コミックナタリー Power Push - ジャンプスクエア

エンタメの基本は笑顔とハッピーエンド 和月伸宏とジャンプスクエアの9年

「明日郎」で初めてデジタル作画を実践投入

──「ハッピーエンドを選びたい」というのは、やはり先生が少年時代に読んできた作品から影響を受けた結果ですか。

うーん、基本はジャンプマンガで育ってきたのでそうだと思います。ただ小さい頃から「デビルマン」みたいな残酷描写の強い作品や、「地上最強の男 竜」みたいな、すごくマニアックな作品なんかも読んでいたので、そういうタイトルの影響も受けているとは思うんですよね。

──それは先生ご自身が書店で手に取って?

家の本棚にあったんですよ。多分歳の離れた親戚のお兄さんがくれたと思うんですけど、そういう出自不明のマンガがいくつか並んでいたんです。かと思えば、妹がなかよしやLaLaを買っていたので、少女マンガも読んだりしていて。

「武装錬金」に登場する、巨大ロボットさながらのデザインのバスターバロン。

──ロボットものはどういった経緯でお好きに?

ロボットは世代的に「機動戦士ガンダム」とか「ゲッターロボ」からですね。初期の投稿作もロボットもので、最初から時代劇を描いていたわけではないですから。もちろん時代劇もよく読んでいて、好きではあったんですけど。部活は剣道部でしたし(笑)。

──「エンバーミング」の連載初期には、デジタル作画も勉強中とおっしゃっていましたが、その後連載に取り入れていたのでしょうか。

取り掛かってはみたものの、毎月の連載をやりながらデジタルに移行するのは無理だってことで、実践には投入できずじまいで終わってしまいました。もともと機械が苦手な人間なので、「さっぱりわからん」っていう(笑)。結局「エンバーミング」の終盤あたりから、「連載が終わったら勉強しよう」と。

──「エンバーミング」の連載が終了したのが2015年4月ですので、この約1年半でいろいろと試行錯誤を?

「エンバーミング」最終10巻

去年の冬に妻(黒碕薫)がやっている同人サークルでいろいろと試してみて。まだ発表できないんですが、別のところでも描いてみて、今回の「明日郎」が商業での初めての実践投入という形になります。

──デジタル作画を試してみて、どのあたりにアナログとの違いや良さを感じましたか?

うーん……結局はツールなので使いこなせるかどうかが重要で、デジタルにもアナログにも良しも悪しもないっていう感じですね。ただ、デジタルを取り入れることで俺が今までやってきた画風が出せなくなるのであれば、導入する必要はないんですけど、意外と「アナログでやってきたことが、デジタルでもやれそうだな」と感じたんですよ。尊敬してる「血界戦線」の内藤泰弘先生も、「トライガン」の終盤でデジタル導入したって伺ったんですが、「えっ!? この回からデジタルなの?」って気が付かなかったんですよ。あの内藤先生のファジーな絵でもデジタルで作業できるし、できるもんはできるんだっていう。なら効率化できるところもあるし、デジタルにしたほうがいいのかなって。今は逆にデジタルデジタルさせすぎないようにってのは気をつけてます。

ジャンプは実はどんな作品もOK

──和月先生はSQ.創刊号から「エンバーミング」を連載なさっていて、まさに雑誌の歴史を知る1人だと思うのですが、9周年ということで、この9年の中で気になった作品はありますか?

ジャンプSQ.CROWNの最新号となる2016 AUTUMN。「血界戦線 Back 2 Back」が表紙と巻頭カラーを飾っている。

難しい質問だなあ(笑)。増刊の方ですけど、まず「血界戦線」は上がってきますね。いわゆる物語の縦軸を進めずに、横軸だけで話をここまで面白く広げられるのはすごいなと。後は……「青の祓魔師」はやっぱりSQ.初期の大きな力になって、雑誌のカラーを決定づけた作品ですよね。しっかりエンターテイメントしていて面白いし、絵もうまい。それと「To LOVEる-とらぶる-ダークネス」は月刊でハジけましたねという。

──確かにお色気描写はもはや発明といった感じですね(笑)。

ページを透かしてみたら……みたいなね(笑)。あと週刊のときの「To LOVEる」のラストはヒロインを選ばないで、「ハーレムの延長が続くよ」で終わったじゃないですか。それまでのラブコメってだいたい誰かを選んで終わるので、「あっ、こういう終わりもあるんだ」っていう新機軸だったと思うんです。選ばなかったっていうのは「To LOVEる」の面白さですよね。あとリトが読者に好かれる主人公っていうのもでかいなと。いくら女の子に魅力があっても、主人公が読者に嫌われるタイプだと「なんでこんな主人公にヒロインは惚れるんだ」ってなるので、絶対にうまくいかないかと。「ダークネス」だとエッチ描写が限界突破しているところがすごく評価されてますけど、リトはすごくいい主人公だと思います。もちろん一読者として、今後どこまで限界にチャレンジするのかっていうのも、すごく楽しみです(笑)。

──和月先生は「エンバーミング」連載当初、「雑誌のカラーや読者の求めるものがつかめず苦労した」とおっしゃっていましたが、SQ.という雑誌は現在の和月先生から見て、どういった雑誌なんでしょう。

ジャンプスクエア創刊号。表紙イラストは和月伸宏が執筆している。

最初持っていたイメージは、「週刊少年ジャンプを卒業したジャンプ読者が読む雑誌」だったんです。だけど実際連載を続けていく中で、週刊少年ジャンプや(前身の)月刊少年ジャンプの延長ではないんだなと思いはじめて。最近ではマニア受けするというか、オタク要素が強い雑誌になったかなという気がするんですけど、それだけではなく日常マンガやスポーツマンガもあって、独自の方向に進んできていると思います。今みたいに雑誌が厳しいと言われている中で9年間やってこれたというのは、やっぱりそういう独自のカラーがあったからでしょうし。

──確かにサブカルチックな作品もあれば、神尾葉子先生やアミュー先生など少女マンガ出身の方が描かれていたりと、バラエティに富んだ作品が載っている印象を受けます。

そうですね。週刊少年ジャンプの話になっちゃうんですが、以前マシリト……、鳥嶋(和彦)さんか(笑)、が「『ジャンプは友情・努力・勝利が必要』とか、バトルものが多いとか言われるけど実はなんでもやる雑誌なんだ。読者がたくさんいて、キャパシティが大きいわけだからどんなマンガでもOKだ」とおっしゃっていて、「ああ、なるほど」と思ったんですけど、SQ.もそういう方向に来ている気がしますね。

「明日郎 前科アリ」はバディもの

「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」前編のカラー扉ページ。

──では特集前半の最後に、「明日郎 前科アリ」についても少しお話を伺えればと思います。「―るろうに剣心・異聞―」というサブタイトルもついているので当然と言えば当然ですが、「るろうに剣心」「GUN BLAZE WEST」「エンバーミング」に続き、今回も19世紀が舞台です。

やっぱり激動の時代って描いていて面白いんですよね。まさに世界では第二次産業革命があって、アメリカでは西部開拓時代が終わって、日本は明治維新で変わっていく。そういう時代の変遷の中であがきながらも生きていく人間模様っていうのがやっぱり好きなんです。

──現代が舞台の「武装錬金」は先生の中ではイレギュラーですね。

俺はオタクですから、自分の素に近いのが「武装錬金」なんです。やっぱり変な武器を手に持って戦ったり、ボーイ・ミーツ・ガールだったりがあればワクワクしますし、空から女の子が落ちてきたらうれしいじゃないですか(笑)。でもマンガ家として「描きたい!」と思っちゃうのは、こういう激動の時代なんですよね。

──ネームを少し拝見させていただいたのですが、「明日郎 前科アリ」は悪太郎と阿爛のW主人公なんでしょうか。(取材は10月下旬に行われた)

「明日郎 前科アリ」より、主人公の長谷川悪太郎。悪太郎はとある罪に問われ5年の間、集治監に収容されていた。

主人公は悪太郎なんですが、バディものとして見ていただけるとうれしいです。以前、尊敬する藤田和日郎先生が「バディものはどちらも主人公になるぐらいの魅力がなきゃダメだ」とおっしゃっていたんです。まさに「うしおととら」はそういう作りになっていますし、「明日郎 前科アリ」もバディものとして見ていただけるよう描いています。

──志々雄一派の存在や赤べこ、無限刃など、「るろうに剣心」にまつわるキーワードも多数登場しますね。

まだ少し登場しただけという感じですが、後半ではもっとがっつり物語に絡んでくる形になるので楽しみにしていただければと思います。

和月伸宏 「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」
「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」
ジャンプスクエア12月号、2017年1月号に2カ月連続掲載!

時は明治、とある罪に問われ5年の間、集治監に収容されていた16歳の少年・長谷川悪太郎。彼は出所の当日、同い年の少年・井上阿爛と出会う。ひょんなことから行動をともにすることになった2人だったが、彼らの前に悪太郎の出所をずっと待っていたという謎の少女が現れ……。

和月伸宏(ワツキノブヒロ)
和月伸宏

1970年東京都生まれの新潟県長岡市(旧越路町)育ち。1987年に「ティーチャー・ポン」が、第33回手塚賞佳作を受賞。1994年に週刊少年ジャンプ(集英社)で「るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―」の連載を開始する。同作は1996年にテレビアニメ化され、連載終了後もOVA化、実写映画化、宝塚歌劇団によるミュージカルの制作など、さまざまなメディア展開が行われている。「るろうに剣心」の連載終了後は、週刊少年ジャンプで「GUN BLAZE WEST」「武装錬金」を、ジャンプスクエア(集英社)の創刊号より「エンバーミング -THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-」を発表。2016年、ジャンプスクエアの創刊9周年に合わせ、「るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―」と同時代を描く「―るろうに剣心・異聞―明日郎 前科アリ」を、前後編の読み切りとして発表した。


2016年12月2日更新