ついにフィナーレヘ!渡辺航・鯨井康介・島村龍乃介が振り返る、ペダステ12年の歴史

「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載されている渡辺航の人気作「弱虫ペダル」が舞台化されて早12年。ペダステの愛称で親しまれ、2.5次元を代表する作品の1つへと成長した「舞台『弱虫ペダル』」シリーズが、最新作「舞台『弱虫ペダル』Over the sweat and tears」でフィナーレを迎える。

最終公演の実施を記念して、主人公・小野田坂道役の島村龍乃介、演出を手がける鯨井康介が、「弱虫ペダル」の生みの親である原作者・渡辺の仕事場を訪問。ペダステのゴールを目前に控えた3人が、今思うことは?

取材・文 / 興野汐里撮影 / 上原祐太郎
ヘアメイク / 林美由紀スタイリスト / MASAYA

坂道を演じる肝はひじの角度にあり!

──2012年にスタートしたペダステシリーズが「Over the sweat and tears」でフィナーレを迎えます。12年におよぶペダステの歴史の中で、ご自身またはペダステにとってターニングポイントになったと感じる公演はありますか?

渡辺航 僕にとっては初演(2012年)がすでにターニングポイントでした。当時はまだ空席もあって落ち込んだんですけど、「逆に『弱虫ペダル』を知ってもらうチャンスだ!」と思い、秋田書店さんと相談して劇場ロビーに原作コミックの販売コーナーを設けたら、単行本がまあ売れる売れる!(笑) 「自転車をハンドルだけで表現するなんて、無謀なチャレンジなんじゃない?」というところからのスタートでしたが、「実際に観に行ったらすごかったよ!」「面白かった!」という口コミがバーッと広がって、前評判をひっくり返したのはすごいことだと思います。

「舞台『弱虫ペダル』」初演(2012年)の様子。

「舞台『弱虫ペダル』」初演(2012年)の様子。

鯨井康介 僕は、自分が手嶋純太役として初めて出演した「総北新世代、始動」(2016年)が1つのターニングポイントだったんじゃないかと思っていて。というのも、「総北新世代、始動」より総北のキャプテンが金城真護から手嶋純太に引き継がれて、世代が変わったんです。そのタイミングで、当時演出をされていた西田シャトナーさんがライディングの技術体系を変えたそうなんです。今現在ペダステに出演している(島村)龍乃介にはあまり聞かせたくないんですけど、それまでの公演よりもさらに走るようになったと(笑)。ペダステシリーズが波に乗ってきて、座組に“慣れ”が出てくる頃合いでもあったと思うので、「ハンドルを持っただけで自転車が表現できるわけではなく、そこに気持ちを乗せて走るんだ」という意識が大事だということを、仲間たちと再確認しました。

「舞台『弱虫ペダル』~総北新世代、始動~」(2016年)の様子。

「舞台『弱虫ペダル』~総北新世代、始動~」(2016年)の様子。

島村龍乃介 僕にとって初舞台だった「The Cadence!」(2022年)はもちろんですが、「THE DAY 1」(2023年)がターニングポイントだと思っています。「The Cadence!」では、初舞台を踏む自分と初めてロードバイクに乗る小野田坂道をリンクさせて、ひたすらがむしゃらに走っていたのですが、「THE DAY 1」では、成長する坂道に僕が置いていかれてしまってはいけないと思い、葛藤した時期がありました。

「舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1」(2023年)の様子。

「舞台『弱虫ペダル』THE DAY 1」(2023年)の様子。

鯨井 「THE DAY 1」で“反抗期”を迎えたときの龍乃介は可愛かったですよー!(笑)

島村 その節はご迷惑をおかけしました。僕が言うのは変かもしれないのですが、“反抗期”があったからこそ、自分の頭でしっかりと作品について考えられるようになりましたし、それを「THE DAY 2」(2024年)に生かすことができたんじゃないかと思います。

──雨降って地固まるですね。ペダステの上演に際し、渡辺先生はどのような形で作品監修に携わっていたのでしょうか? 「このシーンは絶対に入れてほしい」「この場面の演出はこのようにしてほしい」など、ペダステカンパニーにオーダーしたことがあれば教えてください。

渡辺 基本的には、シナリオを送っていただいて、それをチェックする形で進めていました。エピソードの順番が入れ替わっているところについて、「すみません。ここはこだわりがあるので順番通りに上演してください」とお願いするくらいで、演出についてはお任せしていましたね。唯一演出面でお願いしたのは、初演を観劇したあとに、「坂道くんがハンドルを握るときは、ひじを落として、脇をギュッと締めてください」と言ったことぐらいかな(笑)。

左から島村龍乃介、渡辺航。

左から島村龍乃介、渡辺航。

鯨井 初代・坂道役の村井良大くんが、ライディングしているときのひじの角度にこだわりを持っていたという話を聞いていたんですけど、先生のアドバイスがあったからだったんですね!

島村 村井さんが「The Cadence!」の公演時に、ひじの角度についてアドバイスをくださったことがあって。今、やっとつながりました!(笑)

先生からもらった色紙はゴールゼッケン

──2012年の初演から2024年の最新作に至るまで、多くの俳優たちがペダステに出演してきましたが、渡辺先生から見た、島村さん演じる坂道のイメージ、鯨井さん演じる手嶋の印象を教えてください。

渡辺 島村さんの代になると、“ペダステにおける小野田坂道像”が概ね固まっているから、観客の中でも坂道に求めるもののハードルがかなり上がっていたと思うんです。島村さんの坂道はアニメとも違うし、それまでの坂道くんとも違う。でも、ちゃんと腑に落ちる坂道像を立ち上げてくれたと感じました。鯨井さんが演じる手嶋さんは、軽やかで、遊び心があって、だけど裏ではめちゃくちゃ努力をしている、そんなキャラクターだったと思います。あと、ボケを入れるタイミングや裏回しがすごくじょうずだなと思っていて、手嶋さんが出てくるたびに「来たぞ! 来たぞ!」と1人で湧いていました(笑)。

鯨井 うわあ……! ありがとうございます!

──そんな鯨井さんが、「The Cadence!」で演出を担うと聞いたとき、渡辺先生はどのように感じましたか?

渡辺 ペダステの現場でキャストとしていろいろなことを経験してきた方なので、楽しみだなと思っていました。また鯨井さんの演出になってから、鯨井さんらしいシャープなペダステに進化した印象があります。

鯨井 ペダステの美しさって、ハンドルだけで自転車を表現したり、スロープ1台で道を表現したり、観客の想像力に委ねながら舞台を作る“潔さ”にあると思うんです。そのシステムを構築してくれた西田さんに敬意を表して、「弱虫ペダル」という最強の原作に真っすぐぶつかっていこう、というのが僕の理念でした。なので、先生からそのような評価をしていただけてすごくうれしいです。役者たちもみんな頼もしくて、いろいろな考えを持ち寄って稽古に参加してくれていますし、公演を重ねるごとに稽古場へ行くのが楽しくなっています。

「舞台『弱虫ペダル』The Cadence!」(2022年)の様子。

「舞台『弱虫ペダル』The Cadence!」(2022年)の様子。

渡辺 仲間がいるって良いですね……。マンガ家は1人きりで作業する時間が圧倒的に多いから、ペダステを観に行かせていただくたびに、キャストの皆さんがとっても楽しそうに見えて、うらやましいなあと思っていました(笑)。

鯨井 そうだったんですね(笑)。ペダステはみんなで舞台を作る面白さを特に実感できる作品だと思います。

島村 稽古場はいつも男子校の部活みたいな雰囲気です(笑)。また、学校ごとにカラーが異なっているのもペダステカンパニーの特徴の一つだと思います。総北はわりと個別で行動していて、最後に1人ひとりの力を集結させることが多いのですが、箱根学園は初めからしっかりとまとまっているイメージ。公演を重ねるたびに、学校ごとに高め合うことができてきた気がします。

鯨井 僕が“仲間”を強く意識した場面は、レースで競い合うシーンでした。僕がセリフを言いながら走るシーンで、競争相手のキャストが元気いっぱいに足を回してきたとき、手嶋としても負けたくないし、役者としても負けたくない、という気持ちが心の中に湧き上がってきて。体力的に大変ではあるんですけど、お互いにライバルとしてステージ上で闘っていることを実感したときに、ある種の“仲間意識”を感じました。

左から鯨井康介、島村龍乃介。

左から鯨井康介、島村龍乃介。

──渡辺先生はペダステを毎公演欠かさずご覧になって、以前はキャストの方々に色紙をプレゼントされていましたね。鯨井さんも、渡辺先生からもらった色紙をペダステにおける宝物として紹介してくださいました(参照:ペダステ10周年!島村龍乃介×砂川脩弥×北乃颯希鼎談、西田シャトナー&鯨井康介の宝物とは?)。

渡辺 ここだけの話、キャストさん全員にキャラクター入りの色紙を描くのはけっこう大変な作業だったんです。でも実際に舞台を観たらそんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまって、最後にはニコニコで皆さんに色紙を渡すっていう(笑)。

鯨井 役をお借りしている身からすると、先生の魂をいただくことと同じような感覚なんですよ。勝手なイメージなんですけど、描いていただくたびに手嶋の表情が変わっているような気がして、少し厳しい表情をしているときもあれば、やり切って険が取れたような顔をしているときもある。自分が手嶋として闘ってきた証というか、ゴールしたときにもらえるゼッケンのようなアイテムだと思っています。