「ヨコハマダンスコレクション2021-DEC」伊藤郁女が新作「あなたへ」に込めた思い

国際的なダンスの祭典「横浜ダンスコレクション」改め「ヨコハマダンスコレクション」が、12月3日から19日にかけて神奈川・横浜赤レンガ倉庫1号館ほかで開催される。“今は身体へ帰りたい”というキャッチコピーを抱げて開催される今回は、国内外の旬なアーティストが集結。そのオープニングを飾るのが、伊藤郁女率いるCompagnie Himéによる「あなたへ」だ。“失うこと”をテーマに、亡くなった人への手紙をモチーフに立ち上げられた本作は、2020年にフランス・マルセイユで初演され今回が日本初演となる。

「どう生きるのかが問題。そういう意味で、死は生きるエネルギーをくれると思う」と語る伊藤の、作品に込めた思いを聞いた。

取材・文 / 熊井玲

死は生きるエネルギーをくれる

──「あなたへ」は“失うこと”をテーマにした作品です。クリエーションのきっかけはどこにあったのでしょうか?

最初のきっかけは、私の周りに亡くなる方が増えてきたことです。私はフランスで暮らしていますが、日本でお世話になったバレエの先生(高木俊徳先生)が亡くなったと連絡を受けたとき、ざあっと風が吹いたんです。そのとき「あ、これは先生が『さようなら』を言ってるのかな」と感じて。それがきっかけでこのような作品の構想が浮かび、2017年からクリエーションを始めました。また“亡くなる”ことに限らず、中学生くらいの人だったら子供の身体を失っていくという“なくなる”もあって、もちろん失うことで新しいものが出てくるのですが、なくなってただ忘れるのではなく、なくなるものにどうやって「さようなら」を言い、けりをつけるのか、ということを考えるようになったんです。

──クリエーションはどのように始まったのですか。

俳優のデルフィン・ランソンにまず会いました。デルフィンは会って5分後に突如お産の話を始めて(笑)、いろいろなことが話せる仲になれそうだなと感じました。私は、死ぬと魂が身体から抜け出てすごい勢いで飛び交い、いろいろな人に「さようなら」を言うんじゃないかと想像していて、そんなダンスが作れないかと思ったんです。それでまずは亡くなった人に手紙を書こうということになり、1年間ぐらいかけてデルフィンと2人で、亡くなった人に手紙を送り続けました。それはなかなか面白い経験でしたね。

「あなたへ」より。©Anaïs Baseilhac

「あなたへ」より。©Anaïs Baseilhac

その後、あるオーディションで出会ったメンバー5名とワークショップをやることになり、そこでも亡くなった親しい方に手紙を書いてもらいました。みんな涙でボロボロになりながら書いてくれたんですけど、そのとき彼らに「あなたはなぜ踊るの?」という質問をしたら、お兄さんが自殺してしまったというあるダンサーが、「僕は、ダンスは人を治せるものだと思っているから踊るんだ」と言っていて、その言葉が印象的でした。結局そのメンバーとデルフィンたちとで2017年からクリエーションをスタートしたのですが、コロナで一旦ストップしてしまって。その間に、東北の“風の電話”(編集注:岩手県の丘の上に設置された、私設電話ボックス。電話線がつながっていない電話があり、来訪者はその電話で亡くなった人へ思いを伝える)のことを知りました。亡くなった人を身近に感じて語りかける、というのはとても日本的だな、そういう感性を分かち合いたいなと思い、パリの国立コリン劇場に風の電話を設置したいと持ちかけたんです。そうしたらすぐに設置してもらうことができ、200人ぐらいの人が参加してくれました。私たちも“ガイド”として来訪者の方たちと対話して、子供を亡くしたお母さんの思いなど、さまざまなメッセージを聞きました。

その風の電話での会話なども交えたテキストを作成しつつ、2020年の夏にブルゴーニュで滞在制作をしたのですが、そのとき実は巫女さんに来てもらったんです。その巫女さんと出会ったのは、ある会社の社長とディナーしたときなんですけど、“コンテンポラリーシャーマン”といった感じの人で(笑)、もともとはテレビ局で仕事していたけど夢でシャーマンに出会い、自分もシャーマンだと気付いたという人で面白いなと思って。その方に風の電話のことを話したら、「私は死んだ人の返事が聞ける」というので参加してもらうことにしました。カンパニーのメンバーは、巫女さんが「そこに死者の魂がいるけど気にしないで」って言ったりするので、ちょっと頭がぐるぐるしながら踊っていましたが(笑)、巫女さんの話によって魂をスピリチュアルな存在というより日常的な存在と感じるようになり、そういった感覚でクリエーションが続けられました。

──亡くなった人への手紙がベースにあると聞いて、最初はもっと悲しく寂しい作品をイメージしたのですが、作品自体は非常にエネルギッシュで、どちらかというとポジティブな印象を受けます。

死の話というと悲しくてそこで止まってしまいますが、「そこからどうするのか?」がこの作品のテーマです。現在はメディカルアシスタントのおかげで長く生きることはできるけれど、どう生きるのかが問題ですよね。そういう意味で、死は生きるエネルギーをくれると思いますし、私個人としては、死ぬ前はみんなで踊って笑いたいなと思っています。

「あなたへ」より。©Laurent Pailler

「あなたへ」より。©Laurent Pailler

書くことで思いを整理する

──亡くなった人へメッセージを届ける手段として、“手紙”を選んだのはなぜですか?

手紙以外の方法が最初は頭になかったということもありますが、形式がちゃんとしたものにしたいと思っていました。話してもらうと、言い方でニュアンスが変わってしまったり、途中で泣いてしまったりすることがありますが、文字にするとある意味冷静になれるので。また具体的に作品のテキストに反映した手紙も、涙でつづられるものより、“人の強さ”がにじみ出るようなものを選びました。例えばフランスでおばあちゃんの料理として有名なのはラタトゥイユなんですけど、「僕も君のようにラタトゥイユを作るから」って書かれた手紙とか、子供を亡くしたお母さんが「私が大好きな、あなたが小さいときに書いた竜の詩を読むね」といったものとか。

「あなたへ」より。©Anaïs Baseilhac

「あなたへ」より。©Anaïs Baseilhac

──伊藤さんのお話を伺いながら、粟島の漂流郵便局のことを思い出しました(編集注:美術家の久保田沙耶が香川県の粟島に設置したアート作品で、宛先不明の手紙が集まる)。漂流郵便局に寄せられる手紙は悲壮感に満ちたものより、どちらかというと前向きな、未来を向いた内容のものが多かった印象があり、“書く”という行為によって人は、死を客観的な気持ちで捉えられるのかなと。

そうですね、人によるところはあると思いますが、書くことで気持ちが整理できるということはあると思います。「あなたへ」ではダンサーそれぞれのポジションがあらかじめ決まっていて、途中であちこち動き回りますが、度々そのポジションへ戻っていきます。そのポジションはその人が死ぬ場所で、死んだ場所から魂が抜け出し、みんなに「さようなら」を言って回るんだけど、毎回また自分のポジションに戻って沈黙する。この沈黙が、「あなたへ」では大事だと思っています。