庭劇団ペニノのタニノクロウが、自身の出身地である富山で、富山のキャスト&スタッフと2度目の作品作りに挑む。今回上演されるのは、隣り合う2つの部屋を舞台に、日常に起きた小さな変化のさざなみを描く「笑顔の砦」だ。“富山の現在”を織り込みつつ、故郷への願いも込めて立ち上げられる「笑顔の砦 ’20帰郷」上演に向け、タニノに話を聞いた。さらに特集の後半では、20人の富山人がタニノとの出会いやオール富山プロジェクトについて、それぞれの思いを寄稿してくれた。
取材・文 / 熊井玲 撮影 / 京角真裕(空耳カメラ)
オール富山プロジェクトを長く続けるために
──タニノさんとオーバード・ホールのプロジェクトは、2019年に上演された「ダークマスター 2019 TOYAMA」から始まりました(参照:「ダークマスター」富山版が開幕、タニノクロウ「全く違う味わいに」)。富山在住者、または富山出身者を対象に、公募で集められたキャストと美術制作スタッフで「ダークマスター」を上演し好評を博しましたが、タニノさんご自身はどんな手応えを感じましたか?
これまでは自分の気分で、自発的に作品を作り続けていたので、“求められて作った”ことがあまりなかったんですね。求められることはうれしいし、その土地に必要とされるような存在でありたいと思って、またもちろん自分の生まれ故郷なのでかわいがられたい気持ちもあり(笑)、街とのつながりを作れるように日々動いていました。「ダークマスター」を経て、このオール富山プロジェクトを喜んでくれる人が以前より少し増えたんじゃないかなと……そう勘違いできるくらいにはなれたんじゃないかと思います。
──改めて考えると、キャスト・舞台美術制作まで、すべてを公募でやろうというのは、非常に大胆なプロジェクトですよね。
「やるなら徹底的に」という思いは、どのプロジェクトに対してもあって(笑)。もちろんそれを実現するにはいろいろとサポートも必要ですが、「限界に挑戦したい」という気持ちがあります。また一方で、オール富山プロジェクトを“いっときの青春”ってことじゃなく、根付いていくようなものにしたいと思っているんですね。「ダークマスター」のときには、劇場の周りの飲食店が作品に合わせたオリジナルメニューを考えてくれたんですけど(参照:富山の洋食店で「ダークマスター」の“立山ライス”を)、もし今後コーラス隊が出てくるような作品ができれば、公演が終わったあともどこかで彼らが歌うようになったりと、作品に付随して周辺に何らかの影響が残ればいいなという思いがあります。
──市民劇は、参加者自身のエピソードを引き出して新作を立ち上げる作り方がよくありますが、タニノさんはペニノで上演されたことがある、既存の作品をチョイスしています。
現地の方たちのエピソードをくみ取りながら作品を立ち上げるのも、既存の作品をやるのも、好みの問題だとは思うんですけどね。ただ前者のやり方だと、例えばワークショップをやりながら、“ここではこういう演技をしてください”って伝えていくことが必要になると思うんです。でも長く活動を続けていこうとしたとき、ある程度最初は、距離があるところから一緒に作品を作り始めるのがいいんじゃないかなと思って。つまり「私はこういう人です!」ってワークショップを通して参加者にアピールしてもらうんじゃなくて、僕が「この人はこういう人かな」って想像するほうから入りたいっていうか。長い関係ではそのほうが可能性が広がるんじゃないかと思って。理想は、富山で公演すると1万人が観に来てくれる、というところまでいきたいので、そこにたどり着くにはどういう段階を踏んでいけばいいか、直感的に考えているところがあります。
──プロジェクトが始動して2年目になりますが、キャストにも美術スタッフにも昨年の「ダークマスター」に続けて参加している方もいて、その段階は進んでいますよね。
そうですね。美術スタッフの中には、「前回参加して楽しかったから、この楽しさをほかの人に譲りたい」と言って参加を見合わせた人もいました(笑)。そういう輪がさらに広がっていけばいいなと思っています。
流れ者も受け入れる、ゆるさのある場所としての富山
──オール富山プロジェクト2作目に、「笑顔の砦」を選ばれたのはなぜですか?
「笑顔の砦」は、もともと2006年に、富山を想定して書いたものなんですね。だから、という部分もありますし、「ダークマスター」と表裏一体というイメージで作った作品でもあるので、「『ダークマスター』の次は『笑顔の砦』だな」という意識がありました。
──「笑顔の砦」は第52回岸田國士戯曲賞にノミネートされました。ただ初演では、あまり富山を感じさせる表現はなかったように思います。
確かに2006年に書いたときは、まだ故郷に対する恥ずかしさがあって、田舎を舞台にしつつも全員標準語っていう、ある種のファンタジーになっている部分がありました。おばあさん役もマメ(山田)さんでしたから(笑)。でも今は、富山の原風景を知っていることが武器になっているというか……ちょっと偉そうな言い方になりますけど「富山がこういうところであればいいな」という思いを込めて書いたんです。“こういうところ”っていうのは、いろいろな人を受け入れるゆるさがある、流れ者たちも居られる場所ということ。今回大きく書き直したのは、そこなんですね。オール富山キャストの中に、緒方晋さんを特別出演としてあえて入れたのは、ああいう関西弁丸出しのおっちゃんも外国の人も、いろいろな土地の人が特に抵抗も疑問も感じず、ゆるく一緒に暮らしている、多様性を受け入れる場所という設定にしたかったから。富山がそういう場所であってほしいな、いやむしろ、もともとそういう場所だったんじゃないか、と思っていて。富山はよく保守的なところって言われますけど、程よい距離感でいられるというか、そんなに人に厳しいところではない気がするんですよね。
──緒方さんは関西の俳優・スタッフで上演された「『笑顔の砦』RE-CREATION」でも同じ、漁船の船長・蘆田剛史役を演じていらっしゃいます(参照:「笑顔の砦」大阪へ、タニノクロウ「これを観れば間違いなく良い年を越せます」)。でも今回の富山版ではかなり印象が変わりました。「『笑顔の砦』RE-CREATION」では剛史の目線が作品の軸にあり、剛史から見た周囲の変化という感じだったのが、今回は剛史も登場人物の1人という印象で、より群像劇の色が濃くなったのではないでしょうか。
そうなんです。剛史を突出した存在ではなくしたいと思ったんですけど、そのためにどう変えたらいいかが難しかった(笑)。で、剛史を「『笑顔の砦』RE-CREATION」のときよりも、あまり何も考えていない、チャランポランでどこにでもいるようなおっさんというイメージに変えようと思い、さらに漁業組合の会長やほかの船の仲間たちを登場させて、剛史の立ち位置を変化させました。またこれまでは、平屋アパートの2部屋だけに焦点を当てていましたが、実はその左右にも部屋があって、もっとほかにも住人がいる、という感じを出すことで、剛史を取り巻く世界観を広げようと思いました。
──それによって剛史の悲壮感がより強まったというか、社会における存在の小ささがくっきりしたように思います。また短期バイトでやって来る青年の印象もだいぶ変わりましたね。
そうですね。「『笑顔の砦』RE-CREATION」では全員が兵庫県出身という設定で、そこに京都から若者がやって来る設定でしたが、今回は埼玉から富山にやって来る青年にしました。名前も「『笑顔の砦』RE-CREATION」では大吾でしたけど、今回は優希という、ちょっとシュッとした感じに。それによって、漁師のおっさんたちとのズレがよりわかりやすくなるんじゃないかなと思います。
──そうですね。物語の大筋はこれまでと変わりませんが、作品全体の印象はガラッと変わりそうです。
台本を書き終えたとき、相当手応えがあったんですよね。オーバード・ホールのプロデューサーの福岡さんには、「すごく渋い変え方ができた!」と満足げなLINEを送ったくらい(笑)。
──「ダークマスター 2019 TOYAMA」は作品を観終わって富山の街を歩いたときに、目にした街の風景と劇世界がつながりすぎて、恐ろしい感じがしました。今回の「笑顔の砦 ’20帰郷」でも、設定を富山と明確化しただけでなく、2020年版として作品全体がアップデートされており、ビビッドに“今”を感じる作品となりそうです。
そうなるとうれしいですね。
次のページ »
「いつでも辞められる」思いで、稽古に臨む