松尾スズキが脚本・演出を手がける「松尾スズキと30分強の女優」が、3月25日にWOWOWプライム・WOWOWオンデマンドで放送・配信される。「松尾スズキと30分の女優」は、2021年にスタートした、松尾と女優が“俳優だからこその笑い”に挑む、WOWOWのオリジナル番組。第3弾となる今回は“30分強”となり、これまでも松尾と親交がある、松たか子と長澤まさみを共演に迎える。
本特集では、松尾、松、長澤の3人が収録時のエピソードを振り返るほか、松尾作品の魅力、コントの深さや面白さをざっくばらんに語ってもらった。
取材・文 / 熊井玲
このクオリティであんなくだらないことをやる贅沢さ
松尾スズキインタビュー
松さん、長澤さんの演技力が生かせるコントを
──2021年にスタートした「松尾スズキと30分の女優」シリーズの第3弾となる今回は、「“30分強”の女優」として放送されます。
今回、脚本を書いてから撮影まですごく時間が空いたんです。脚本自体は(昨年11月から12月にかけて上演された)「ツダマンの世界」(参照:滑稽で、ひたむきで、悲惨な姿をご堪能あれ!松尾スズキ「ツダマンの世界」開幕)の前に仕上げていたので、いろいろと練る時間がありました。
──これまでは4人の女優さんと30分ずつコントする構成でしたが、今回は松たか子さんと長澤まさみさんのお二人と“30分強”ずつ、という内容です。これまでと違う工夫をしたところはありましたか?
ネタを増やしたところはありますが、特にはないです。ただ、知らず知らずのうちに松さんはナンセンス度が高いもの、長澤さんは「世にも奇妙な物語」的な、ドラマっぽいものが多くなりましたね。特に意識したわけではなくて、脚本を振り分けていったらそうなっただけなんですけど。そこに意味もあるような気もします。
──“破天荒なストーリーなのにじんわり感動してしまう”のは「松尾スズキと30分の女優」シリーズの魅力の1つです。今回、その魅力がさらに強まっているように感じました。お二人ともこれまでにお仕事をご一緒されている女優さんたちですが、松さん、長澤さんだからこそあえて挑戦したことは?
強いて言えば、松さんは歌ネタを入れたいなって思っていたのと、長澤さんはやっぱり手足が長いので動きのあるネタがいいなと。でもそのくらいですね。2人とも実力がある女優さんなので、なんでも受けて入れてくれるんじゃないかと思っていました。もちろん、その演技力をちゃんと生かせるネタにしなきゃいけない、という緊張はありましたが……。
コントって世の中にあふれていますし、芸人さんがやっているコントはやっぱり素晴らしい。それに拮抗するには、俳優が役を作り込んで、映像をしっかり演出しないといけないのがこのシリーズのコンセプトです。
旬が止まらないのは、自分の更新を怠らない人たちだから
──本作の放送決定時に(参照:“30分強”にスケールアップ「松尾スズキと30分強の女優」に松たか子・長澤まさみ登場)、松尾さんはお二人を「旬が止まらない女優さん」と紹介されていました。お二人の“旬が止まらない”理由はどんなところにあると思われますか?
2人とも“自分の更新を怠らない人たち”なんですよね。役の取り組み方も謙虚だし、毎回「初めまして」のムードでやって来るんです。よそよそしいということではなくて、「松尾さんの仕事ですよね、わかってます」というような感じではなく、すごく緊張して来るんです。長澤さんは撮影前に個人的にメールをくれて、「こうやりたいんですけど、大丈夫でしょうか?」というやり取りなんかもしました。
──長澤さんはデタラメ外国語やコンテンポラリーダンスも披露していましたね。何回かリハーサルを重ねられたのでしょうか?
いえ。特にああしてくれ、こうしてくれとは言ってなくて、長澤さんが自分なりにちゃんと作り込んできてくれたんです。そこなんですよね、一流の人って。やってないようでちゃんと準備してくるんです。松さんも長澤さんも、読み合わせの段階では探り探りだったんですけど、読み合わせで僕が「こうしたい」と話したことについて、ちゃんと家で準備してきてくれた。やっぱりさすがだなと。現場に行けばどうにかなるだろうっていう感じの人もたまにいますけど、そういう人は「30分の女優」では出会いません(笑)。
──しかも、お二人とも役へのギアの入り方がすごく早いですね。
あれだけ主演映画や主演ドラマをやっていると背負い込むものの大きさが違うんですよね。そうすると瞬発力でボンっと自分の中から力を引き出すスピードが早いというか。現場でああだこうだともたつくことは一切なかったですね。
無理させられない松さん、無理させたくなる長澤さん
──今回の「松尾スズキと30分強の女優」では、松さん6作品、長澤さん4作品のコントが披露されます。それぞれに、松尾さんの印象に残っている作品は?
地球外生物スニーキーを描いた「スニーキー・ビギニング」の松さんはすごく素敵でしたね。普段の松さんにはない毒が出ているというか(笑)。自分が相手役を演じているときは気づかなかったんですけど、出来上がった映像を見るとけっこう悪い目で僕の肩の傷を見てるんですよね(笑)。あの視線の動きが素晴らしかったです。
──「スニーキー」は過去の「30分の女優」シリーズにも登場していますが、「スター・ウォーズ」のようにどんどん枝葉が広がっていきそうですね。
機会があれば「スニーキー」だけで1本撮ってみたいですね(笑)。あとは歌ネタの「ミュージカル友達旅行」も良かったです。あんなふざけた歌を松さんは歌ったことがないと思いますし、自分が作った歌を歌ってもらえるのは良い時間でした……っていうかあれ、良い歌じゃないですか?(笑)
──松尾さんが作られた歌だったんですね!(笑) 「シブヤデアイマショウ」(参照:「シブヤデアイマショウ」日替わりゲストに生田絵梨花・石丸幹二・井上芳雄・大野拓朗ら)でも感じましたが、良い曲だなあと聞き入り、歌詞の内容に後から笑いが込み上げました。松さんが真剣に歌っているからこそおかしい、という面もあって。
無理はさせないという約束で始めているので、そこはこちらも考えました(笑)。松さん、コントをやることに不安があって、これまでやる機会があってもやったことがないんです。今回も「これが最初で最後」と言っていました。
──「タイムスリップ両親」は松尾さんと松さんが夫婦役を演じていて、掛け合いが素敵でした。
松さんもあれくらいの年代の母親がギリギリできる人だから、ということでお願いしました。これまで何回も共演しているので演技の間合いとかは息の付き方でわかりますね。
──「WOWOWニュースサテライト・アンド・シングルファーザー」では、どんなにふざけていてもトーンを変えない、ニュースキャスター役の松さんに笑いました。ニュースキャスターネタは以前松雪泰子さんも挑戦されましたが、今後もさまざまな展開ができそうですね。
ニュースのネタはWOWOWのスタジオですぐに撮れるので、苦しいときはニュースに逃げる……ってわけではないんですけど(笑)松さんがニュースキャスターのコントなんてすごく贅沢じゃないですか。
──長澤さんの作品で印象に残っているものは?
コンテンポラリーダンスの振付を自分で考えてきたのは偉いなと思いますね。ダンスをやっている友達に相談したりしたそうです。テンション一発ものでいうと「野良キャッツ、捕獲女」のようなものは、長澤さんは頭からできるとわかっていたので安心して任せました。「野良キャッツ」の撮影はめちゃくちゃ寒かったですけど……(笑)。
──「居心地最高」は長澤さんが、松尾さんとオクイシュージさんがふざけ合う様子を横目でチラチラと見ている様子が面白かったです。
ほかのシーンでけっこう大量のセリフを渡しているので、あのネタくらいは楽させたいなと。ただ一発撮りだったし(ふざけ続ける)僕らは死ぬほど大変でした(笑)。
──デタラメ語の応酬を繰り広げる「センタア飯店」や、全身で恐竜を再現する「恐竜最後の日」などは見るからにハードでした。今回も松尾さんは自ら身体を張った演技を見せてくださいました。
(笑)。特に長澤さんの乱のほうが大変だったかな。長澤さん、「センタア飯店」のデタラメ語のニュアンスを全部作ってきてくれたんですけど、「台本では「『○○ガー!』って書いてあるけど『○○カー!』にしても良いですか」っていう細かな相談もありました。僕なんかあんなの覚えられないし、台本にも「ここの言い合いはお互い単独カットでカンペ見ながら」と書いてあったので、実際にカンペを貼ってもらってやったんですけど(笑)、長澤さんは完璧に覚えてきていました。恥ずかしかったです……。
──共演者としてのお二人の印象は?
二人とも、現場に来るときの覚悟が違うなと思いました。松さんは毎回謙虚ですね。いつも「自信がない」と言うんです。もちろんいざ動けば一流の動きをしてくれる人なんですけど、僕がメールで「これやりましょうよ」って振ると必ず“逃げ出す”スタンプを押してくるし(笑)、松さんから「こういうのがやりたい」っていうことは1回も聞いたことがないです。でも演じているときはまったくそんな印象を感じたことがなくて。きっとスイッチがバンって変わるんでしょうね。どこまでも謙虚な人です。なので松さんには無理を言えない。無理しなくて十分だし。でも長澤さんには無理させてみたいって思いがあります(笑)。
──長澤さんは松尾さんが演出された「キャバレー」(参照:長澤まさみ、初ミュージカル「キャバレー」で大胆な歌&ダンス披露)「フリムンシスターズ」(参照:長澤まさみ×秋山菜津子×阿部サダヲが描く“女の友情物語”「フリムンシスターズ」開幕)に主演していますが、松尾さんの舞台で観る長澤さんはいつも意外な一面を見せてくれる印象があります。
身体や顔がゴージャスな印象があるからかもしれないけど、長澤さんにはなぜかネガティブなムードの役を振ってみたくなるんですよね(笑)。でも普段ヘラヘラしているように見えて、すごく役を組み立ててくるんです。仕草も計算してるし、でも現場で生まれたものも大事にしている感じがある。とにかくセリフがちゃんと腹に入っていて、「このシーンのどこどこをやります」と言われてパッとセリフが出てくる。僕なんか「どこだっけ?」って思ってしまうんだけど(笑)。
──脚本や演技の面はもちろん、美術や衣裳などもシリーズを重ねるたびにどんどんクオリティが上がっている印象を受けます。これまで10人の女優さんとテレビでコントを創作されましたが、あらためて、“テレビで、女優さんと、コントする”ことの面白さを感じたところはありますか?
もともと僕は女優を主役にして舞台を作ることが比較的多い作家なので、女優とやるからどうこうというのは自分の中で特別なことではないです。ただやっぱりコントって特に芸人さんの場合は、女性が入ってくるのは稀で、男性社会みたいなところがある。でもこのシリーズでは、女優さんと作品を作ってきた俳優であり監督業もやる自分の、特性みたいなものが発揮できるのではないかと思います。あとやっぱりコントをやっていても画が安っぽくならないのが良いですね(笑)。松さんや長澤さんがモニターでアップになると「映画だなあ」って思ってしまうし、映画のクオリティであんなにくだらないことができるというのは、やっぱり俳優とコントをやれる特権だと思いますね。
プロフィール
松尾スズキ(マツオスズキ)
1962年、福岡県生まれ。1988年に大人計画を旗揚げし、1997年「ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~」で第41回岸田國士戯曲賞、2008年には映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。2004年に映画「恋の門」で長編監督デビュー後、2007年に「クワイエットルームにようこそ」(監督・脚本)、2015年に「ジヌよさらば~かむろば村へ~」(監督・脚本・出演)、2019年に「108~海馬五郎の復讐と冒険~」(監督・脚本・主演)が公開された。小説「クワイエットルームにようこそ」「老人賭博」「もう『はい』としか言えない」で芥川龍之介賞にノミネートされるなど、作家としても活躍。2019年に上演した「命、ギガ長ス」が第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。2020年、Bunkamura シアターコクーンの芸術監督に就任した。出演映画「シン・仮面ライダー」が3月17日18時より全国最速公開、3月18日全国公開、3月30日から総合演出・構成台本・出演を手がけるCOCOON PRODUCTION 2023「シブヤデマタアイマショウ」が上演される。
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