ナタリー PowerPush - salyu×salyu
SalyuとCorneliusの新プロジェクト テーマは「クロッシングハーモニー」
CorneliusがプロデュースしたSalyu。密かに水面下で進行していたこのプロジェクトの話を、ほかならぬ小山田圭吾本人から聞いたのは、昨年の夏ぐらいだったろうか。そのときから指折り数えて待っていたアルバムが、ついに完成した。Salyuの新プロジェクト「salyu×salyu」名義でリリースされるアルバム「s(o)un(d)beams」は、凄絶としか言いようがない大傑作である。これぞCorneliusという緻密にして奇想天外、凝りに凝った研ぎ澄まされたサウンドプロダクションと、Salyuの魔術的なボーカリゼイションが一歩も譲らず対峙する。全編にピンと張り詰めた緊張感が漂い、しかも豊穣にして情感あふれるポップスとして、見事に完成されているのだ。実験的な曲も、比較的オーソドックスな歌ものも、Salyuのボーカリストとしての恐るべきポテンシャルと、飽くなき探求心がいっぱい詰まっている。元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎、七尾旅人、国府達矢、いとうせいこうといった一癖も二癖もある詩人たちを作詞家に迎えた楽曲のクオリティもまた、とんでもない。
録音の素晴らしさも特筆もの。できるだけいいオーディオで、いい聴取環境で聴いてみてほしい。音楽の、歌の、そしてレコード(録音芸術)の底知れぬ可能性さえ感じることができるだろう。早くも今年度のベストアルバム有力候補の誕生である。
取材・文/小野島大 インタビュー撮影/平沼久奈
小山田さんの音楽の中で楽器として機能してみたいなって(Salyu)
──このプロジェクト自体はかなり前から秘密裏に進行してたんですよね。
小山田 2年ぐらい前にSalyuがうちの事務所に来て。一緒にやりませんかって話があって。でも彼女もアルバム出したりツアーやったりしてたし、僕もPLASTIC ONO BANDをやったり、ほかのプロジェクトもあったので、お互い空いてる時間にちょこちょこ進めていって、去年の年末ぐらいにできたんだよね。
──SalyuさんはそれまでCorneliusにはどういう印象を持たれてたんですか。
Salyu とにかくポップで、音楽の瞬間瞬間に対しての心意気がすごく丁寧な方だっていうのを感じていました。
──小林武史さんとずっとやられていて、新しいプロデューサーとして小山田さんを選んだのは、自分のボーカルの可能性を広げてみたい、ということでしょうか?
Salyu はい。その世界観の中で機能してみたいという野心をずっと抱いてたんですけど、ある時点で、小山田さんとぜひ取り組みたいというテーマが見つかったんです。それが「クロッシングハーモニー」という複雑なハーモニーの構築なんですけど。小山田さんと音楽をしたいな、その音楽の中で楽器として機能してみたいなという好奇心があって、「クロッシングハーモニー」という知識が、改めてそこに向かわせてくれたんです。
──彼の最近の音楽は「歌もの」とは言い難い部分もありますよね。実際に歌がないインストゥルメンタルも多い。その中でも自分のボーカルが機能すると考えたわけですか。
Salyu そうですね。私は「歌もの」として聞いてるんです。いわゆる一般的な「歌もの」ではないかもしれないけど(笑)、女性ボーカルがそれを補った場合に、メロディのアプローチも変わってくるだろうし、自分の音域や歌の表現にも自信があったので。トライしたいなあって。ウフフ(笑)。
──小山田さんの出してくる課題を自分がクリアしていくことで、新しい世界が切り開けるという思いが?
Salyu 自分の課題っていうのももちろんだけど、すごく意義あることだと思うんです。声っていうものを扱う立場として、この楽器の面白さ、本質を自分なりに見つめ直していきたいというのもあったし、そういうものをユニークな形のポップとして届けられる機会を求めていたと思います。
──実験性とポップ性のバランス感覚みたいなものが、小山田さんの強みのひとつだと思うんですが、そういうところも考えてらしたわけですね。
Salyu はい、そうですね。
最初はとにかく1曲やってみよう、ぐらいの感じだったんだけど(小山田)
──小山田さんはそれまで彼女のことはどう受け止めていたんですか。
小山田 うーん、うちのバンドのリズム隊がSalyuのバンドもやってるんで、もちろん存在は知ってたし、ライブにも何回か来てくれたし、食事してるとき偶然会ったり。作品はちゃんと聴いたことがなかったんですけど、普通に暮らしていて耳にする機会はあって、いい声だなとは思ってました。
──彼女から申し出があったとき、自分なりに何ができると思いましたか。
小山田 最初に会ったとき、具体的に「クロッシングハーモニー」とか「ボーカリーズ」っていうキーワードが出てきて。両方とも知らない言葉だったんですけど、すごい具体的にこういうことがやりたいって言ってくれて。あとはハーモニーだったり、そういうことに対してすごく意欲的だったんで。自分の作品では歌うことが不可能であきらめちゃったりとか、人に頼むにしても相当嫌がられそうな、自分ではあまり追求できなかった部分とか、そういうことを喜んで歌ってくれるような……。
Salyu ハーイ!(笑)
小山田 (笑)。そういう印象だったんで。最初に「クロッシングハーモニー」理論の、今までやったことのない、相当ややこしいボーカル曲を作って彼女に渡したんです。「奴隷」なんですけど。そうしたら自分の想像を超えるようなものが返ってきたんです。それで、いろんな可能性が見えてきた。
──小山田さんにとっても、自分の領域を広げてくれるようなチャレンジだった。
小山田 そうですね。そういう意味ではすごく触発されて、どんどん進んでいった。最初はとにかく1曲やってみよう、ぐらいの感じだったんだけど、気がついたらこうやって一緒に取材を受けてるという(笑)。
──小山田さんの作る、おそろしく複雑で込み入ったトラックを、Salyuさんがそのスキルを駆使して歌いこなしていく、その真剣勝負の緊張感がすごい。おふたりの関係って、鬼コーチと……。
Salyu アタック───(爆笑)。そういう風に見えるんですね!
──違いますか?
Salyu どっちかというと……私のほうからかなり複雑なものを最初にお願いしましたから。もちろん私が思ってるものよりもはるかに難しいものがきたんですけど……でも鬼じゃないですよ!(笑)
──「これは歌えねえよ無理だよ!」みたいな。
Salyu あははは!(笑) えーと、最初に「奴隷」が来たときはちょっとびっくりしました! 初めてでしたしね。どういうタイム感でシミュレーションしたらいいか慣れてないわけで。いろんな思いがあったけど……でも私なりにどうしていきたいか見つけることができたし、それを見つけるのがすごく楽しかったというのがあるんです。初めて制作させていただいて、作曲家から出てきた楽曲にどうアプローチしようかなって考えるのはすごく新鮮な気持ちですし、苦しんだというよりは結構楽しみながらやってたんですよ。
CD収録曲
- ただのともだち(作詞:坂本慎太郎 / 作曲:小山田圭吾)
- muse' ic(作詞:Salyu、国府達矢 / 作曲:小山田圭吾)
- Sailing Days(作詞:七尾旅人 / 作曲:小山田圭吾)
- 心(作詞:いとうせいこう / 作曲:小山田圭吾)
- 歌いましょう(作曲:小山田圭吾)
- 奴隷(作詞:坂本慎太郎 / 作曲:小山田圭吾)
- レインブーツで踊りましょう(作詞:七尾旅人 / 作曲:小山田圭吾)
- s(o)un(d)beams(作詞:Salyu、国府達矢 / 作曲:小山田圭吾)
- Mirror Neurotic(作詞:いとうせいこう / 作曲:小山田圭吾)
- Hostile To Me
- 続きを(作詞:坂本慎太郎 / 作曲:小山田圭吾)
Salyu(さりゅ)
2001年公開の映画「リリィ・シュシュのすべて」に、Lily Chou-Chou名義で楽曲を提供。2004年6月に小林武史プロデュースのシングル「VALON-1」で、Salyuとしてデビューを果たす。2006年にBank Band with Salyuとして「to U」、2008年にはWISEとのコラボによる「Mirror feat. Salyu」をリリースするなど、他アーティストのコラボにも意欲的。自身のオリジナルソロ作品もコンスタントに発表し、2008年11月には初のベストアルバム「Merkmal」をリリース。2009年2月には初の日本武道館公演も成功させた。2010年3月にソロとして3枚目となるアルバム「MAIDEN VOYAGE」をリリース。2011年からは新プロジェクト「salyu×salyu」としての活動を開始し、Cornelius=小山田圭吾との共同プロデュース作品「s(o)un(d)beams」を完成させている。
CORNELIUS(こーねりあす)
小山田圭吾によるソロユニット。1991年のFlipper's Guitar解散後、1993年からCORNELIUS名義で音楽活動を開始する。アルバム「THE FIRST QUESTION AWARD」「69/96」は大ヒットを記録し、当時の渋谷系ムーブメントをリードする存在に。1997年の3rdアルバム「FANTASMA」、続く4thアルバム「POINT」は世界21ヵ国でリリースされ、バンド「The Cornelius Group」を率いてワールドツアーを行うなどグローバルな活動を展開。2006年のアルバム「Sensuous」発売に伴う映像作品集「Sensurround + B-sides」は米国「第51回グラミー賞」最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞にノミネートされた。現在、自身の活動以外にも国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広いフィールドで活動を続けている。