2021年にWOWOWの開局30周年を記念して始動した「アクターズ・ショート・フィルム」。この企画は、俳優たちが予算・撮影日数を同条件に25分以内のショートフィルムを制作し、アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」(SSFF & ASIA)のグランプリを目指すというものだ。第4弾となる今回は、千葉雄大、仲里依紗、福士蒼汰、森崎ウィンが監督として参加する。彼らの作品は、WOWOWオンデマンドにて3月1日より配信が、WOWOWプライムにて3月8日より順次放送が開始されている。
ステージナタリーでは、本企画で初めてとなるミュージカル映画を手がけた森崎の「せん」に注目。映画・演劇・ミュージカル作品の批評家である萩尾瞳にレビューを依頼した。「せん」では脚本を上田一豪が担当し、中尾ミエ、鈴木伸之が出演する。そんなミュージカルや舞台界にゆかりのある布陣で臨んだ監督・森崎が、映像表現で浮かび上がらせたものとは。
なお、映画ナタリーでは福士蒼汰の監督作「イツキトミワ」を映画監督の大森立嗣が語る特集記事を展開中だ。
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文 / 萩尾瞳作品紹介[P2] / 奥富敏晴、大滝知里
WOWOW「アクターズ・ショート・フィルム4」番宣動画
柔らかで真摯なまなざし
冒頭、明るくシンプルなピアノの音が流れてくる。ド・ソ・ミ・ソ・ド・ソ・ミ・ソ……ピアノ教則本バイエルの、まだ初級にあるような素直な曲調は、住宅街の穏やかな昼下がりに似合いそうな
「せん」は、WOWOWが主宰する「アクターズ・ショート・フィルム」第4弾の4本のうちの1本。2021年から生まれ出てきたショート・フィルムのなかでも初めてのミュージカル映画である。いわばチャレンジ作なのだが、作品自体には気負いやてらいはない。優しくからだに沁み込んで、けれどコツンと胸に響く核があるのだ。森崎監督の、柔らかで真摯なまなざしが隅々まで生き渡る作品の誕生である。
ストーリーは淡々と穏やか。その朝、おばあさん(中尾ミエ)は、1人の青年(鈴木伸之)と朝食の食卓を囲んでいる。向かい合うちゃぶだいには、ご飯、みそ汁、焼き魚と典型的な朝食メニューが並ぶ。典型的だけれど、丁寧でゆとり感が漂うメニューだ。朝食も終わり、青年は役場に出かけていく。親子かと思っていたら、どうやらそうではないらしい。
おばあさんは、洗濯物を干しに庭に出る。
庭の垣根を越えたさらにその先にある小さな広場に数人の人々が見える。朝の体操でもしているのだろうか。家の中に戻ったおばあさんは、いつも通りの平穏の中にいる。遠くに住んでいるらしい娘からの電話をとり、宅配便の配達員(森崎ウィン)の手を借りて小包みを作り、彼とお茶を飲んでよもやま話をする。
台所でカボチャを煮る。出来上がったお惣菜をタッパーに詰め、役場から戻って来た青年に渡す。そうか、青年は役場で老人の見守りを担当していて、務めを越えておばあさんと親しくなったのだろう。おばあさんの親しみやすい人柄や平穏な暮らしぶりと同時に、小さなコミュニティの温かな交流が分かるエピソードが積み重ねられていく。
そんな穏やかな時間に、時々ラジオの臨時ニュースの声が飛び込んでくる。ニュースはどこかの国で起きた戦争が、激しくなっていく様子を伝えている。架空の地名だけれど、ガザだろうか、あるいはウクライナかもと思わせるニュースだ。平穏な日々に突然侵入してくる不穏な音は、けれど、とりたてて大きな波紋を生むこともない。夕刻、洗濯物を取り込むおばあさんの視線の先、垣根の向こうの小さな広場には、10数人に増えた人々が見えるが……。
老後の理想形のような穏やかな暮らしぶりを、ほっこり和んで見ていると、えっ!と驚かされるラストが待っている。実のところ、この驚きのトゲは周到に仕込まれてもいる。安閑とした時間に侵入するラジオのニュースは、瞬間だけれど不穏な空気を撒いていく。垣根の外の広場にいる人々は、その数が段階的に増えてきて、どうやら雰囲気も変わってきている様子だ。
優しい暮らしのすぐそばにある対立や諍い、戦争を、映画は静かに浮かび上がらせる。役場の青年や郵便局員、電話で繋がっている遠方の娘、またおばあさん自身も含めて、思いやりと優しさに支えられた平和な日々。でも、すぐ傍では諍いが加速し、その先のどこかでは戦争が刻々と激化している。対比でもあり並列でもある構図だ。温かなコミュニケーションが失われた先にあるのが、諍いであり戦争であるのだから。
さりげなく大きなテーマを示唆する作品である。脚本・作詞はミュージカル界で活躍する脚本家にして演出家の上田一豪。巧みな脚本を映像化した森崎ウィンのタッチには温もりがあふれる。おばあさんを捉えるショットも移動するカメラも、彼女に寄り添うように静謐だ。淡々と、けれど、その奥には確かに燃えている意志を伝えてくる確かな撮影ぶり。真っすぐで、ケレン味など微塵もないのが、清々しく快い。
ミュージカル仕立てにしたのも効果的である。主人公と役場勤めの青年の気持ちが自然に寄り添い、歌になるシーンのなんと印象的なことか。優しく伸びやかな歌が、そのまま作品が醸す優しさに繋がっていくのだ。思いやりやコミュニケーションなしに人は生きられないこと、そして、それらの欠如が諍いや戦争に繋がっていくこと、といったテーマが、さりげなく伝わってくるミュージカル・シーンである。
このナンバーをはじめ全編を紡ぐ楽曲は小澤時史の作曲によるもの。作詞は前述の上田一豪。上田は「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」「GREASE」などのブロードウェイ・ミュージカルや「四月は君の嘘」「この世界の片隅に」などの大作オリジナル・ミュージカルを演出する一方、自らの劇団TipTapでオリジナル・ミュージカルを作り続けている。彼と長くクリエーティブコンビを組んでいるのが、小澤時史である。
2023年もこのコンビが作ったオリジナル・ミュージカル「星の数ほど夜を数えて」が評判になり、小澤は演劇界の権威ある読売演劇大賞優秀スタッフ賞を受賞した。森崎ウィンもこの作品を観て、自分の監督作にぜひ参加してほしいと切望したそう。願い叶って、ミュージカル映画「せん」のクリエーティブ・チームが誕生したのだった。
映画やテレビ、音楽シーンで大活躍の森崎ウィンだが、実は彼、ミュージカル界では次世代を牽引する大きな存在なのだ。歌と演技とダンスと。ミュージカル俳優に求められる資質を全てクリアして、かつ魅力的な個性の持ち主でもあるのだから。ブロードウェイ・ミュージカルの金字塔「ウエスト・サイド・ストーリー」Season2で主役トニーを演じて確かな歌と演技を披露し、ロンドン発の人気ミュージカル「ジェイミー」でドラァグクイーンになりたい高校生のジェイミーを繊細に演じ、東宝の大作オリジナル・ミュージカル「SPY×FAMILY」で主役の1人ロイドをコミカルにしてカッコよく演じる、といった多彩な活躍ぶりなのだ。
やはりブロードウェイの大作ミュージカル「ピピン」でもタイトルロールを演じているけれど、ここで共演したのが本作に主演する中尾ミエである。歌手デビュー以来60年のキャリアを誇る彼女が、70歳をすでに超えた頃に演じたのがピピンの祖母バーサ役だった。この役、空中ブランコに乗りアクロバティックなダンスを見せながら歌うという、とてつもない難役である。おそらく、森崎はここで中尾のパフォーマンスに魅了され、今度は思いきり正反対の穏やかなおばあさん役に起用したのではなかろうか。
彼女を見守る青年役に、元劇団EXILEの鈴木伸之。好青年にふさわしい素直な演技と涼やかな歌声を披露している。付け加えれば、ラジオのニュースを伝える声は津田健次郎である。
ちょっと見は、のどかで爽やかなミュージカル映画。その実、底に大きく苦いものも秘めた硬派の作品でもある。そう、どことなく森崎ウィンのキャラクターをほうふつとさせるような。まあ、作品カラーは監督のカラーを反映するものだし。
さて、この映画のタイトル「せん」とは、なんのことか。それは、観てのお楽しみ。というか、観た人それぞれが感じ取り、判断することであろう。
プロフィール
萩尾瞳(ハギオヒトミ)
映画・演劇・ミュージカル評論家。映画誌での映画評のほか、朝日新聞などでミュージカル評、そのほか舞台パンフレットに多数寄稿している。