“あらゆる多様性があふれ、みんなで支え合う社会を目指す”パフォーミングアーツの祭典「True Colors Festival(主催:日本財団)」が、2019年9月から2020年7月まで開催中だ。本フェスティバルでは、障害・性・世代・言語・国籍など、多様な個性やバックグラウンドを持つアーティストのパフォーマンスを通して、彼らの才能やメッセージを伝えてきた。その1プログラムとして上演される劇団ファマリー「ホンク!~みにくいアヒルの子~」は、さまざまな障害のある俳優による新作ミュージカル。2月の日本公演に先駆け、本作は一足早く1月にアメリカで初演を迎えた。ステージナタリーでは12月下旬、ファマリーの芸術監督を務めるリーガン・リントンにSkypeでインタビューを実施した。「ホンク!~みにくいアヒルの子~」はファマリーにとって、大阪で上演された「ファンタスティックス!」以来5年ぶり2度目の来日公演。リントンに、上演に向けての思いや現場の様子、フェスティバル参加への意気込みを語ってもらった。
また特集の後半では、障害のある表現者や鑑賞者のサポートを行うビッグ・アイの事業プロデューサーであり、ファマリー来日の立役者である鈴木京子と、アートと障害者をつなげる活動に加え、自身も障害のあるアーティストとして活動し、5月に本フェスティバルでサーカス作品を創作するスローレーベル・栗栖良依のメッセージを掲載している。
取材・文 / 大滝知里
“超ダイバーシティ芸術祭”「True Colors Festival」が目指すもの
「True Colors Festival」の原型となる「国際障害者芸術祭」は、日本財団により、海外における障害者支援活動の一環として行われてきたもの。2006年にラオスとベトナムで初開催された同芸術祭はその後、カンボジアやミャンマー、シンガポールで、障害に対する意識の変化や自立の後押しを目的に実施されてきた。異なる国、異なる障害のあるアーティスト同士のコラボレーションを繰り返す中で、より多様な個性が出会う場にできればという日本財団の思いから、今回から“障害”という看板を外し、“超ダイバーシティ芸術祭”として開催される。障害の有無、多様な性的指向・性自認・性表現の在り方、国籍、言語、世代にかかわらず、すべての人がその人らしい色合い(True Color)を持ちながら生きていける社会の可能性を発信するべく、ダンス、音楽、ミュージカル、ファッションなど、さまざまなプログラムが用意されている。またプログラムにはワークショップやレクチャーなど、アーティストや当事者たちの生の声を聞く機会も設けられており、参加者はパフォーマンス作品を楽しむだけではなく、多様性への理解や知識を深めることができる。
「True Colors MUSICAL」リーガン・リントン インタビュー
青写真がないところから、成長・深化してきた
──ファマリーは、2019年に設立30周年を迎え、アメリカで長く活動を続けられてきました。障害者による舞台公演だけでなく、彼らの教育や就労・自立支援といった社会参加にも力を入れています。リントンさんご自身も車椅子利用の身体障害者で、俳優としても活動されていますね。
私は大学生の頃に交通事故で脊髄を損傷し、車椅子生活になりました。1989年にファマリーがスタートしたときには、障害者に対する世間の見方は今とずいぶん違いましたね。障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)(編集注:アメリカ政府における障害者政策を総合的に担う組織はなく、障害者政策全般にかかわる中核的な法律として「障害のあるアメリカ人法」「リハビリテーション法(Rehabilitation Act)」がある)が制定されたのが1990年。ファマリーはそれ以前に始まった団体で、活動初期ははっきりとした青写真がなかったんです。でもこの30年でアメリカ国内でも障害者に対する意識が変わってきたなと感じます。
──それは、どういうところにですか。
私が事故に遭った当時は車椅子の人が演劇をしている姿を観る機会はなかったんです。でも2019年のトニー賞では車椅子を利用する若手女優が助演女優賞に輝いた。若い障害者たちが、障害のあるアーティストが夢をかなえている姿を目にすることで、自分たちの可能性に対するマインドを広げていける。そんな状況になってきたことがうれしいです。近年では、どんな状況・状態の人も同等に求めるものを手にする権利がある“アクセシビリティー”に重きを置いた考え方も浸透してきました。そういった世の流れと共にファマリーも変化し、成長してきたと感じています。
──ファマリーは何を使命に活動しているのでしょうか。
1つには障害のある人たちのホームであること、また誰でも参加できる演劇“アクセスシブルシアター”のリーダー的存在になること、そして人々の視点を変革していくことです。どんな時代に、どの場所で、どういう人たちと仕事をしていくかでミッションは変わっていくものですが、この3つが、今我々が進めていきたいことですね。
なじみがあって、でも複雑なものにも触れられる
──ファマリーが新制作するミュージカル「ホンク!~みにくいアヒルの子~」は、「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」の招聘作品として2月に来日公演を行います。下敷きにしているのはアンデルセンの有名な童話ですが、なぜこの作品を題材に選んだのですか。
まずは、よく知られている作品であるということ。日本でも「みにくいアヒルの子」の題名で親しまれているように、いろいろな文化になじみがある物語を選びたかったんです。加えて一番の理由に、“トランスフォーメーション”、変身するというテーマが含まれていたことが挙げられます。
──“変身”ですか。主人公アグリーはアヒルの群れにいる、ほかのアヒルとは違うひな鳥です。周りのアヒルたちから醜いといじめられ、逃げ出した先の群れでもなじめなかった彼が、実は美しい白鳥だったというストーリーですね。
そう、この物語で描かれる美しいものへの変身という主題が、いろいろな質問に対する答えだと私は思っていて。美しいとされるものが、角度を変えれば実は違うように見えたりすることがありますよね。アグリーの姿を通して醜さとは何か、より深い意味での“変身”を提示できるのではと思ったんです。複雑なものに触れられる幅があることがこの作品の魅力ではないかと。
──ファマリーの公式サイトでは、“HONK!”という英字タイトルと共に漢字の“変換”が添えられています。
事前に日本人パフォーマーの鹿子澤拳さんと東野寛子さんが参加するということがわかっていたし、来日公演もあったので「ホンク!~みにくいアヒルの子~」のアートワークには、日本のお客様が注目し、考えてくれるような要素を加えたかったんです。我々の意図が伝わっているといいのだけど(笑)。
──なるほど。私は日本人なので、漢字にまず目がいって、どんな変換を見せてくれるのだろうとさまざまなイメージが想起されました。
イエイ!(笑) 原作ではアヒルの群れの中にいる主人公そのものが変わっていく過程がメインに描かれますが、実は今回、ちょっと違う趣向にしようと思っています。アグリーの変化というよりも、彼に対する周囲の見方や受け止め方が変わっていくような展開にしようかなって。
──それは、面白そうですね。
ありがとう(笑)。ファマリーが上演する演目の多くは、これまで大きな劇団やプロダクションが取り上げてきた既存の作品です。その中から何を基準に選ぶかと言うと、人間としての根本的なレベルでさまざまな人に響く作品であるかということ。障害のある人もない人も、それぞれ違う部分を持っている。シェイクスピアの戯曲は普遍的な人間性を扱っていますが、私もテーマや登場人物、または物語のどこかに観客が共感できるポイントがあることが大切だと思っています。障害のある人も、生まれて成長する過程には障害のない人と同じ人生のハードルがあり、喜びがある。でも、我々がアメリカにいてまだまだ大変だなと感じるのは、そういったことへの理解なんです。だからこそ、上演するのは人間を扱っている作品でありたいと思っています。
どれだけ真剣に臨んでいるか、オーディションは演出家と俳優が対峙する場
──ファマリーでは作品ごとに出演者をオーディションで選んでいますが、それはなぜですか。
障害者が出演する舞台を作る演出家の中には、オーディションをしなくても良いという人もいますね。でも、プロの世界ではオーディションを受けて参加するというプロセスが常。オーディションは小さな空間で小規模なお芝居をするようなものです。役者が人前に出て自分のスキルを洗練させていく機会であり、障害のあるアーティストにとっても、良い訓練になる。長年経験を重ねた俳優の中には「コールバック(編集注:あらかじめ人数を絞って主催者側が俳優を呼び出す形式)じゃだめ?」と言う人もいますが、皆が同じやり方で臨むのがフェアだし、リスクを冒して新しい一面を見せようとする姿から、その人がどれだけ真剣に向き合っているかを演出家が判断する場でもあるんです。
──「ホンク!~みにくいアヒルの子~」は日本公演に先駆け、1月11日からデンバー公演が行われます。12月末現在、作品のリハーサルが始まって4週間ほどになりますが、様子はいかがですか。
とても順調です。強いて言えば、先天性の聴覚障害を持つ鹿子澤さんとのベストなコミュニケーション方法を見つけるのに時間がかかりました。アメリカには日本語の通訳・手話通訳者が少ないので、彼自身もアメリカ手話を勉強してくれました。でも、ステージマネージャーが文字を打ち込み、それを可視化して伝えるキャプションシステムという方法が、一番スムーズなやり取りに落ち着きました。彼はこの物語でお腹の空いた猫を演じますが、私が観た中でも独自の身体表現をクリエイトする有能なダンサーの1人。また、アヒルの子とペニー役を担当する東野さんは右指欠損のミュージカル俳優ですが、役ごとに異なる焦点の掘り下げ方をしていて心のこもった演技を見せています。2人ともすんなりと集団に溶け込んでいますし、特別な才能の持ち主です。
──個人に合ったコミュニケーションの取り方をされているとのことですが、舞台創作の現場では、たとえ同じ母国語の障害のない人同士であっても意思の疎通が難しいことがよくあります。障害者同士が集まる現場ではどのような難しさがあるのでしょうか。
私自身、障害者としての自分の状態は常に理解していますが、仲間たちが何を求めているのか、周囲が理解するのは難しいなと感じます。演劇は共同作業のうえに成り立つ芸術なので、コミュニケーションは最も大事なツール。普通、舞台を作るときはアーティストがその環境に順応して自分を変化させていくことが多いと思うんです。でも、ファマリーは俳優に創作プロセスを合わせていく。例えば、稽古期間を長く設けたり、休憩時間を何度も取ったり。視覚障害のある俳優にはスペースを把握するために場所を探ってもらう時間を取りますし、演出家には、自閉症の俳優に対してはっきりと演出意図を伝えることを意識してもらっています。最初にみんなにアンケートを取ってニーズを聞きますが、稽古中も何が足りていないかを確認し合って、それぞれが発言できる環境を作っていくんです。恥ずかしさを取っ払い、安全な空間だという認識を持ってもらうことが大切なんですね。
──今のお話を聞いて腑に落ちたのですが、ファマリーの過去の舞台映像を観ていて、とてもハッピーな印象を受けました。それは出演者にきちんと目がかけられ、丁寧なやり取りがあるからなんですね。日本では、演出家は稽古に厳しい態度で臨むイメージが強いのですが……。
それは日本の演出家に限った話ではないかも(笑)。でも、我々のアプローチはいわゆる商業演劇とは哲学的に違います。演出家の中には自分のビジョンを具現化させるために俳優がいるという捉え方をする人がまだ多い。障害のあるアーティストたちと一緒に舞台を作る演出家は、全体のピースをうまくはめつつ、個々の最善を引き出せる人であってほしいと私は思います。アメリカにもこういった考え方の演出家が増えるといいなと。
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枠組みの中で、自由を伸ばしていく