「トリツカレ男」が、約9年ぶりに新たなキャストで上演される。いしいしんじの同名小説をもとに、成井豊が脚本・演出を手がけた本作は、何かを好きになると、寝食を忘れて没頭してしまう“トリツカレ男”ジュゼッペが主人公のラブストーリー。2007年に演劇集団キャラメルボックスで初演されると、ジュゼッペのピュアでまっすぐな生き様と、歌やダンス、ジャグリングなどの華やかなパフォーマンスに多くの観客が心を打たれ、2012年には再演もされた。
NAPPOS PRODUCEによって3度目の上演を迎える今回、ジュゼッペ役を務めるのは梅棒の野田裕貴。ヒロイン・ペチカ役にはキャラメルボックスの原田樹里、そしてジュゼッペの親友・トト役には、初演・再演でジュゼッペ役を演じた畑中智行がキャスティングされた。新たな布陣で挑む2021年版「トリツカレ男」に向けて、成井、そして野田、原田、畑中に熱い思いを語ってもらった。
取材・文 / 熊井玲(P1)、櫻井美穂(P2)撮影 / 祭貴義道
成井豊が語る、「トリツカレ男」の魅力
舞台化のきっかけは、クライマックスのとあるシーン
──いしいしんじ作品といえば、坪田譲治文学賞を受賞した「麦ふみクーツェ」、三島由紀夫賞候補となった「プラネタリウムのふたご」「ポーの話」「みずうみ」など名作がたくさんあります。その中で、成井さんが「トリツカレ男」を舞台化されようと思ったのはなぜですか?
いしい先生の作品で一番最初に読んだのは「ぶらんこ乗り」で、すごい衝撃を受けて、「この人の作品は全部読まないといけない!」と思ったんですね。で、2冊目で読んだのが「トリツカレ男」で、「ぶらんこ乗り」以上の衝撃を受けて。ただ「ぶらんこ乗り」のときは舞台化したいとは思わなかったんですけど、「トリツカレ男」は、「ぜひこれを舞台でやりたい!」と思ったんです。それでいしい先生にご連絡差し上げて、1回だけお食事をしました。そのとき、先生がこれは奥さんのことを書いた実話だとおっしゃって、衝撃でしたね(笑)。だってこの話が、実話とは。
──小説を読みながら舞台化のイメージが湧いたんですか?
そうではないですね。クライマックスのはしごのシーンが、まったく先読みできないなと思って、「ここを舞台でやりたい!」と思ったんだと思います。
──あのシーンは、舞台版でも大きな見せ場になっています。
ええ。あのシーンには思い入れがありますね。
「トリツカレ男」は、今という時代に合う作品
──これまでのインタビューで、成井さんは原作ものに取り組む際、原作の文体や世界観を大事に舞台化するとおっしゃっていました。「トリツカレ男」について、特に意識したことや大事にしたところはありますか?
原作を大切にする人間であるにもかかわらず、もっとも変えちゃったのが「トリツカレ男」じゃないかな(笑)。何しろ、原作は登場人物が5・6人しかいませんが、かなり増やしちゃいました。それと、原作はポエジーというか、美しくもあるけれどちょっと暗いところもあるのですが、思い切ってにぎやかな方向性にしたんです。ただジュゼッペとペチカに関しては、原作とは変わってないだろうと思います。つまり、盛り付けるお皿を変えただけで、メインの2人は原作とほぼ同じ。そこは大切にしなきゃと思いました。
──原作は短編小説ですが、歌やダンスのほか、ジャグリングといったパフォーマンスのシーンが盛り込まれ、キャラメルボックスで初演・再演した際は上演時間が約2時間ありましたね。
パフォーマンスを入れようと思い付いたところで、この作品のカラーが決まったと思います。原作には舞台となる都市名が明記されているわけではないんですが、ジュゼッペという名前から、舞台はおそらくイタリアなんだろうなと考えました。そこから、ヴェネチアの北にあるアルコバレーノ(編集注:イタリア語で「虹」という意味)という架空の街のイメージが浮かび、さらに1960年代くらいの文化風俗がいいなとか、アドリア海も近いから非常に明るい色彩豊かなイメージが合ってるなとか、仮面祭とか、どんどんイメージが具体化していったんです。それと、初演はクリスマス公演だったこともあって、にぎやかにしようという方向へ進んでいって。
──いしいさんは舞台版をご覧になったんですか?
ええ。褒めていただきました。ちょっと怖かったんですよ。登場人物を増やしてしまったし、にぎやかなイメージの方向性にしてしまったので。でも奥様と一緒に観に来てくださり、喜んでくださいました。
──「トリツカレ男」の初演から今年で約15年経ちますが、改めて作品に向き合われて、感じたことはありますか?
15年前よりオタクが一般化して、“トリツカレ男”という存在が受け入れられやすくなったんじゃないかと思います。初演のときは、ジュゼッペは変人というイメージだったと思いますが、今はより多くの人にとって共感しやすい存在なのではないでしょうか。“自分にもそういう面がある”ということを、肯定的に捉えられるようになってきたと思います。またジュゼッペって経済観念がないというか、拝金主義とは正反対の人なんですよね。名誉とかお金じゃなく、もっと身近なところに幸せはあると考えているので、これもやっぱり今の世の中のほうが共感を得やすい考え方なんじゃないかなって。そういう点で、「トリツカレ男」は15年前よりも今のお客さんのほうが受け入れやすくなってると思います……って考えると、初演はちょっと先取りしちゃったのかもしれませんが(笑)、ようやく今という時代に合う気がします。
野田くんの魅力に“トリツカレ”た
──また今回、キャストが一新されます。ジュゼッペ役を演じられるのは、ダンスでストーリーを紡ぐエンタテインメント集団・梅棒の野田裕貴さんです。
野田くんとは昨年、「かがみの孤城」(参照:辻村深月×成井豊再び「かがみの孤城」主人公・こころ役に生駒里奈、リオン役に溝口琢矢)、「成井豊と梅棒のマリアージュ」(参照:遠山晶司「2組の“化学反応”を観て」成井豊×梅棒のコラボ公演が本日スタート)と2本の芝居を一緒にやってみて、野田くんの魅力に“トリツカレ”たと言いますか(笑)。特に良かったのが「~マリアージュ」で、本当に素晴らしい芝居をしてくれたんですね。梅棒はセリフをしゃべらないので、とにかく身体で表現しますけど、野田くんは僕の芝居のときも、セリフに安住せずちゃんと全身で表現しながら演じてくれるのが非常に気持ち良かった。また役柄的にも、野田くんはジュゼッペにぴったりだと思ったんです。
──ぴったりと思われたのは、どんなところですか?
「~マリアージュ」の“純粋な青年”役はぴったりだと思ったけど、野田くんは梅棒だと天使や女の子の役を演じますよね。一見すると善良な好青年なんだけど、それだけでは終わらない、何かミステリアスなものが野田くんにはある。ジュゼッペも、ピュアなんだけど何か1つのものにトリツカレたときの狂気というかマッドさがあって、そこが似合うんじゃないかなと思ったんです。
──確かにそうですね。また初演・再演でジュゼッペを演じた畑中智行さんは、今回ハツカネズミのトト役で出演します。
私の芝居にはフィクション性の高いものと現実的なものがありますが、「トリツカレ男」は現実というよりお伽話に近い作品だと思うんです。そういう作品に、畑中は似合うんですよね。だから今回「トリツカレ男」を上演するにあたって、年齢的にはもうジュゼッペ役は無理だろうけど、畑中には別の役でもこの作品に出てほしい、この作品に合う役者だと思っていたんです。そこでトト役を思い付いたのはvery goodでしたね!(笑) 畑中はジュゼッペの気持ちが誰よりもわかるし、そんな畑中演じるトトが、野田くん演じるジュゼッペのそばにいてくれれば、きっといいアシストを投げてくれるんじゃないかなと思います。
──トト役は初演で岡田達也さん、再演で金子貴俊さんが演じられました。畑中さんはどんなトトになると思いますか?
どの線を狙ってくるかなあ、畑中は(笑)。今の予想では、初演の岡田達也に近い感じになるのかなって思ってるんですけど……。ただ、初演・再演と比べてというより、畑中智行という俳優にとって、これまであまり演じたことがないようなポジションの役だと思うんですよね。なので、新しい一面が見られるんじゃないかという思いはあります。
──原田樹里さんも、2012年の再演にはジュゼッペの幼なじみ、イザベラ役で出演され、今回はヒロイン・ペチカ役を演じられます。
野田くんのジュゼッペを考えたとき、相手役のペチカは原田が合うだろうなとすぐ思いました。それも「~マリアージュ」で野田くんと原田のカップルがぴったりで理想的だと思ったからなんですけど、ちょっと情けない男としっかり者の女の子というこのカップルなら、絶対に幸せになれるなと感じて。もともと原田は非常に上手な役者さんで、いろいろな役ができるんですけど、ペチカもきっと合うと思います。
曇り空がパーッと青空になるような爽快感を
──公式サイトには成井さんのメッセージとして「『トリツカレ男』もラブストーリーですが、これほどピュアで、ストレートで、熱い物語は他にありません。迷っている人、苦しんでいる人に、ぜひ見に来てほしい。ジュゼッペの生きざまが、胸の中のモヤモヤを吹き飛ばすでしょう」と記されています。本作のストレートなメッセージ性は、確かに観客の心の“もや”を晴らしてくれそうです。
タイミングという点では、もう数年前から再演のチャンスを狙っていたので、「今まさにやらなければいけない」というよりは、「やっとまた上演することができた」というふうに捉えています。また、私は感想を言われたり批評されるときに、“さわやか”って言われるのが一番うれしいんですけど、これまで60本以上脚本を書いてきて、この「トリツカレ男」ほどさわやかな作品って、我ながらなかなかないなと。お客さんには、曇り空がパーッと青空になるような爽快感をぜひ味わってほしいなと思います。
──再演のチャンスをねらっていたということは、成井さんにとっても思い入れのある作品なのでしょうか?
そうですね。まあ自分の作品であまり好き嫌いは言いにくいんですけど、それでもたくさんやってきた中で、昨年は「容疑者Xの献身」、今年は「トリツカレ男」という感じで、「コレ!」っていう作品を再演したいんですよ。今年60歳ということもあって、“やっておきたいんです”! じゃないと、タイミングを逃したら、いつできるかわからないですから。そういう意味では、「トリツカレ男」には自信もありますし、相当気に入ってますね。
──今のお話にもありましたが、近年は新作だけでなく過去の名作の再演も続いています。上演を重ねることで、成井さんご自身の中に発見や挑戦が生まれていますか?
あんまり言うと自画自賛になっちゃうんですけど(笑)、「トリツカレ男」の脚本を読み返したら本当に面白くて、当時の自分はこんな脚本が書けたんだなと思いました。例えば今原作を渡されて、「これを脚本にしろ」と言われたら、これほどのものが書けるのかなって心配にもなりますね。老化現象があるでしょうから、昔のような発想力とかがキープできているのかとか、進歩できているのかとか、わからないじゃないですか。なので、過去の人気作を再演するときは、ものすごい刺激とプレッシャーがあります。特に「トリツカレ男」は過去2回の上演とも本当に評判が良かったから、それを9年ぶりにやるとなって、お客さんの中では「美しい名作」になってしまっているかもしれないものを、またちゃんと面白く作れるのかな、過去の上演を観たお客さんをガッカリさせないかな、というプレッシャーが大きいです。でも今回、かなり理想的なキャスティングができたので、その点は非常に心強いなと。このキャストなら、初演・再演に対抗できるんじゃないかなと思っています!
- 成井豊(ナルイユタカ)
- 1961年、埼玉県生まれ。劇作家・演出家、成井硝子店三代目店主。早稲田大学第一文学部卒業後、高校教師を経て、1985年に演劇集団キャラメルボックスを創立。劇団では、脚本・演出を担当。オリジナル作品のほか、北村薫、東野圭吾、伊坂幸太郎、辻村深月、筒井康隆といった作家の小説の舞台化を手がけてきた。代表作に「銀河旋律」「広くてすてきな宇宙じゃないか」「また逢おうと竜馬は言った」「サンタクロースが歌ってくれた」など。2019年、劇団の活動休止後は、同年に立ち上げた演劇団体・成井硝子店での活動や、梅棒とのコラボレート公演など、外部公演での脚本・演出も行っている。日本演出者協会理事。