「ヨコハマダンスコレクション2021-DEC」伊藤郁女が新作「あなたへ」に込めた思い (2/2)

サポーティブなダンサーたち

──本作には6人の出演者が名を連ねています。それぞれどんなメンバーなのか教えてください。

最初にお話したデルフィンは俳優でサーカスともよく一緒にやっていて、リフトなんかが得意です。ただダンサーのようにみんなで息を合わせて踊る経験があまりないので、そこには時間がかかりました。面白かったのは、ダンサーは振りを動きとして覚えますが、俳優はストーリーで覚えるんですよね。振りからストーリーへ、ストーリーから振りへ、そのエクスチェンジが面白いと思いました。

マルヴィン・クレッシュはヒップホップやストリートから来た子で、エレクトロが得意です。フランス・ブリテンに近い系統と、アフリカ・コンゴの系統を両方持っていて、ミュージカリティがすごく、自分で音楽を作ったりもします。記憶力が良くてほかの人のまねをするだけでなんでもできてしまう人です。

ニコラ・ガルソーとルイ・ジアールはまったく逆のタイプで、ニコラが優等生タイプ、ルイはすぐに物を失くしたりじっとしていられないタイプ。クリエーションでは、ニコラが数学的な踊りをするので、私はよく「殻から抜け出しちゃえ!」と言っていました。ルイはノーブルな家の子なんですが、その逆を行きたいと思っていて、21歳にして自分のスタイルがしっかりある。ただすぐ部屋の端っこに行きたがるので、みんなの間で踊ってもらうまでに2年かかりました(笑)。

レオノール・ズールフリュはスイスの田舎の子で、普段はすごくきっちりしていますが、舞台上ではまったくきっちりしていない、そのギャップが面白いですね。最初に私のワークショップを受けに来た理由が「舞台上で恥ずかしくて声が出せない」ということだったのですが、今は解放されてよく叫んでいます(笑)。自分の感情を身体いっぱいに出せる子なので、踊りというより感情が踊っているような感じがして、存在感があります。

「あなたへ」より。©Laurent Pailler

「あなたへ」より。©Laurent Pailler

──お話を聞くだに、とても個性的なメンバーでワクワクします!

このメンバーが良いのは、それぞれ楽器が異なるオーケストラのように、とてもサポーティブなところです。この作品は1人ひとりの動きは違うんだけれどもブリージング(呼吸)を合わせないとできなくて、お互いに支え合うことで成り立っています。またダンサーたちの年齢がバラバラで、グループの中で誰と誰が仲が良いということも特になく、恋の話のときは若い子が年上の子にアドバイスしたり、散歩するときと数学の話をするときでは組み合わせが違ったりと、お互いの意見を尊重し合いながらバランスを取っているので、本当に社会全体がこういう未来になってくれれば、と思います。

──年齢や育った環境が違うと、死生観にも違いがあるのかなと思いますが、その点はいかがですか?

先ほどお話しした巫女さんが来たときに、スピリチュアリティについてみんなと話をしました。そういったものを信じない人もいたし、「巫女さんは信じてないけれど愛を信じる」という人もいたし、考え方はそれぞれでした。でも巫女さんが“自分の死”を見た経験があると話して……それは自分が死んで粒になり、パーッと散らばって宇宙全体が自分であるかのような感じがしたんだけど、そのまま今度は塊になって自分の身体に落っこちてきた、という話なんですが、それを聞いたらみんな、言い方は違うけれど同じようなことを言い始めました。信じるとか信じないとかじゃなくて、巫女さんの仕事というのは、みんなが言えないことを言い、それを身体の中に留めるのではなく宇宙に流す仕事なんじゃないかと私は思っていて。そういった世界がすぐ横にあるという意識自体は、実は誰もが共通して持っているものではないかなと思いました。

「あなたへ」より。©Anaïs Baseilhac

「あなたへ」より。©Anaïs Baseilhac

あいまいさはそのままに、狭間を描く

──12月には笈田ヨシさんとの共作「Le Tambour de soie 綾の鼓」が日本初演されます。能楽に造詣が深い笈田さんは、作品を演出する際、目に見えないものを見る能楽の考え方が自然と作品に入り込んでくると以前おっしゃっていましたが、そのような日本的、能楽的な魂の捉え方は、伊藤さんの中にもありますか?

私にとって能楽で大事なことは3つあって、まず能楽は、悔いを残した魂を逃してあげるためにやっている劇であるということです。お客さんはその様子を儀式として観ていて、その時間がとても重要だと思います。2つ目は、亡霊が主役であるということ。「ハムレット」にも亡霊は出てきますが、主役ではないですよね。ヨーロッパの亡霊は、アドバイスをくれたりはしますが主役ではなく、ホラー映画だと目に見えない霊魂は“感じが悪い”、怖い存在なんです。でも私自身は目に見えるものを信じていませんし(笑)、踊りを観るときもダンサーではなく周りの空間を見ている。むしろそれが大事だと思っているので、ダンサーたちにもそのことをわかってもらいたいと思っています。

3つ目は、日本の古典芸能にある序破急のリズム。5年前くらいから笈田さんと仕事するようになって、そのときから作品の中で使うようにしています。序破急は人生のリズムだと思っていて、生まれてからしばらくはゆっくりとした感じ、でも結婚したり子供が産まれたり病気になったりして、最後はウワーッといろいろなことが起き、「終わる」と思う前に終わる。このリズムは音楽的でもあると思います。

伊藤郁女©Anaïs Baseilhac

伊藤郁女©Anaïs Baseilhac

──伊藤さんと彫刻家のお父様によるデュエット作「Je danse parce que je me mefie des mots / 私は言葉を信じないので踊る」(参照:父との共演作が埼玉で開幕「伊藤郁女自身として舞台に立っているような感じ」)、三島由紀夫の「美しい星」をベースに森山未來さんと挑んだ「Is it worth to save us?」(参照:伊藤郁女×森山未來の新作デュオが開幕「地球は救うに値するのか?」の対話に焦点)は、パーソナルなルーツをたどりながら未来を見つめるという作品でした。「あなたへ」はそれに比べるとより大きな、人間全体のルーツをたどりながら、より遠くを見据えるような作品なのではないかと思います。これまでの作品と「あなたへ」のつながりを、伊藤さん自身はどのように感じていらっしゃいますか?

まず、「Je danse parce que je me mefie des mots / 私は言葉を信じないので踊る」「Is it worth to save us?」と「あなたへ」の大きな違いは、「あなたへ」には自分が出演していないということです。今回、ケガをしたメンバーの代役で急遽出演することになりましたが、そもそもは自分が舞台に出ない作品で、でもどうやって自分を出すかということを考えて臨みました。また「あなたへ」は、誰か特定の人の死というよりはみんなの死を語っているところがあって、今生きている世界中の人間が全滅するのではないか、世界の終わりがやって来るのではないかという思いから、“そんな世界の終わりを前に、みんなでどうやって踊るのか”を問いかけています。

それと、「あなたへ」ではエネルギーを筆で書いたように身体の形がなるべく残らない踊りにしたいと思っていました。「あなたへ」ではよく、首をフッと落とす動きがあるんですけど、それは棺桶に入れた人が起き上がったという話を聞いて、死んで生き返ったらこういう感じなのかなと思って生まれた振りです(笑)。また、舞台にいる人たちが生きていて死んだ人を思っているのか、すでに死んでいて生きていたときのことを思い出しているのか、あいまいなところはあいまいなままにしておきたいなと思っていて。死んだように生きている人も、死んでも生きているような人もいる。「あなたへ」では、その狭間を描けたら良いなと思っています。

「ヨコハマダンスコレクション2021-DEC」

2021年12月3日(金)~19日(日)
神奈川県 横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜にぎわい座 のげシャーレ、象の鼻テラス

各作品紹介

伊藤郁女(Compagnie Himé)「あなたへ」

2021年12月3日(金)~5日(日)
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール

コンペティションⅡ 新人振付家部門

2021年12月4日(土)・5日(日)
横浜にぎわい座 のげシャーレ
参加アーティスト:浅川奏瑛、伊藤奨、小林このみ、斎木穂乃香、徳田美佳、内藤治水、中嶋千歩、橋本真那、平田祐香、山口なぎさ、横山未弥、吉沢楓

余越保子 with ゲルシー・ベル 日米国際共同制作「shuffleyamamba:山姥は熊を夢見る」

2021年12月9日(木)~11日(土)
横浜にぎわい座 のげシャーレ

コンペティションⅠ

2021年12月11日(土)・12日(日)
横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
参加アーティスト:入手杏奈+香取直登、大森瑶子、亀頭可奈恵、栗朱音、中川絢音、中西ちさと、中屋敷南、Yang Byung Hyun、Wang Yeu-Kwm、Zhiren Xiao

敷地理+イ・ソヒョン「unisex #01」<ダンスクロス>※公演中止

2021年12月14日(火)・15日(水) ※公演中止
横浜にぎわい座 のげシャーレ
コンセプト・振付:敷地理
出演:敷地理、イ・ソヒョン

「ムーバーズ・プラットフォーム#2」<Movers Platform #2>

2021年12月16日(木)~18日(土)
象の鼻テラス
ディレクター:梅田宏明
Movers:大塚郁実、中村優希、林田海里、YULI、Livier Tu、Pobo HUNG、Siko Setyanto、Daria Mikhaylyuk

女屋理音「エピセンター」 / パロマ・ウルタード+ダニエル・モラレス「INA.0」<ダンスコネクション>※一部上演中止

2021年12月18日(土)・19日(日)
※パロマ・ウルタード+ダニエル・モラレス「INA.0」のみ上演中止。
横浜にぎわい座 のげシャーレ
「エピセンター」振付・出演:女屋理音 / 出演:加藤理愛、白井耀、畠中真濃
「INA.0」振付・出演:パロマ・ウルタード、ダニエル・モラレス

「青空ダンス Miyazaki - Hyogo - Ishikawa - Chiba - France」配信

2021年12月3日(金)からYokohama Dance Collectionの公式YouTubeチャンネルで配信開始

「ダンス保育園!!」配信

12月11日(土)公開予定

プロフィール

伊藤郁女(イトウカオリ)

東京都生まれ。5歳よりクラシック・バレエを始める。アメリカ・ニューヨークのアルビン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターにて研修を積む。フィリップ・ドゥクフレ、アンジュラン・プレルジョカージュ、アラン・プラテル、シディ・ラルビ・シェルカウイ、ジェームス・ティエレの作品にダンサーとして参加したのち、カンパニーHIMEを旗揚げ。自作を振り付けするほか、オレリアン・ボリーやオリビエ・マルタン=サルヴァンらとのコラボレーション、エドゥアール・ベールやドニ・ポダリデスとの共演などに取り組む。また、映像作品や絵画なども手がけている。「横浜ダンスコレクション」で2002年に財団法人横浜市文化振興財団賞、2004年にナショナル協議員賞受賞。また2015年にSACDより新人優秀振付賞を受賞したほか、フランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。