演出家の大河内直子とプロデューサーの田窪桜子による演劇ユニット・unratoの第10回公演が、9月に上演される。
2017年のスタート以降、活動の半分以上をコロナ禍で過ごしながらも、堅実に演劇と向き合ってきたunratoが、保坂知寿、霧矢大夢、平体まひろを迎えて挑むのは、アントン・チェーホフ四大戯曲の1つである「三人姉妹」。1900年に執筆された本作では、将軍である父親の赴任先でメリハリのない田舎暮らしをすることになった姉妹3人の夢と現実が描かれる。
元劇団四季の保坂が長女・オーリガ、元宝塚歌劇団の霧矢が次女・マーシャ、文学座のホープである平体が三女・イリーナを演じる今回は、広田敦郎による新訳の上演台本が用いられる。出自の異なる3人は「三人姉妹」にどう臨もうとしているのか。ステージナタリーでは、本作に向けて初めて顔をそろえた3人に話を聞いた。特集後半では、出演者の近藤頌利、大石継太、内田健司が公演への意気込みを寄せている。
取材・文 / 大滝知里撮影 / Junko Yokoyama(Lorimer)
見どころは、現代人にも届きやすい新訳のセリフ
──演劇ユニット・unratoの10作目となる節目にアントン・チェーホフの「三人姉妹」が上演されます。今回は広田敦郎さんが新たに翻訳・上演台本を手がけますが、台本を読まれて、皆さんは今回の上演台本の面白みをどのような部分に感じられましたか?
保坂知寿 私はもともと、「三人姉妹」を文庫本で読んでいたのですが、今回の台本をいただいて、より現代に通じやすいセリフになっているなと感じました。今の人たちの話し言葉として自然な形になっているんです。古典ではどうしても、「~ですわ」と、普段の私たちの生活で使う言葉とはちょっとかけ離れていますよね。
霧矢大夢 おしとやかな言葉遣いですね。
保坂 そうそう。それが、今回はセリフを聞く人にとって、違和感なく言葉が入っていくと思います。
霧矢 私はお恥ずかしながら、この出演が決まってから初めて、ほかの方の訳で戯曲を読みました。まだ、広田さんの訳としっかりと照らし合わせることはできていないのですが、ふと台本を開いたら、私が演じるマーシャが恋心を抱く方と久々に会うというシーンで。再会までに2人の間には長い年月が流れているわけですが、「年をお取りになって」とマーシャが語りかけていたところが、「老けちゃって」となっていたんです。そのストレートさがツボで、思わず笑ってしまって(笑)。今回、言葉が直接的になったことで、よりナイフのように突き刺さるんじゃないかなと。そうすると、物語が“100年以上前に書かれたロシアの良い家柄の人々の話”という遠いものではなく、「この人たちも人間なんだ」と親近感を持って響くのではないかなと思っています。
平体まひろ 私も同感です。単語がわかりやすくアレンジされているので、お客様に情報がノッキングを起こさずに伝わるのではないかなと思いました。中でも気になったのは、私が演じる三女のイリーナと恋仲になるトゥーゼンバッハが、イリーナに対してタメ口で話していたことです。私がいくつか読んでいたものではトゥーゼンバッハが敬語を使っていたので、年下だけどイリーナのほうが身分が上であることを示しているのかなと思っていて。印象がかなり違ったので、より生っぽいやり取りができるのかなと。
“抱えながら”生きる人々と、回りくどさを愛したい
──皆さん「三人姉妹」には初めての挑戦ということですが、もともとこの戯曲に対してどのようなイメージを抱いていましたか?
保坂 私は一昨年にunratoさんの「楽屋~流れ去るものはやがてなつかしき~」に出演したんです(参照:保坂知寿・大空ゆうひ・笠松はる・磯田美絵が向き合う“生命の拮抗”「楽屋」開幕)。その幕切れに「三人姉妹」のセリフが出てきて、楽屋でお化けだった人たちが「三人姉妹」の練習をするんですね。……全然関係ないけど、実際に出演できることになって良かったなって。
霧矢・平体 あははは!
保坂 楽屋で練習していたお化けだったのに(笑)。そのときに少し「三人姉妹」について勉強しました。当時もコロナ禍ではあったのですが、人間は“現状を受け入れて、変わりながら生きていく”ということが今の時代とフィットして、共感するものがたくさんあるなと思いました。状況は少し改善されましたが、いつ何があるかなんて誰にもわからない。今こそ、何の確証もない世の中で、この作品に出てくる人たちのそれぞれの思いや物語がダイレクトに伝わるのではないかなと。大きな事件は起きなくても、いろいろなものを抱えながら淡々と日々を生きていく。人ごとではない話がいっぱい書かれているなと思いました。
霧矢 そうですよね。「三人姉妹」を読んで、私は“こういう物語である”とはっきりした答えは見つからないと思っていて。でも、すべてが完璧な表現はないし、完璧な人間もいないということが、チェーホフさんの戯曲を読むと思い起こされるんです。「キタキタ、この感じ!」というふうに(笑)。皆、ないものねだりをするんですよね。他人からは恵まれているように見える立場の人でも、内側にはうつうつと抱えているものがある。人間が持つ業や無情さが前面に出ていて、その閉塞感が作品のテーマかなと思っています。あと、今っていろいろなものがスピーディになっているじゃないですか。再生の速度とか、皆、速いねんな? 動画を1.5倍とか2倍とかの速度で観るでしょ?
平体 ああ! そうですね。
霧矢 「三人姉妹」の世界や書かれた当時は、1行で終わることを4ページかけて伝えたり、表現したりすることが普通だった。この作品を読んでそこに立ち返っても良いのではと思ったんです。わかりやすいものをわかりやすく受け入れるのではなく、せっかく演劇に触れているのだから、回りくどい表現を楽しもうよ!と(笑)。そういうことも今回、伝えられるのではないかなって。
──回りくどさを楽しむ余裕も必要ということですね。平体さんは「三人姉妹」はどのような物語だと思っていましたか?
平体 もともとすごく好きな作品だったんです。最初に戯曲を読んだときは「何でこんな滑稽な人ばかり出てくるんだろう」と思って、三人姉妹のことも好きになれませんでしたし、「不平不満ばかり言って!」と思っていました(笑)。でも読めば読むほど、多種多様な人間が好き勝手なことを言っていて、人と関わろうとして撃沈したりする。とても人間くさくて愛おしくて、良いなあと。観る人によって、キャラクターの好き嫌いがあるかもしれませんが、登場人物は皆、生きるうえでの自分なりの幸せの最大公約数を見つけていこうともがいている。そういう人たちから受け取れるものって、けっこう多いんじゃないかなと思っていて。全体としては「何の話だっけ?」みたいなことは起こりうるかもしれないのですが、たった一言に救われたり、誰かの思いに衝撃を受けたりと、いろいろな受け取り方ができて、「よし、自分も生きてみっか!」と前向きになれることもあるのではないかと思っています。なので今回、イリーナを演じるのがすごく楽しみで。共演させていただく先輩方もそうですし、作品も、台本も、すべて楽しみでしかたがないです。
──平体さんは、長女や次女の姿を見ながら、働くことに自分の理想を見いだす三女・イリーナを演じます。現時点でどのように役に近づいていきたいと思っていますか?
平体 時代も国も身分も、現代日本に生きる私とは違う子なので、近づいていくのは難しいなと感じているところです……。イリーナには、清純で真っすぐなイメージがあったのですが、でも、もっとドロドロとした感情が奥底にあるのではないかなと。2人の姉の姿を見たり、実際に働いてみたりしながら生まれる黒い感情をすくい上げながら、ときどき突き放されて、イリーナに「もう、何なのー!」と言いながら、役を作っていけたらと今は考えています。
保坂 面白い(笑)。
──保坂さんが演じるオーリガは、結婚をせず、教師として働く女性です。
保坂 オーリガは、一番何も書かれていない人なんですよ。物語には、姉妹の母親が出てこないので、きっと母親代わりのようなポジションにいた人。でも立場はそこまで強くないし、義姉妹のナターシャに変なことを言われるとビビっちゃったりして、繊細なんです。だから、役作りについてあまり色を決めないで取り組みたいと思っています。作品が書かれた当時は今より平均寿命が短くて、オーリガは28歳だけど自分のことを「年を取った」と何度も言うし、はつらつとしたエネルギーにあふれているわけでもない、良いオバさん。今だったら「私が演じて良いの?」と思うくらい若い人なのですが、当時の28歳はきっと今より“精神年齢”が高かったんだろうなと。あまり決め込まないで向き合いたいですね。
──霧矢さんは、先ほどおっしゃられたように、“久しぶり”に恋心を抱く人妻のマーシャを演じます。
霧矢 この物語の中では、“女性は社会的に立場が弱い”という前提があると思うんですよね。でも、オーリガは教師として自立しているし、イリーナは当時の若者代表のような感じで「働きたい」と言う。そんな中で、私が演じる次女のマーシャは、若い頃に結婚をした姉妹唯一の既婚者で、家に一番縛り付けられているんですよ。だから皆が話している間ずっと黙っていたり、しゃべり出したと思ったら急に歌い出したり、口笛を吹き出したりと、ちょっとだけ情緒が……ね(笑)。
保坂・平体 あははは。
霧矢 普段抑圧されているから、実は一番気性が激しい女性なのではないかなと思っています。常にイライラしている感じの役なので、自分の中にも溜め込むものを作って臨みたいなと。
──保坂さんと霧矢さんはunratoで過去に二人芝居「メアリー・ステュアート」で共演されました(参照:霧矢大夢&保坂知寿が果敢に挑む二人芝居「メアリー・ステュアート」開幕)。unratoではそれ以来の共演となります。
保坂 例えば初共演だと「どんな方かな?」という部分で自分の中の“がんばりスイッチ”を入れなければならないこともあるのですが、私はunratoさんでの初出演舞台が、よく知るきりやん(霧矢)との「メアリー・ステュアート」だったんです。演出の(大河内)直子さんが「稽古、やるう?」「もう終わってもいーい?」ってほんわかとした雰囲気でおっしゃってくれるので、もう癒やされちゃって。
霧矢 あははは! 知寿さん(保坂)とは、いろいろなミュージカル作品で共演させていただいていますし、unratoさんの「メアリー・ステュアート」では直子さん、知寿さんと挑ませていただいて。保坂さんには私の“しっかりしてそうでいて、そうでない部分”も見抜かれています(笑)。今回もお姉さん(保坂)に全幅の信頼を寄せて……。
保坂 私もそうですよ。平体さんだってしっかりしているよね? 平体さんとは初共演ですが、今日お話しされている様子を見て「大丈夫だ」って、もうわかった!(笑)
平体 そうですか!? よろしくお願いします(笑)。
“女優霧矢”を育てたunrato、芝居の神は細部に宿る
──今回は、共演者にunrato第1弾に出演された内田健司さんや、2.5次元舞台や映像でご活躍の近藤頌利さん、文学座の鍛治直人さんなど、多彩なキャスト陣がそろいます。文学座に所属されている平体さんはunratoというユニットにどのような印象をお持ちでしたか?
平体 私はunratoさんについて、出演していた先輩たちに話を……あまり聞いてはいないんですけど。
霧矢 そうなのね(笑)。
保坂 聞いてるのかと思った(笑)。
平体 観客として観ていましたが、目にとても美しく、耽美的な印象を受ける舞台を作られるなと思っていました。unratoさんの作品では、役者さんたちが“生の言葉”を発するんですよ。それは、大河内さんが役者から出てくるものを大事にされて、最後までいろいろなチャレンジをさせてくれるからだと、先ほど霧矢さんに伺って、とてもしっくりきました。皆さんが、自立して、演じ方を自ら選んで、楽しんでいるからこそ、イキイキとしたお芝居になっているんだなって。そんな現場で、しかもこれだけすごい先輩方がいらっしゃるので、常に自分を柔らかく持てるようにいたいですし、楽しみでしょうがないです。そこに飛び込んで、皆さんとのカクテル感を楽しみたいですし、お客様にもそこを楽しんでいただけたらと思います。
──霧矢さんはブロードウェイ・ミュージカル「I DO! I DO!」など、unrato初期から多数の作品に出演されてこられました。
霧矢 私が宝塚歌劇団を退団して2年後くらいに、unratoさんの作品に出させていただいて(編集注:unratoは2017年に旗揚げされたが、2014年に霧矢は大河内演出のブロードウェイ・ミュージカル「I DO! I DO!」に出演。第22回読売演劇大賞の優秀女優賞を受賞した)。“新人女優”としてみっちりと、イチから育てていただきました(笑)。ずっと男役をやってきましたので、女優の引き出しがほぼないような状態で、1人の女性を演じることを教えていただいたんです。そういう意味で、私にとってunratoさんは安心して臨める場所です。公演の規模がだんだんと大きくなる様子を見ながら、自分も積み重ねたものをお見せしたい、成長したいという気持ちで向き合っています。新米“女優”の頃から数えてようやく11年目ですが、女優・霧矢大夢の歴史はunratoなしには語れないかもしれないなと(笑)。
──unratoが作る舞台についてはいかがですか? 今回はチェーホフ作品ですが、三島由紀夫、清水邦夫、木下順二作品などといった多彩な戯曲に真摯に向き合うユニットのように感じられます。
保坂 私がunratoさんで最初にびっくりしたのは、すごくぜいたくだということ!
霧矢 衣裳とか、舞台美術とかですよね。
保坂 直子さんや田窪(桜子)さんの人脈だと思うんですけど、公演の規模はコンパクトかもしれませんが、レベルが高いスタッフさんたちが付いていて、ちょっとした動きでも殺陣の先生や所作の先生が来てくださるんです。ちゃんとしてもらえるというありがたさがあって。小さい空間でのお芝居って、あらが見えやすいんですよ。だからこそ舞台装置や衣裳、小道具が芝居の助けになったりするんですよね。総合的に豊かな芝居を作ってくれるというか。unratoさんの細部にまで行き渡った神経や丁寧さがお客様にも伝わって、回を重ねるごとに公演が大きくなっていっているのではないかなと、どんな立場での発言なのだろうと自分でも思いますが(笑)、そう感じます。
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観るところがいっぱい、“人間たち”のシンプルな物語