ライブエンタテインメントの入り口はどこでもOK
──2.5次元作品で活躍する若手俳優の方々とご一緒する機会が多い茅野さんは、かねてから「若い俳優たちを育てたい」とおっしゃっています。そんな茅野さんから観て、花形の歌舞伎俳優たちの活躍はどのように映りましたか?
まず、若手俳優の方が大きなお役をもらって活躍できる場があることが素晴らしいですよね。歌舞伎には熟練した芸を観る面白さもあるけれど、若い俳優さんにしか表現できないこともある。特に義輝妹紅梅姫 / 髭切役の莟玉さんにその魅力を感じました。それぞれの俳優さんが持っているものが、キャラクターを演じる中でにじみ出てくることこそが演劇の醍醐味だと思うし、僕が若い俳優たちと「ミュージカル『刀剣乱舞』」で挑戦していることにも通じる部分があると思います。
──「ミュージカル『刀剣乱舞』」の中心的ファンである二十代から三十代の方の中にも、「ミュージカル『刀剣乱舞』」をきっかけに日本文化や歌舞伎に触れた方々が多いのではないでしょうか。
きっとそうでしょうね。これは常々言っているんですけど、こんなにいろいろなジャンルの演劇が同時期に上演されている国はそうそうないですよ。歌舞伎、能、狂言、人形浄瑠璃文楽、ミュージカル、新劇、新派、小劇場、2.5次元……。小劇場の中にもエンタテインメント系の作品から社会派の作品、アングラの匂いを残した作品までさまざまな作品がありますし、2.5次元作品も今や“2.5次元”という言葉ではひとくくりにできないほど多岐にわたっています。
入り口はどこでも良いんです。例えば、今回のシネマ歌舞伎「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」を観て、「生のライブエンタテインメントを観てみたい」と思う人が増えたらうれしいですよね。
「ミュージカル『刀剣乱舞』」最新作は“決定版”
──2024年3月10日に開幕し、5月6日まで上演が続く「ミュージカル『刀剣乱舞』」最新作「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~
「ミュージカル『刀剣乱舞』トライアル公演」(2015年)から「ミュージカル『刀剣乱舞』」に登場している三日月宗近と加州清光が久しぶりに本公演に帰って来て、近年の作品で三日月宗近に代わってこの本丸を支え続けてきた鶴丸国永が、ついに三日月宗近と本公演で出会います。演出家の僕ですら、上演決定時からワクワクしていましたよ(笑)。僕の中で、刀剣男士を演じるキャストは3世代に分かれているイメージがあって、第1世代は「ミュージカル『刀剣乱舞』」黎明期から支えてきてくれたキャストたち、第2世代は「つはものどもがゆめのあと」以降のキャストたち、第3世代はコロナ禍以降に出演してくれたキャストたち。今回の“決定版”では、3世代のキャストがすべてそろいます。「陸奥一蓮」で一番描きたかったのは、刀剣男士同士の関わり合い。これまでの作品では、どうしても刀剣男士対歴史上の人物の物語がメインになっていたので、今回はいつも以上に刀剣男士同士のやり取りを描きたい、ということを意識しました。
──「ミュージカル『刀剣乱舞』」と「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」で重なる部分も多く、例えば「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」における三日月宗近と足利義輝の関係性を見て、「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~結びの響、始まりの音~」(2018年)で、和泉守兼定がかつての主・土方歳三と対峙するシーンを思い起こしました。
そうですね。あのときの和泉守兼定は土方歳三を殺すことができなかった。だからこそ陸奥守吉行の助けが必要だったし、そういう弱さを持っているのが「ミュージカル『刀剣乱舞』」の和泉守兼定の魅力だと思っています。ほかの本丸の和泉守兼定は、任務のためならば主を斬ることができるかもしれません。しかしながら、三日月宗近はそこで躊躇するような刀剣男士ではないということを、「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」を観て実感しました。
それぞれの本丸に良さがある
──「ミュージカル『刀剣乱舞』」のほかにも、「新作歌舞伎『刀剣乱舞』」や「舞台『刀剣乱舞』」など、さまざまな本丸が存在しています。茅野さんが「ミュージカル『刀剣乱舞』」を演出するうえで、「刀剣乱舞 ONLINE」のメディアミックス作品から影響を受けることはありますか?
意外と影響を受けなかったですね。ただ、自分がまだ若く、表現者として確立されていない頃だったらもっと影響されていたと思います。「刀剣乱舞 ONLINE」を原案にしているという共通項はあれど、携わっているクリエイターそれぞれに描きたいことがあって、重きを置いている部分はまったく違う。ほかのメディアミックス作品を観て、「この表現、とても素敵だな」と思うことはもちろんあります。でも、自分たちが描き続けているものの文脈にハマらなければ、その要素を取り入れることはできません。とは言え、いろいろなお芝居を観たり、音楽を聴いたりして感じたものはすべて自分の肥やしになっているので、無意識のうちにそれが「ミュージカル『刀剣乱舞』」に反映されていることはあると思います。ですが、芯にあるものはブレずに作ることができているんじゃないかなと。
「刀剣乱舞 ONLINE」の素晴らしいところは、懐の深さや間口の広さにあるんだと、「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」を通じて改めて感じました。シネマ歌舞伎版を観て、「こういう本丸もあるのか!」ということを知ってもらえたら、「刀剣乱舞 ONLINE」ファンの方の想像力がさらに膨らむと思います。現に、僕は想像力が膨らみましたから! また、「歌舞伎を観に行くのは少し敷居が高いな……」と迷っている方が初めに観る作品としても適しているんじゃないかと思います。カメラアングルやカット割りにすごくこだわって映像化していらっしゃるので、一度劇場でご覧になった方も、シネマ歌舞伎版を観たらまた新しい発見があるはずです。
プロフィール
茅野イサム(カヤノイサム)
演出家。1986年、善人会議(現・扉座)に俳優として入団。2023年、自身の創作活動の場として「悪童会議」を旗揚げ。「ミュージカル『刀剣乱舞』」では、2015年のスタート当初から演出を担当。現在、「ミュージカル『刀剣乱舞』」シリーズの新作公演「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~