「True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭-」は障害や性、世代、言語、国籍などのあらゆる多様性を享受し、人々が支え合える社会を目指すことを目的としたフェスティバル。2019年9月から2020年7月にかけて東京を中心に大阪・熊本で開催されたが、新型コロナウイルスの影響で、会期半ばから多くの演目が公演中止せざるを得なくなった。そして2021年、改めて「True Colors Festival -超ダイバーシティ芸術祭-」の開催が決定。そこでダレン・オドネル率いるママリアン・ダイビング・リフレックスの「私がこれまでに体験したセックスのすべて」が日の目を見ることになる。
ステージナタリーでは昨年2月、本番を2週間後に控えた稽古場を取材していた。本作では長期の稽古とキャストに対するインタビューをもとに脚本が作られていく。来日し、キャストと共に熱心に稽古に励んでいた演出家のオドネルは、2021年版ではリモートで返し稽古を行っている。作品の土台がどのように構築されていったのか、昨年の稽古場の様子を振り返る。
取材・文 / 大滝知里 撮影 / 川野結李歌
「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」とは?
2006年にスタートした「国際障害者芸術祭」は、日本財団による海外での障害者支援活動の一環。ラオス、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、シンガポールなどで開催され、国や障害の隔てなくアーティストたちがコラボレートすることで、より多様な個性が出会う場を目指す。
2019年より「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」とタイトルを改め、多様な個人の色合い(True Color)が享受される社会の可能性を発信する。コロナウイルスで日常が一変した2021年は、人とつながることや共に楽しむことを再認識できるようなプロジェクトが開催される。
稽古場レポート
ドキドキしながら稽古場へ…そこで観たものは?
2020年、2月。前年9月より開催されていた「True Colors Festival-超ダイバーシティ芸術祭-」の1演目、ママリアン・ダイビング・リフレックス / ダレン・オドネル「私がこれまでに体験したセックスのすべて」の稽古場を訪れた。
ママリアン・ダイビング・リフレックスは、出演者と観客の対話を促すようなオリジナルの作品を作り続けているアーティスト集団。その代表作「私がこれまでに体験したセックスのすべて」は、2010年の初演以降、世界14カ国22都市で上演されてきた。本公演ではさまざまなバックグラウンドを持つ一般人がキャストとして登場するが、今回は公募で集められた日本人参加者たちが自らの“セックス”や“体験”を共有する。
本作は、タイトルの語感の強さに加え、「セックスについての体験談が演劇として成り立つの?」「知らない誰かの性体験の生々しい描写を聞くなんて……」という疑問と衝撃で、フェスティバルに注目していた演劇ファンの中でも話題を呼んでいた。一体何を観てしまうのかという、不安と興奮が入り混じる気持ちで迎えた取材当日、本番まで3週間を切ってヒリついた雰囲気を覚悟しながら稽古場の扉を開けると、そこには長テーブルに並んで座った60歳以上に見えるシニア数名と、彼らの前で手を上げ、リズムに乗って踊りまくる演出家ダレン・オドネル、ママリアン・ダイビング・リフレックスのスタッフたちの姿があった。
♪とぼけた顔してババンバーン、とザ・スパイダースの名曲「バン・バン・バン」に合わせて楽しそうに踊る人々。その様子を見たオドネルは、「少しノリが強すぎるな」と言いながら、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」、ザ・ベンチャーズの「バットマン」を流した。どれも1960年代にヒットした楽曲で、曲が流れるたびによわいを重ねたキャストの顔がほころぶ。オドネルが1人の手を取り、チークダンスに誘うなど、稽古場はとてもリラックスした雰囲気だった。続けて沢田研二の「勝手にしやがれ」、ABBA、ピンク・レディーの「UFO」などがかかり、稽古場はディスコ状態に。初めは「踊れないかも……」と不安を口にしていた出演者も、とうとう自ら立ち上がり音楽に身を委ねた。どうやら自分たちが踊りやすい楽曲をそれぞれに探しているようだ。
100年の個人史をつづる、絵巻物ステージ!
彼らが“やりやすい”を探していた理由は、作品の構成にあった。出演者は、全国公募で集まった六十代から七十代までの一般の男女5名。「私がこれまでに体験したセックスのすべて」では、ママリアン・ダイビング・リフレックスのスタッフが約1カ月かけてその地域に滞在し、綿密な稽古を経て作品を練り上げるが、障害者やトランスジェンダーがこの作品に出演するのは日本公演が初めてとなっていた。
舞台上では各人の、生を受けてから1年ごとの様子がモノローグ形式でつづられ、最年長のキャストが生まれた1946年を起点に物語が進んでいく。時代を追うごとに出演者が参加していき、彼らの成長に伴う心身の変化や青年期の甘酸っぱいエピソード、人生を変えるような局面が壮大なクロニクル(年代記)のドキュメンタリー演劇として立ち上がる。冒頭、稽古場で流していた楽曲は、10年ごとに挟み込まれるダンスタイムの音楽で1950年代、1960年代、1970年代……と懐かしいメロディが年代ごとに用意されていたのだ。
この作品の台本は、2019年の年末に1名につき約4時間かけて行われたインタビューをもとに作られた。筆者が稽古場を訪れた日は、出演者ができあがったばかりの台本を手に、“最初の25年”を試し読みしていた。個人史を公にする作品に応募した人たちとはいえ、いざ読み始めると声がこわばりつっかえることも。その様子を見て、オドネルは「歩きながらセリフを読んでみて。それから、最後のセリフを読む前に1度大きくジャンプしてみよう」と提案する。照れなのか、「えー!」という反応を見せながらもチャレンジする出演者たち。セリフを読み終えるごとにオドネルが「ブラボー!」と声をかけ、称賛の拍手を贈ると、空気がふわっと軽くなり、稽古場は高揚感に包まれた。さらに彼は、セリフを読み終えたあとの称賛をその場にいるスタッフたちにも促し、全体のテンションを上げていく。活性化された空気感は良い相乗効果を生み、車椅子ユーザーの女性が「ジャンプする代わりに、私は車椅子に乗ってターンをしてみたい」と自ら発言するなど、積極的な創造の場へと発展した。
“場の空気感を作り込む”、これが演出家・オドネルの強みだ。実際、彼はソーシャリー・エンゲイジド・アート(編集注:ロンドンの近現代美術館テート・モダンやカリフォルニア大学バークレー校などを中心に研究されている潮流。通称「SEA」)と呼ばれる、参加・対話を通じて人々の日常や社会制度に“変革”をもたらすことを目的としたアーティスト活動の第一人者でもある。彼の作品では開演時にキャスト・観客の全員が「この場で見聞きしたことを一切口外しない」という誓いを立てる。宣誓によって、出演者はより心を開いてパフォーマンスに臨むことができ、観客も協働する心境になれるという、オドネルが“社会の鍼治療”と呼ぶ演出方法だ。宣誓は稽古場でも行われた。
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そのときの情景、抱いた感情をトレースする