音楽ナタリー×WOWOW「矢沢主義」 PowerPush - 矢沢永吉

日本武道館中継直前、田家秀樹が語る“日本のロックの宝”

今年65歳を迎え、現在「VERY ROCKS ~ROAD TO THE LEGEND~」と題したツアーを敢行している矢沢永吉。このツアーのセミファイナルにあたる12月14日の日本武道館公演の模様は、WOWOWで生中継が実施される。

音楽ナタリーでは、12月6日にWOWOWにて放送された特別番組「矢沢主義」とコラボレーション。この番組の中で展開された音楽評論家・田家秀樹の“矢沢コメンタリー”を拡大版として公開する。1977年の初武道館ライブにも足を運ぶほど矢沢を長く愛してきた田家の解説から、ロックレジェンド“E.YAZAWA”の功績を改めて感じてほしい。

「ロックンロールが勝利した日」「武道館に日本のロックの旗が立った日」──。1977年、矢沢さんが初めてロックアーティストとして日本武道館でコンサートをしたときの印象です。興奮やワクワクという感情ももちろんありますが、「俺たちの音楽がここまで来たんだ」という喜びと勝利感。それが一番大きかった。

矢沢永吉

武道館とはどういう場所か? The Beatlesが初めて来たときに、政治評論家、テレビの時事放談の出演者、週刊誌の論説委員なんかが「ロックバンドに使わせるべきじゃない」「国辱ものだ」と言ったような場所です。それから10年以上経っても、武道館はなかなか音楽を鳴らす場所としてなじまなかった。使わせてもらえなかった上、そこをいっぱいにできる人がいなかったんです。それを矢沢さんがあんなふうに、ロックの衝動がそのままむき出しになったようなライブを見せてくれた。サスペンダーで、ポマードで髪を固めて、決して上品な格好じゃないですね。茶の間の人たちから見たら、明らかに「なんだこいつは」というような雰囲気の人ですよ。それがマイクをバッとつかんだとき、マイクスタンドを掲げたときに、僕らの何かが爆発した感じがあって「ああ、俺たちは勝ってるんだ」という感情が初めて生まれたのがあの日です。

キャロルのデビューは1972年。72年は音楽シーンの状況でいうと、吉田拓郎さんが「結婚しようよ」でメジャーになった年です。それまでアンダーグラウンドにあったフォークが拓郎さんの登場で世の中に認知されて、フォークが売れる音楽だっていうふうに業界が腰を上げ始めた頃でした。フォークは、ほとんどの人がジーパンかパンタロン、長髪に手染めのTシャツ……言ってみればヒッピー風、民族風のファッションですね。その中でキャロルの革ジャン、リーゼントというのは明らかにオールディーズな感じでした。だから最初に「リブ・ヤング!」(1972~5年にフジテレビで放送された伝説的テレビ番組)に出たのを観たときに、僕は“オールディーズロックバンド”という印象を持ったんです。「Sha Na Naみたいだな」という音楽の印象がありながら、「でもこいつら悪そうだな」。エネルギッシュだったんです、ともかく。矢沢さんの動きとかメンバー全員の発散してるものが。どこか挫折感を引きずっていて、湿っぽくマイナーなフォークソングじゃなくて、俺たちはこれで行くんだよ!と宣言してる感じがキャロルはしました。

キャロルは、あのままの音楽でずっとやるということはないのかもしれないなと思っていたんですよ。というのも、多くの人はオリジナルをたくさん作っていました。キャロルもオリジナルはありましたけど、バンドという制約もあったり、デビューしてしばらく経ってからメンバー同士の意見の食い違いみたいなものもなんとなく伝い漏れてはいたので、このバンドはどっかでなくなるのかもしれないなというふうには感じていました。

そして矢沢さんは「アイ・ラヴ・ユー、OK」でキャロルとはまったく違う音楽を打ち出し、ソロアーティストになりました。キャロルのファンで、キャロルを神格化してた人たちは当初半ば恨みがましげに思われたでしょう。革ジャン、リーゼントじゃなくなったわけですし、ロックンロールだけじゃなくなったわけですから。しかし音楽が好きな人たち、広い意味で「新しい音楽が時代を変えていくんだ」と実感したり願ったりしてる人たちにとっては、待望の1枚でしょうね。ロックのテイストもありながら、バラードも歌えるし、初期衝動も表現できる。僕は新しい音楽の中で矢沢さんが表現するロックっていうのを期待して待っていましたから、「ああ出てきた」という印象が強かったですね。

今60代くらいの人たちにとってエルヴィス・プレスリーはロックの夜明けを告げてくれた人なんですが、エルヴィス・プレスリーを初めて観たときに感じた興奮、血がザワザワするような感覚、自分の体の中の何かが騒いでるぞっていう感じが、矢沢さんにはあったんです。キャロルにもあった。でもそれが矢沢さん1人になったときに、より強くなった。エルヴィス・プレスリーはロックンロールでデビューして、のちにバラードを歌ったり賛美歌を歌ったりと本当に幅広いボーカリストになっていくわけですが、僕は矢沢さんがエルヴィス・プレスリーと重なりましたね。日本で最初に「エルヴィスみたい」と思わせてくれた人でした。

矢沢永吉(ヤザワエイキチ)

1949年生まれ、広島県出身。中学時代にThe Beatlesを聴いてロックに目覚め、高校卒業後に単身で上京。1972年に伝説のバンド、キャロルを結成する。1975年にソロに転向し日本人アーティストとして初の日本武道館公演を成功させるなど、ロックシンガーとして不動の地位を確立する。自伝「成りあがり」はバイブル的な人気を誇り、日本を代表するロックアーティストとして崇拝するファンは多数。近年はロックフェスティバルなどにも積極的に出演し、若い世代のファンからも熱い視線を集めている。2008年には初めて長期間にわたりライブ活動を休止し世間を驚かせたが、2009年8月に原点回帰とも言えるアルバム「ROCK'N'ROLL」をリリース。さらに同年9月に東京ドームライブを大成功に収め、健在ぶりを証明した。2012年8月にデビュー40周年記念アルバム「Last Song」を発表。2014年2月にはメンバーを一般公募しバンド「Z's」を結成するなど、精力的な活動を続けている。

田家秀樹(タケヒデキ)
田家秀樹

1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソナリティとして活躍中。著書に「夢の絆 / GLAY2001ー2002ドキュメント」「夢の地平 / GLAYノンフィクション・ツアー・ストーリー」「オン・ザ・ロード・アゲイン / 浜田省吾ツアーの241日」「陽のあたる場所 / 浜田省吾ストーリー」「ラブソングス / ユーミンとみゆきの愛のかたち」「読むJ-POP・1945~2004」「豊かなる日々~吉田拓郎2003年全軌跡」「ジャパニーズ・ポップスの巨人たち」ほか多数。