アメリカ・ニューヨーク、ブロードウェイの2023 / 2024シーズンを総括する、アメリカ演劇界で最も権威のある賞、トニー賞の受賞者・受賞作品がいよいよ発表される。6月17日(日本時間)に行われる第77回トニー賞授賞式のセレモニーは、ニューヨーク・シティ・バレエの本拠地であるデイヴィッド・H・コーク劇場で開催。その模様が、今年もWOWOWで、臨場感たっぷりに生中継・ライブ配信される。昨年、全米脚本家組合(WGA)のストライキによって脚本なしで行われた授賞式を経ての開催となる今年のトニー賞授賞式は、前回に続き3度目の司会を務めるアリアナ・デボーズのもと、どのような様子を見せるのだろうか。
ステージナタリーでは、WOWOW「生中継!第77回トニー賞授賞式」で今回で4度目のタッグとなる番組ナビゲーターの井上芳雄と宮澤エマに、トニー賞授賞式への期待を語ってもらった。さらに特集後半では、ミュージカル作品賞にノミネートされた5作品を解説。本特集を読んで下準備を万端に、第77回トニー賞授賞式を目いっぱい楽しもう。
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取材・文 / 大滝知里
WOWOWでのトニー賞授賞式番組は今年で10年目。初年度より参加する井上芳雄は10度目の番組出演となる。そんな彼に、ブロードウェイの流行について、またトニー賞授賞式への期待を聞いた。
受賞の決め手は華やかさと社会性の両立、でも今はどちらかに偏る傾向に
──2023年のトニー賞授賞式は、全米脚本家組合(WGA)のストライキによって、スクリプトなしでの実施という、珍しい回となりました。当時のトニー賞授賞式の様子に、どのような印象を受けましたか?
一時は授賞式の開催が危ぶまれる事態で、現地は大変な状況だったと思うのですが、脚本家の権利を守るための当然のこととして、舞台関係者が協力してやり遂げるという、1つの姿勢を示した大事な回だったと思います。日本の状況はブロードウェイとは少し違いますが、それでも、AIの進化など、僕たちも無防備でいて良いのか?と考えさせられるきっかけにもなりました。司会のアリアナ・デボーズさんは見事に務めを果たされましたが、“自分の言葉で伝える”という良いところがあった一方で、授賞式としては輪郭がぼやけてしまう部分もあって、善しあしだなと。今年もデボーズさんが司会をされるので、今度は彼女の司会できちんと構成された授賞式を観ることができる。個人的にも楽しみですし、オープニングから思う存分歌っていただきたいです。
──4月30日(日本時間)に発表されたトニー賞候補者・候補作品では、ミュージカル部門でアリシア・キーズが企画・楽曲を手がけた「ヘルズ・キッチン」、演劇部門ではロックバンドのアルバム作りをドラマとして描いた「ステレオフォニック」が最多の13ノミネートを飾りました。ノミネートされた作品群から、井上さんはどのようなシーンの変化を感じましたか?
今年は、候補に入らなかった新作が多いように感じました。期間限定の作品が多かったことも理由の1つかもしれませんが、ドイツの6人組男性コーラスグループ“コメディアン・ハーモニスツ”の実話を元にした「ハーモニー」や、自閉症を公にする7人の俳優が自閉症者役として出演した「ハウ・トゥ・ダンス・イン・オハイオ」など、僕が観たかったミュージカルはあまり候補にならず、シーズン後半に開幕した作品が多くノミネートされていたという印象です。また、鳴り物入りでブロードウェイにやって来たミュージカル「バック・トゥ・ザ・フューチャー」がミュージカル助演男優賞、ミュージカル装置デザイン賞の2部門でのノミネートにとどまったことも、番狂わせとはいかないまでも意外でした。今年は特に、ネームバリューや派手さではなく、中身で選んでいるように思います。例えば「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」のように、毎年1作は大規模で知名度があり、評価もされている作品があったと思うんですが、例年とはまた違った印象ですね。昨年、ミュージカル部門で作品賞に輝いた「キンバリー・アキンボ」のように、公演規模が小さくても“良作”を評価する流れが、今年もあるのかもしれません。もちろん良い作品が正当に評価されることは、演劇人としてもうれしいのですが、一方でジャンルを牽引してくれる、派手で目立つ作品も必要。華やかで社会性を伴う作品が生まれ、評価を受けることが一番ですが、今はどちらかに偏る傾向があるのかなと。誰もが知るような大ヒット作が生まれにくくなってきているのかもしれませんね。
──そのようなブロードウェイの状況から、井上さんご自身が俳優として影響を受けることはありますか?
僕は小規模な作品も派手な作品も好きなので、永遠の課題だなと思っています(笑)。地味な秀作ばかりでも寂しいですし、商業色が強いものばかりでも胸焼けしてしまうだろうし。でも、「この作品を日本でやっても絶対に大丈夫だね」というわかりやすい作品が生まれにくい状況の中で、僕たちも輸入作品ばかりに頼っていてはいけないなと感じます。実際、コロナも1つの良いきっかけで、日本でもマンガ原作のミュージカルやオリジナル作品の上演が増えてきています。先日韓国に行ったのですが、韓国はもう完全に「自分たちの作品をどう売るか」と、意識が外に向いていて、今回、ミュージカル衣裳デザイン賞にノミネートされたミュージカル「グレート・ギャツビー」は韓国資本です。そのような状況にすごく刺激を受けました。
井上芳雄がトニー賞に求める“新しい世界観”、今年は「サーカス象に水を」に期待
──井上さんが作品賞の候補に挙がったものの中で注目している作品を教えてください。
現地の知人の情報によるとミュージカル「サーカス象に水を」が、当初の想定よりも評価が高く、盛り上がっているそうなので、気になっています。まあ、新作はどれも観てみたいんですけど(笑)。「サーカス象に水を」のようなサーカスもののミュージカルは、「BARNUM」「ピピン」など、ブロードウェイでは定期的に出てくるのですが、サーカス自体がエンタテインメントとして魅力的ですし、演出方法も進化しているだろうから、どうやって作品にサーカス要素を落とし込んでいるのかなと。物語はもちろん、演出面も気になります。俳優として参加する場合はきっと大変だと思いますが(笑)。「見たことなかった、こんなの!」という新しい世界観との出会いを、僕は毎年、トニー賞授賞式に求めているように思います。
──WOWOWでトニー賞授賞式の中継が始まってから今年で10年になります。井上さんは初年度より番組宣伝映像で歌唱を披露されるなど、番組に多方面で関わられています。トニー賞授賞式を手軽に観ることができる状況は、日本の舞台界に少なからず影響を与えていると思いますが、手応えや変化を感じることはありますか?
自分にとっては愛するジャンルなので思いは強いのですが、アカデミー賞やグラミー賞に比べてトニー賞授賞式の知名度がまだ低い中で、日本でのミュージカル自体の認知がこの10年でだいぶ変わってきた背景には、WOWOWさんが中継を続けてこられた熱意と積み重ねがありますし、諦めずに僕を起用してくださることや、ゲストをはじめ番組に関わってくださる皆さんがいらっしゃるおかげだなと思います。最初は僕もコメンテーターのような役割で参加させていただいていましたが、6年前に僕自身初めてナビゲーターとして司会をやらせていただくことになり、「生中継!トニー賞授賞式」をきっかけに司会の仕事をいただくようになったので、感謝していますね。
世の中が向かう先、自分たちが目指す場所…それらのヒントを受け取れるアワードは観て損はなし!
──今回は番組ナビゲーターの宮澤エマさんに加え、井上さんとはミュージカル「エリザベート」で共演された京本大我(SixTONES)さんがスペシャル・サポーターとして参加されます。
今のところエマちゃんとは、残念ながら年に1度、この時くらいしか会えないのですが、とてもクレバーで才能がある女優さんです。話をしていて楽しいですし、何を言ってもフォローしてくれるので、自由にしゃべったり時にはボケたりもできるのが、とてもやりやすいです。朝早い生放送ではありますが、ゲストの方も含めて皆で今年のトニー賞授賞式の様子や賞の行方をワクワクして観ているっていう日本のスタジオの雰囲気も大事だと思っていて。僕たちが心から興奮して、感動して、「すごいね、今年も!」と言ってそれぞれの現場に戻っていく。毎年やっていることですが、その空気感を今年もお届けしたいですね。昔から知っている大我が、番組に関わってくれるのもうれしいです。アイドルでありながら舞台出演も大切にしてくれている大我が参加してくれることは、真っ当な流れだと思いますし、グループや個人としていろいろな経験をして成長し、大人になっているでしょうから。Xでの投稿をのぞいたら、僕の前では見せない、ちょっと様子がおかしい感じもあるみたいで(笑)、そんな一面が番組に出てくるかもしれないと思うと楽しみです。
──宮澤さん、京本さんと共に、今年は視聴者にどのような番組を届けたいですか?
やっとコロナが落ち着いて来て、皆さんが活発に移動できるようになった今、ブロードウェイには世界中のエンタテインメントが集まっていると思います。何年もかけて準備された作品が、どういうテーマを持ち、どんな物語を紡いでいるのかを知るということは重要なこと。世界情勢や多様化する社会に対して、舞台はいち早く、そして鋭く反映できるジャンルです。今回、ノミネートされた作品を見渡してみても、女性の社会進出問題や格差問題、地域の問題をテーマにしていて、弱い立場の人たちに軸足を置いた物語がたくさんあります。舞台をエンタテインメントとして楽しんでほしいと思う一方で、世の中がどっちに向かって行くのか、自分たちはどこに向かえば良いのかといったヒントを、作品から感じ取ってほしいですね。それらを含めてお届けできるアワードですし、番組を通してお伝えできればと思っています。観て損はないです!
プロフィール
井上芳雄(イノウエヨシオ)
1979年、福岡県出身。2000年にミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー。以後、さまざまな舞台で活躍し、多数の演劇賞に輝く。歌手活動やテレビドラマ、バラエティ番組への出演のほか、著書も多数出版。日本テレビ系「行列のできる相談所」、WOWOW「井上芳雄ミュージカルアワー『芳雄のミュー』」、NHK総合「はやウタ」、BS-TBS「美しい日本に出会う旅」にレギュラー出演中。2023年3月にアルバム「Greenville」をリリースし、2024年4月には自身3年ぶりとなるコンサート、「井上芳雄 by MYSELF × Greenville Concert 2024」を開催。近年の舞台出演作にミュージカル「ラグタイム」、ミュージカル「ベートーヴェン」、「メディア / イアソン」など。2023年に出演したミュージカル「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」の再演が2024年6月から9月にかけて行われる。
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宮澤エマ インタビュー