新国立劇場「東京ローズ」キャスト座談会、戦争に翻弄された女性アイバ・トグリを6人で演じつなぐ (2/2)

“人間の声と力”で作っていくミュージカル

──撮影の間も非常に賑やかでしたが、普段のお稽古場はどんな雰囲気ですか?

全員 あっははは!

飯野 作品が重いので、笑う時間がないと苦しくなってしまう(笑)。なので、休憩中はくだらない話で笑ったり……。

シルビア お菓子配ったりしてね(笑)。学生の頃、そうだったなーと思って懐かしさを感じた。

──藤田さんはその輪に……?

 まったく!(笑)

シルビア 入ってきません! でもまあ、入りづらいよね(笑)。

左から飯野めぐみ、鈴木瑛美子、原田真絢、森加織、山本咲希、シルビア・グラブ。

左から飯野めぐみ、鈴木瑛美子、原田真絢、森加織、山本咲希、シルビア・グラブ。

──藤田さんの演出にはどんな印象をお持ちですか?

飯野 私は藤田さんの演出を受けるのが初めてなんです。ご自分でいろいろと調べて考えてきたプランがたくさんありそれを提案してもくださるんですが、押し付けるのではなく、「皆さんが考えたことがあれば、ぜひ自由にやってみてください」とおっしゃいます。ただ正直、個人的には「自由にやってみて」と言われると困っちゃうタイプなのですが(笑)、今回は6人しかキャストがいないから、やらざるを得ない。

シルビア 誰も考えてくれないしね。

飯野 そうそう。「違う」と言われたら次は全然違うことをやってみよう、自分を曝け出してみようと。“稽古場は恥をかく場所だ”という言葉を知っていながらずっとやってこなくて、でも今回、やっとそれが少しずつ出来るようになってきた気がします。

シルビア まあ何十人も出てるようなグランドミュージカルだと、正解が実は決まっていて、そこに向けてやらざるを得ないっていうことがありますよね。自分であまり深く考えてしまうと葛藤が生まれて、稽古が進まなくなるということもあるから。ただ私もストレートプレイをやるようになってから、“曝け出さないといけない場所”に置かれることが増えて、「おお、そうか! 芝居って音楽が助けてくれるところもなければ、音楽で進んでもいかないんだ!」って実感した。

ちなみに私は、オーディションの直後に初めて藤田さんと「ラビットホール」でご一緒したんですけど、そのときも最初からオープニングとエンディングの画が決まっていて。今回も1年前のオーディションのときと今回のお稽古が始まった段階でお話しされていたことが変わっていなかったんですよね。

飯野 確かに!

 言ってましたね!

シルビア きっと彼の頭の中には作品の冒頭とラストの画は明確にあって、いろいろと途中で冒険はするんだけど、その最初のイメージはあまりぶれてないんじゃないかな。

鈴木 私が感じているのは日本版ならではの面白さ。ロンドン版ではアイバを1人の俳優が演じていますが、今回は6人でアイバ役のバトンをつないでいくんですけど、自分がアイバを演じるときと、アイバに別の役として対峙するときのアプローチが似てるんです。例えば私は、アイバとしてほかの人とケンカするシーンがあるんですけど、別の役のときにアイバと言い合いをするシーンがあったり、別の人は“守る”点が共通していたり。アイバを取り巻く人たちの関係性が、一見するとバラバラなんだけど、実はつながっているというのが本当に面白くて、「なんて計算し尽くされた演出なんだろう!」と。何度観ても見飽きないと思いますよー!

一同 あははは!

鈴木 で、あともう1つだけ言ってもいいですか?(笑)

一同 どうぞ!(笑)

鈴木 セットがすごくシンプルで、人間で作っている感じなんです。実は歌も、楽器などに頼らずコーラスなど歌声が組み合わさることでシーンが作られていくのが面白くて。演者としては自分の力を信じるしかないというか、技量を試されるなと思います。

 確かにほかの作品だといろいろな音に助けられるんですけど、今回は頼りになるものや音がゼロに近くて、それは体験したことがない感覚ですね。

鈴木 同じパートの人がいてこんなに安心することはないなって(笑)。

シルビア 1人で歌い出すシーンはすごくドキドキする。歌の途中でようやく伴奏が入ってきて、「ああ、(音が)合ってた!」って。

一同 (うなずきながら)あははは!

アイバ・トグリとはどういう人だったのか?

──劇中では、将来に向けて夢いっぱいのアイバが、日本に渡り第二次世界大戦の影響で人生が翻弄されていく様が描かれます。非常にドラマチックで壮絶なアイバ・トグリさんの生涯ですが、皆さんはアイバ・トグリさんに対してどんな印象をお持ちですか?

飯野 強い。私だったら絶対無理だなって思う。

シルビア いつ殺されてもおかしくないようなあの時代、あの状況下で、信念を持って「私はこうです!」って意見を言えるのはめちゃくちゃ強いのかナイーブなのか、どちらかよね。私も、とっくに逃げ出してると思う。

山本 私は、アイバは無知だったところがあるんじゃないかと思っていて。私が演じるのは一番最初の、シルビアさん演じるパパとめぐ(飯野)さん演じるママに守られて、何も怖くなくてこれからの人生が楽しみで仕方なくて、無邪気で怖いもの知らずのアイバなんですけど、実は私もこうだったなって思ったんです。もちろん強い人だなと思いますが、一方で世間を何も知らなかったからこそ、自分がした選択によりどんなに怖い目に遭うかということがよくわからなかった、想像の範囲も狭かったんじゃないかなって。

シルビア アイバは、見た目は日本人で国籍はアメリカ人ですが「私はアメリカ人!」って思っているのがすごいなって。私の場合は自分がスイスと日本の血があって、日本にいたら外国人、スイスやアメリカに行くとアジア人として扱われることや、シルビア・グラブも日本名もどちらも本名なのにそれを理解してもらえなかったりすることに、悔しさや葛藤を感じました。もちろん戦時中ではないから害はないんだけど、それでもモヤっとすることはあって。

鈴木 それを感じられるのはこのメンバーの中でシルビアさんだけだから、その思いの共有は欲しいです!

シルビア そうか、そうだよね。

原田 アイバはもちろん強いと思うんですけど、でも“想像する以上の強さ”がないと先のシーンに進めないなと思うところがあって……その点で、役のバトンを渡されることでアイバの強さや思いに気づくこともあります。前のアイバが積み上げてきたものを受け取って、次のアイバにどう渡すか。1人でアイバを深めていくのではなくみんなで考えていくことで、今考えている以上の景色が見えてくるんじゃないかなと思っています。

左から飯野めぐみ、原田真絢、シルビア・グラブ。

左から飯野めぐみ、原田真絢、シルビア・グラブ。

「東京ローズ」に感じる“未来”とは?

──藤田さんはオーディション参加者募集の際、この作品のテーマを“アイデンティティ”“ルーツ”、そして“未来”だとコメントしていました。ルーツとアイデンティティはまさに作品に直結したテーマですが、“未来”についてはどんなところに感じますか?

シルビア 私はオーディションの段階で、すでに未来を感じていました。例えば咲希ちゃんがここにいるということが今後の演劇やミュージカル界にとっても未来につながるし、実際、役のうえでも咲希ちゃんはそういう役を担っているので。

原田 戦時中の話ですが、今に通じることばかり詰まっているなと思います。今、稽古場では、アイバだけでなくアイバ以外の人たちがどんな性質の持ち主で、どういう社会状況によってそういう言動をするようになったか?まで想像を巡らせながら作っているんですけど、この時代、この社会にどんな人たちがいたのかを豊かに描くことによって、「今の時代にもこういう人はいるな」と感じてもらえるじゃないかと思っていて。なので、もちろんアイバからもらうメッセージはたくさんありますが、共感共鳴するキャラクターは至るところにちりばめられているので、作品を通じて今自分たちが生きている社会についてより考える会話が生まれたら良いなと。それが未来のことを考えるきっかけになるんじゃないかと思いますし、そのことにワクワクしています!

 日本人は日本が安心安全だと思いがちだけど、やっぱり世の中では戦争は終わらなくて……。なので、「身近な話やで?」っていう思いを渡せるといいなって。アイバがそうだったように、戦争に何も関係ないと思っていた人たちが、ある日突然、ご飯を食べて寝る場所がある生活を急に壊されるのが戦争。そしてそういう危機は割と身近にあるんだということを伝えられれば良いなと思います。

左から山本咲希、森加織、鈴木瑛美子。

左から山本咲希、森加織、鈴木瑛美子。

鈴木 私は演劇やミュージカルをはじめ芸術って愛だと思っていて。過去から学ぶことはたくさんあり、私たちはそれを芸術という形で引き継ぎ、「二度と過去の過ちを繰り返さないように」と歌ったり演じたりしているんですけど、今、また世界中がピリピリした状態になってきていますよね。でもそういう今だからこそ、誰かが歌ったり芝居をしなきゃいけないと思うし、今自分たちがやっていることが未来につながると思うので、これからもずっと、愛であふれていたらいいな、と願っています。

飯野 アイバの生きた時代と今を比べたとき、集団心理の問題など、実はあまり本質的に変わってはいないんじゃないかと思います。ただ“今、日本では戦争をしていない”というだけ。実際、戦争している国は今もあって、なのにニュースで見るとどこか遠い存在に感じてしまうところがありますよね。「東京ローズ」に限らず戦争に関わる作品はたくさんありますが、エンタテインメントとして楽しみつつ、「他人事じゃないな」と何か心に刺さるものがあったら良いなと思いますし、それが未来につながるんじゃないかと思います。またそれとは別の意味で、フルオーディション企画は役者にとっての未来がすごく感じられる企画だなと感じたので、この作品を通じて自分もやってみたいな、やれるなと思ってもらえたら良いなと思います。

山本 今日の、今この時間もそうですけど、私にとっては日々が新しいものでしかなくて……ああ、涙が出てきそうだ!

一同 ええー!?(笑)

(山本に5人が「泣いとけ!」「抑えなくていいよ!」「大丈夫!?」と口々に声をかける)

山本 (涙ぐみながら)……本当に日々新しくて。自分が見たことがない世界をすごく丁寧に教えてくださったり……それは日本の歴史とか知識ということだけじゃなく、人との接し方とか自分との向き合い方だったりを、こんなに多くの経験をしてきた方たちが、惜しみなく伝えてくださるということがすごい幸せだなと思って……(と再び言葉に詰まる)。

(原田が立ち上がって山本をハグ)

山本 ……この場所にいない藤田さんにも劇場の方たちにも、すごい環境をいただいていると思うので……今自分が感じているこの思いを、観にきてくださる方に届けられるように、そして未来を感じていただける作品にしたいと思います!

一同 おおー!(と、拍手)

左から飯野めぐみ、鈴木瑛美子、原田真絢、森加織、山本咲希、シルビア・グラブ。

左から飯野めぐみ、鈴木瑛美子、原田真絢、森加織、山本咲希、シルビア・グラブ。

プロフィール

飯野めぐみ(イイノメグミ)

神奈川県生まれ。高校時代よりダンス、歌、芝居のレッスンを開始し、卒業後はテーマパークダンサーとしてショーやパレードに出演。2003年「天使は瞳を閉じて」で初舞台。主な舞台にミュージカル「INTO THE WOODS」「生きる」「キンキーブーツ」「パレード」「CHESS THE MUSICAL」「五右衛門ロック」「マルグリット」「サンセット大通り」「ロッキーホラーショー」など。

シルビア・グラブ

東京都生まれ。ボストン大学音楽学部声楽科卒業後、「Jerry’s Girl」で本格的に舞台での活動を開始。2008年に「レベッカ」で菊田一夫演劇賞、2012年に「国民の映画」で読売演劇大賞優秀女優賞、2022年に松尾芸能賞優秀賞を受賞。近年の主な舞台に「メアリ・スチュアート」「三谷幸喜のショーガール」「日本の歴史」「ジュリアス・シーザー」「ショウ・マスト・ゴー・オン」「ラビット・ホール」「アメリカの時計」など。

鈴木瑛美子(スズキエミコ)

千葉県生まれ。2015年に「全国ゴスペルコンテスト」のボーカル部門で優勝。2019年に作詞作曲を手がけた「FLY MY WAY / Soul Full of Music」でメジャーデビュー。2022年に1stアルバム「5sense」をリリースした。舞台は「RENT」、「ジェイミー」「ホイッスル・ダウン・ザ・ウインド~汚れなき瞳」「ムーラン・ルージュ! ザ・ミュージカル」など。

原田真絢(ハラダマアヤ)

東京都生まれ。高校生からミュージカルスクールに入り歌やダンスを学ぶ。高校卒業後、ニューヨークのブロードウェイダンスセンターでレッスンを受ける。2017年にミュージカル「ビューティフル」のスウィングを務めた。主な舞台出演作にミュージカル「CHESS THE MUSICAL」「NINE」「マタ・ハリ」「ボディガード「ヘアスプレー」「ドリームガールズ」「ラグタイム」など。

森加織(モリカオリ)

大阪府生まれ。大阪音楽大学短期大学部声楽科卒業。USJ「ウィケッド」に出演し、2009年に流山児★事務所「ユーリンタウン」に出演。これまでの出演作にミュージカル「生きる」「メリリー・ウィー・ロール・アロング」「レ・ミゼラブル」「太平洋序曲」、「天保十二年のシェイクスピア」、「修羅天魔~髑髏城の七人 Season極」「狐晴明九尾狩」「薔薇とサムライ2-海賊女王の帰還-」「神州無頼街」など。またアニメの吹き替えなど声の仕事も多数。

山本咲希(ヤマモトサキ)

東京都生まれ。中学高校とミュージカル部に所属。現在、国際基督教大学在学中。これまでの出演作にミュージカル「ブロードウェイ殺人事件」「バイ・バイ・バーディー」「ルーザーヴィル」など。