それぞれの本丸に良さがある…茅野イサムが語るシネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」

2023年7月に上演された、刀剣育成シミュレーションゲーム「刀剣乱舞 ONLINE」初の歌舞伎化作品「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」が、シネマ歌舞伎としてスクリーンに登場。4月5日から全国の映画館で上映される。尾上松也が演出と三日月宗近役を担った「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」では、将軍・足利義輝が暗殺された永禄の変を材にした物語が描かれ、足利義輝 / 小狐丸役を尾上右近、松永久直 / 同田貫正国役を中村鷹之資、義輝妹紅梅姫 / 髭切役を中村莟玉、膝丸役を上村吉太朗、小烏丸役を河合雪之丞が勤めた。

ステージナタリーでは、「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」のシネマ歌舞伎化を記念し、「刀剣乱舞 ONLINE」を原案とした「ミュージカル『刀剣乱舞』」シリーズの演出を手がける茅野イサムにインタビュー。上演時、「どうしても生で観たい!」と新橋演舞場へ足を運んだ茅野の目に、“歌舞伎本丸”はどのように映ったのか? 「ミュージカル『刀剣乱舞』」の話題も交えながら、「刀剣乱舞」というコンテンツが持つ魅力について語ってもらった。

取材・文 / 興野汐里撮影 / 須田卓馬

どうしても生で観たかった「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」

──茅野さんは、歌舞伎をはじめとする日本の伝統芸能を参考に、ご自身の手法で「ミュージカル『刀剣乱舞』」の演出を手がけています。茅野さんは普段から歌舞伎をご覧になりますか?

僕が所属していた扉座の横内謙介による芝居「きらら浮世伝」(1988年)で中村勘三郎(当時は五代目中村勘九郎)さんが、主人公・蔦屋重三郎を演じていたのですが、「きらら浮世伝」を観たことがきっかけで、勘三郎さんの大ファンになったんです。それから、渋谷・コクーン歌舞伎や平成中村座など、勘三郎さんの活動を追いかけるようになりました。

その後も歌舞伎を観に行くことはあったんですが、「ミュージカル『刀剣乱舞』」の演出をさせていただくようになってから、「日本の伝統芸能を勉強しないと良い作品を作ることはできない」と考えるようになって、歌舞伎や人形浄瑠璃文楽などを積極的に観に行くようになりました。歌舞伎と刀剣は切っても切り離せない関係で、歌舞伎の作品にはよく刀剣が登場しますよね。僕らも「ミュージカル『刀剣乱舞』 髭切膝丸 双騎出陣2019 ~SOGA~」(2019年)や、その再演「ミュージカル『刀剣乱舞』 髭切膝丸 双騎出陣 2020~SOGA~」(2020年)で、曽我十郎・五郎兄弟の敵討ちを描く“曽我物”を上演させていただいたことがあります。

茅野イサム

茅野イサム

「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」が上演されると聞いたときから、「歌舞伎と『刀剣乱舞 ONLINE』は親和性が高いから、きっと素敵な作品になるだろう」と期待していました。しかも、出演する俳優陣は尾上松也さんや尾上右近さんという、新しいことにチャレンジされている方々。勘三郎さんも、古典を守りつつ、どんどん新しいことに挑戦する精神をお持ちでしたよね。“今、この時代に作るべきもの“を作り続けている歌舞伎俳優の方々が、自分が携わっている「刀剣乱舞 ONLINE」というコンテンツを新作歌舞伎化するということで、すごく誇らしい気持ちになったのを覚えています。「これはどうしても生で観たい!」と思って、新橋演舞場へ足を運びました。

とある表現に感激、「ああ、やられた!」

──「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」が、シネマ歌舞伎としてよみがえり、4月5日から全国の映画館で上映されます。公演をご覧になって、印象的だった場面を教えてください。

まず冒頭の、三条宗近が刀を打つ場面をじっくり時間をかけて丁寧に表現しているところ、松也さん扮する三条宗近が三日月宗近に早替わりするところにこだわりを感じました。あとは何と言っても、セリフで使われている日本語が美しい。

三日月宗近「月の剣はすなわち三日月、闇夜を照らす月光に、星輝けど勝つことあたわず」

このセリフを聞いて、日本語が持つ言葉の力やリズムの心地良さを改めて感じました。

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、後列左から尾上松也扮する三日月宗近、河合雪之丞扮する小烏丸、前列左から上村吉太朗扮する膝丸、中村鷹之資扮する同田貫正国。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、後列左から尾上松也扮する三日月宗近、河合雪之丞扮する小烏丸、前列左から上村吉太朗扮する膝丸、中村鷹之資扮する同田貫正国。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

──三日月宗近、小狐丸、同田貫正国、髭切、膝丸、小烏丸の6振りがそろい踏みする名乗りには、「白浪五人男」の通称で知られる古典歌舞伎「弁天娘女男白浪べんてんむすめめおのしらなみ」稲瀬川勢揃いの場面を彷彿とさせる演出が取り入れられていました。

中村莟玉さん扮する義輝妹紅梅姫が三日月宗近に対して恋心を抱いていることを打ち明けたとき、「ああ、やられた!」と思いましたね。義輝妹紅梅姫を女方の俳優さんが演じることで、生々しい表現になりすぎない効果がある。また、そのシーンで三日月宗近が義輝妹紅梅姫に言ったセリフにも衝撃を受けました。

「もし、紅梅姫様、あなた様のその思いは所詮叶わぬ恋とお諦めくださりませ」

このはっきりとした断り方! まさに三日月宗近らしいセリフですよね。

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上松也扮する三日月宗近、中村莟玉扮する義輝妹紅梅姫。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上松也扮する三日月宗近、中村莟玉扮する義輝妹紅梅姫。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

──三日月宗近は、刀剣男士の中でも“刀らしく”無機質なところがあるので、その性格を象徴するようなシーンだと感じました。

義輝妹紅梅姫の気持ちが三日月宗近に伝わっていないわけではない、というのは松也さんのお芝居を観て伝わってきました。でもそのうえで、「ああ、三日月宗近は人間ではなく、刀剣男士なんだ」ということを思い知らされる場面でしたよね。僕らも「ミュージカル『刀剣乱舞』」を通して、刀剣男士が人ならぬものであることを描いてきましたが、ああいった表現方法もあるのかと新鮮な気持ちで拝見しました。

その三日月宗近と義輝妹紅梅姫による掛け合いのあと、舞台上の盆が回り、足利義輝が登場する場面も印象深いシーンの1つです。屋敷の庭に大きな月が夜空に浮かんでいるあの舞台美術には、歌舞伎ならではの絵画的な美しさがありました。歌舞伎の舞台美術やお衣裳を拝見するたびに、歌舞伎は伝統芸能でありながらポップアートでもあるといつも思うんです。

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上右近扮する足利義輝、尾上松也扮する三日月宗近。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上右近扮する足利義輝、尾上松也扮する三日月宗近。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

そのシーンでもまた、三日月宗近はかつての主君である足利義輝から思いを打ち明けられます。

「あの三日月を眺むるたびに、不思議と余の胸に思い浮かぶのは、宗近、そなたのことなのじゃ。改めてそなたに問う。余の家臣として仕えてくれぬか」

そう言われても、三日月宗近には現在仕えている審神者がいるので、足利義輝の申し出を引き受けるわけにはいきません。そして足利義輝はさらに続けます。

「余が再三再四、そなたを家臣に望むそのわけは、十三代将軍義輝が目指すところのまつりごと、それをそなたの様に天に輝く月のごとく澄んだ心で支えてくれるたのもしき家臣が欲しいからじゃ。いま家臣として付き添う者共や諸国の大名どもは、将軍と崇めながらも、隙があらば、将軍職を奪わんよこしまな心底が垣間見える者ばかりじゃ。あれほど望んだ天下の将軍職がこれほど空しき勤めとは」

足利義輝が三日月宗近の性分をしっかり見抜いていることがわかる、素晴らしい場面だと思います。それでもやっぱり三日月宗近は、自分の正体が刀剣男士であることを明かすことはできないし、この先の未来で何が起こるのかを話すこともできません。しかしここでのやり取りが、三日月宗近と足利義輝が刃を交える大詰のシーンで、我々にカタルシスを与えてくれるんです。三日月宗近は刀剣男士の宿命として、正しい歴史を守るためにかつての主君に刃を向けなければならない。切なく美しいこの場面で、ゆっくりとしたリズムで刀と刀を合わせる歌舞伎的な殺陣ではなく、相手の骨や肉を断つようなリアルな殺陣がつけられていたのも印象的でした。また、笛と二十五絃箏の音楽が、戦っている2人の間に流れる静けさを際立たせていたと思います。言うなれば、幽玄という表現が近いのかな。「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」で使用されている音楽は現代的なメロディが多い印象があるんですが、義太夫や邦楽器、ツケなどを用いた歌舞伎らしい表現がなされていて、現代的な表現と古典的な表現がうまく融合していると感じました。

茅野イサム

茅野イサム

歌舞伎のおおらかさ

──三日月宗近役の松也さんは、尾上菊之丞さんと共同で「新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐』」の演出を手がけており、「『刀剣乱舞 ONLINE』ファンの1人として、ファンの心を無視しないように作り上げたい」という思いで本作を立ち上げた、と製作発表記者会見でおっしゃっていました(参照:コンセプトは古典歌舞伎!刀剣乱舞歌舞伎に尾上松也ら意気込み、尾上右近「面長は気にしないで」)。

観劇した当初、松也さんの連絡先を存じ上げなかったので、演劇プロデューサーの松田誠さんにつないでもらって、「歌舞伎界を変えるのは松也さん、あなたです!」と思いを伝えました(笑)。菊之丞さんの振付も素晴らしかったですね。歌舞伎だけではなく、現代劇のさまざまな表現方法も取り入れていて巧みだなと思いました。

──「刀剣乱舞 ONLINE」の刀剣男士たちのテーマソング(近侍曲)をアレンジした楽曲を劇中にちりばめるなど、「刀剣乱舞 ONLINE」の要素を大切にする一方で、古典歌舞伎の伝統を踏襲し、足利義輝役と小狐丸役を尾上右近さん、松永久直役と同田貫正国役を中村鷹之資さん、義輝妹紅梅姫役と髭切役を中村莟玉さんが、それぞれ2役を勤めました。

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上右近扮する足利義輝、尾上松也扮する三日月宗近。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上右近扮する足利義輝、尾上松也扮する三日月宗近。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

小狐丸は三日月宗近と同じ三条宗近作の刀と言われているので、「ミュージカル『刀剣乱舞』」でもほかの刀とはまた違った、強固な結びつきがある2振りとして関係性を描いています。足利義輝と小狐丸の2役を右近さんが演じていることもあり、大詰の戦いでは足利義輝に小狐丸の姿を重ねて観ていた部分がありましたね。それから、2役を担っている俳優さんたちのユニークなやり取りも好きでした(笑)。

小 狐 丸「此度の歌舞伎の本丸では、我らはことさらに忙しいのだ。のう髭切」
髭   切「小狐丸の云うとおり、我らがことさら忙しくなったのは、宗近お主が決めたことではなかったか」
同田貫正国「おおそれにだ、俺もなかなか忙しい」
三日月宗近「そうであった。たしかに、そなたたちを殊更忙しくさせたのは、まぎれもなくこのじじぃであった」

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上松也扮する三日月宗近、尾上右近扮する小狐丸。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

シネマ歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」より、左から尾上松也扮する三日月宗近、尾上右近扮する小狐丸。©︎NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会

“此度の歌舞伎の本丸”と言い切っているところや、三日月宗近役の松也さんが演出を務めていることを匂わせる、いわゆるメタ表現が成立することも、歌舞伎のおおらかさがあってこそ。また、原案となった「刀剣乱舞 ONLINE」自体にも、歌舞伎のようにさまざまなものを受容する懐の深さがあることを感じた場面でした。