれる側という意味では出産を経験してるんですよね。つまり、みんなが“出産経験者”なので、きっと誰にでも通じるところがあると思います。だから子育て世代はもちろん、老若男女問わずいろんな方に読んでいただきたいですね。

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登場するのは65歳の夫・江月朝一と、70歳の妻・夕子の老夫婦。定年退職を迎えたその日、家に帰った朝一は「私、妊娠しました」と妻から衝撃の事実を告げられる。終活に差し掛かっていた夫婦が、突如授かった大きすぎる未来。ここからまったく新しい、家族の愛の物語が始まる。

タイム涼介「セブンティウイザン①」
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会社ではソツのないOLだが家ではぐうたらに生活する、“干物女”こと雨宮蛍を描いた恋愛コメディ「ホタルノヒカリ」。その続編にあたる「ホタルノヒカリSP」では、蛍と部長の結婚後のエピソードが展開される。蛍は男性アイドルグループ・B-LEYに激ハマりしている模様!? アイドルオタならわかるあるあるネタ満載で、蛍の同僚でありオタク仲間・晴香光の恋愛模様が中心に描かれていく。

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生活の大半は仕事…という“ヒゲ度の高い”人生を歩んできたひうらさとるが43歳にして突然の妊娠発覚。“超”高齢出産を働きながらどう乗り越えてきたのかが、エッセイマンガとしてざっくばらんに描かれる。

タイム涼介(タイムリョウスケ)
タイム涼介
1976年神奈川県横浜市生まれ。1995年に投稿作「タオル」「前のそれは万引きとは言えない!!」がヤングマガジン(講談社)主催の月間新人漫画賞を受賞、同誌に掲載されデビューとなる。同年、「フランス」を短期連載。1997年からは「日直番長」を連載し読者の注目を浴びる。以降ナンセンスなショートギャグを中心に講談社以外でも活動を始め、2001年に月刊コミックビーム(エンターブレイン)にて「あしたの弱音」を連載開始。また同誌では2007年から2010年にかけて、架空の格闘技をテーマにした「アベックパンチ」を、2011年から2013年にかけて除霊商売をする3人組を描く「I.C.U」を発表。現在は新潮社のWebマンガサイト・くらげバンチにて「セブンティウイザン」を連載している。
ひうらさとる
ひうらさとる
1966年大阪府生まれ。1984年、なかよしデラックス(講談社)に掲載された「あなたと朝まで」でデビューする。代表作は会社ではソツのないOLだが家ではぐうたらに生活する、“干物女”こと雨宮蛍を描いた恋愛コメディ「ホタルノヒカリ」。2004年から2009年までにKiss(講談社)にて発表され、綾瀬はるか主演でドラマ化や映画化も果たした。2014年からは同誌にて、その続編にあたる「ホタルノヒカリSP」を連載中。