松田正隆と玉田真也が“海辺の町 二部作”を語る 「文化センターの危機」「シーサイドタウン」の行間に満ちた可能 (2/2)

観客が了解し、感じることで演劇が立ち上がる

──松田さん、玉田さんお二人の作品では、劇中における登場人物のキャラクターやポジションが最初から明確に設定されているのではなく、ほかの登場人物との関係性を幾重にも重ねることで、ぼんやりと人物の輪郭が浮かび上がってくるような印象があります。他者との関係性のレイヤーを重ねることで、初めて座標点が見えてくるような。

玉田 ある登場人物を描くとき、僕はできれば3面描きたいと思っています。例えば僕を描くとして、今のようにある意味公的な場にいる僕と、この取材が終わって玄関を出て松田さんと二人きりになったときの僕と、家に帰って家族と一緒にいるときの僕では、相手との関係性がそれぞれ違うので、書くことが変わってくる。その場合、3面くらい描くと、その人物がかなり充実する感じがあるんです。だから戯曲を書くときも一対一のシーンからじゃなくて、わりと大勢がしゃべったり会議したりしているような場面から想像することが多いんですけど、そういう場でその人が一番出してくる面を土台に、あとは他者との組み合わせでほかにどんな側面が見えてくるかを考えていきます。実際に出演してもらう俳優さんが決まっている場合は、その人自身のある一面をデフォルメして1つの面として捉えて書き始めることもあります。ストーリーよりもそういったことを優先して考えてしまうので、あとから辻褄合わせが大変になることはよくあるんですけど(笑)。

玉田真也

玉田真也

松田 この間上演していた「영(ヨン)」はそうやって生まれた作品じゃないかな、という感じがしますね。

玉田 そうですね。

松田 僕の場合は……まず俳優が演じる“登場人物”って面白いなという思いがあって。つまり、観客は場面Aと場面Bの両方を観ていて、その人物に2つの側面があることを知っているんだけど、登場人物本人は、自分に2つの側面があるということを知らない“体(てい)”になっている。そこが面白いなと。その“知らない体になっている”ことは重要で、不可思議な気がします。例えば劇中で舞台美術の窓から外を見ても、当然海は見えないわけです。でも俳優が“見えている体”にすることで海が見えるという二重性が生まれる。しかもその状況が持続することに演劇の面白さを感じます。

「영(ヨン)」(参照:“今までとは全く違うもの、でも今までの匂いもある”作品、玉田企画「영(ヨン)」開幕)には、ある登場人物にしか見えない人物が出てきましたが、あれも、登場人物自身は「この人が自分にしか見えてない」ということがわかっていなくて、でも観客は「この人物はあの人にしか見えていないんだ」と理解しているからこそ成立するシーンなわけですよね。

玉田 「영(ヨン)」は、見えない幻影みたいなものが自分の周りにつきまとっているという設定をベースに考えていったんですけど、実際には目の前に俳優がいるし、存在感も質感も感じるのに“いない風”に演じるのってすごくウソが大きいですよね。そのウソの大きさが面白さでもあるんだけど、一歩間違えると茶番になってしまうというか。観客は、「そのウソには付き合えないよ」っていつでもなりかねないから、塩梅が難しいと思いました。

松田 確かに演劇はイメージで見るから、“この人たちにとっては実在する存在なのに、別の人たちにとってはいないことになっている”というルールを観客がどう読み解き、了解してくれるは、難しい問題ですよね。また観客と共有するルールを、ただルールだけにしていくとつまらないので、そこは俳優と演出のせめぎ合いという部分はありますが……。でも僕が一番興味があるのはそこのところで、観客とルールを共有するというのはただこちらの事情だけを押し付けるということではないし、また観客が頭で理解するだけじゃなく、観客も一緒に読み解いて、“感じて”もらわないといけないと思うんです。

左から松田正隆、玉田真也。

左から松田正隆、玉田真也。

これからの配信演劇に対する思い

──今お話があった、観客とどうコンタクトし、何を感じてもらうかという意識は、お二人の作品から強く感じます。ただ、そのように観客との関係性を作る際に、劇場での上演と映像作品ではかなり意識するポイントが変わってくるのかなと感じます。コロナを機に舞台の配信も増え、玉田企画でも配信に取り組まれていますが、観客との距離感や関係性の作り方についてはどのように考えていらっしゃいますか?

玉田 劇場で上演する場合は、俳優から出ているセリフ以外の情報みたいなものが届く範囲のことをよく考えています。例えばボソボソとしたトーンでしゃべる演出の芝居があったとして、俳優から出ている音量は小さくても、身体から出ている情報の密度が高ければ声が小さくても届く範囲が広いということがある。逆に大きな声を出しても、情報の密度が低くてちっとも届かないということもあります。演劇では、そういった言葉以外の情報をどうコントロールするかが、俳優の技術や演出の問題になってくるわけですが、映像の場合はやっぱりフレームが持つ強さがあって。例えば先ほどお話ししたように、俳優から言語以外の情報を出してもらうと、映像ではフレームに対してうるさすぎたり、逆に観ている人に全然届かなかったりすることがあるんですよね。だから映像の場合は、観客との距離感をカメラが決めている感じがします。

松田 これはかなり難しい問題ですね……ただコロナ以降、ずっと問いかけられている問題だと思いますし、そもそもコロナ以前から私たちはかなりの映像端末に触れているわけで、この長方形の画面を通して日々かなりライブ感覚があるものに接しているし、外部の情報を常に(端末の中に)所持しつつそれに取り憑かれているという状況だと思います。という点で、配信演劇でもライブ感覚を摂取する時代になったと思いますし、“現前性──つまり、肉眼で目の前の俳優を見るということが演劇の特異な経験であり、それが重要だ”という言い方は、もう考え直さなきゃいけないだろうという思いがあります。

松田正隆

松田正隆

玉田 演劇の配信って、大体は客席から舞台を撮っているものが多いですが、それだとどうしても上演したものの劣化版という感じがしてしまって。劇場でやったあの空気をもう少し体験してもらうにはどうしたら良いんだろうと考えています。その1つとして、観客は俳優を客席側から観つつ、同時に舞台上の俳優から“観られている”視線も感じると思うんですね。もちろん、客席にいる人が俳優と同じ目線で見ることはできないわけですが、でもカメラを客席側だけじゃなく舞台上にも配置して、舞台上から客席の様子を捉えたカメラもあれば、その舞台を作る空気を少し伝えることができるんじゃないかなと思っています。

松田 そうですね。無観客ですが、犬飼勝哉さんが行っている連続配信演劇「アイランド」シリーズ(参照:連続配信演劇「アイランド 弐」に犬飼勝哉「配信演劇が本当に“可能”なのかという実験」)では、まさに配信を前提にカメラワークが考えられていて、舞台上も含めたあちこちにカメラを配置し、ライブ配信するということに取り組んでいます。犬飼さんは「うまくいかないかもしれないという前提もありながらやるのが重要」とおっしゃっていましたが、テレビドラマや映画でいうところのリバースショットがあったりすると、玉田さんがおっしゃるように舞台を観ている観客も映り込むようになるので、配信演劇を観ている観客にとっての現前性が生まれてくるかもしれないなと。あとは音声の問題も重要だと思いますね。

かといってマレビトの会では配信演劇をやったことがないですが(笑)、もしライブ映像で演劇を見せるなら、俳優の身体の現前性よりも、さっき玉田さんもおっしゃったフレーム全体として私たちが生の舞台をどう観るのか、ということを考えていく必要があると思います。つまり僕らの身体はフレーム化され、断片化され、そうやって切り取られた情報が観客に届けられているということを、改めて考え直す契機になっているんじゃないかなと思います。そう思うと、コロナによって演劇が上演できなかった時期を経て、今再び対面でお芝居を観るという状況になっていますが、「やっぱり劇場で観るのが良いよね」だけじゃない可能性を、配信の演劇はもたらしているんじゃないかと思います。

左から松田正隆、玉田真也。

左から松田正隆、玉田真也。

プロフィール

松田正隆(マツダマサタカ)

1962年、長崎県生まれ。マレビトの会代表。立命館大学在学中に演劇活動を始め、1990年に京都で劇団・時空劇場を結成。1997年の解散まで全作品の作・演出を手がける。1996年に「海と日傘」で第40回岸田國士戯曲賞、1997年に「月の岬」で読売演劇大賞作品賞、1998年に「夏の砂の上」で読売文学賞を受賞。2003年より拠点を京都に移し、演劇の可能性を模索する集団・マレビトの会を結成。2012年に再び拠点を東京に移した。主な作品に「cryptograph」「声紋都市 —父への手紙」、写真家・笹岡啓子との共同作品「PARK CITY」、「HIROSHIMA-HAPCHEON:二つの都市をめぐる展覧会」「アンティゴネーへの旅の記録とその上演」など。また2013年から2016年に「長崎を上演する」、2016年から「福島を上演する」と、それぞれ3年がかりのプロジェクトを実施した。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。

玉田真也(タマダシンヤ)

1986年、石川県生まれ。劇作家・演出家・映画監督。玉田企画主宰。2020年に第8回市川森一脚本賞を受賞。監督した「そばかす」が公開中。2月にテニスコート・神谷圭介との共同企画の、テアトロコント special / コントライブ「夜衝2」が上演される。