第二次世界大戦時、米兵の士気を失わせるために日本が放送したラジオ番組「ゼロ・アワー」。“東京ローズ”と呼ばれ親しまれた同番組の女性アナウンサーの1人として、日系二世のアイバ・トグリ(戸栗郁子)は、戦後、国家反逆罪で起訴される──。
戦争に運命を左右された女性、アイバの半生をモチーフにしたイギリス発のミュージカル「東京ローズ」が12月に新国立劇場 小劇場で上演される。本作は新国立劇場が行なっているフルオーディション企画の第6弾で、シリーズ初のミュージカル作品となる。演出を手がける藤田俊太郎は、“アイデンティティ、ルーツ、未来”を本作のテーマに掲げた。
936名の応募者の中から選出されたのは、キャリアもバックグラウンドも声質も異なる俳優たち。飯野めぐみ、シルビア・グラブ、鈴木瑛美子、原田真絢、森加織、山本咲希の6人は、自身の肉体と声でアイバ役を“演じつなぐ”。11月上旬、立ち稽古開始から1週間が経ったキャスト陣に、本作にかける思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆
フルオーディション企画参加のきっかけは?
──新国立劇場のフルオーディション企画第6弾となる本作は、初のミュージカル作品であること、藤田俊太郎さんの演出であること、2019年にロンドンで誕生した日本初演作であることなど、さまざまな点で話題となりました。皆さんはどのようなきっかけで本作に参加したいと思ったのですか?
鈴木瑛美子 私は、近年観た舞台の中で、「わ、この演出めっちゃ好きだな!」と思うものがすべて藤田さんの演出作品だったんです。なので、いつか絶対にお仕事したいなと思っていたところで、このフルオーディション企画の情報を知って、藤田さんの演出だということで「これはチャンスなのでは!」と思って。また、フルオーディションだからしっかり見てもらえるんじゃないかと思い、受かっても落ちても、藤田さんにまずはお会いしてみたいと思って受けました。なので、私のきっかけは藤田さんです。
一同 おおー!
森加織 私は現在フリーで、そもそもオーディション情報があまり入ってこないんですが、そんな中でこの企画を知り、フルオーディションはチャンスかなと思って、実はあまり内容も把握せぬまま「やってみよう!」と思って挑戦しました。
シルビア・グラブ ずっと新国立劇場のフルオーディション企画に興味を持っていたんです。面白いものや興味深い企画が多かったし、オーディションにも参加してみたかった。ただ上演期間にスケジュールが空いてないことには受けることもできないので、毎回オーディションの情報はキャッチしながらもスケジュール的に難しいという状況が続いていたんです。ただ今回は、すこーんと予定が空いていて!(笑) 事務所に「受けていいですか」と確認を取り、自らメールで申し込みをし、自ら応募動画を作って、オーディションに関する連絡もすべて自分のところに来るようにして、「今日中に連絡が来るはずだ!」ってドキドキしながら携帯のメールをチェックしたり……(笑)。この年でゼロから自分で何かをやるのが、楽しくてしょうがなかったです。
原田真絢 SNSを見ていたら、たまたま本当に数分前に上がったばかりの新国立劇場の投稿を見て、フルオーディションというワードに惹かれました。「わ、なんだこれは!」と思って、公式サイトに飛んだら、内容も企画も面白そうだなと。実はこれまで、役付きに挑戦できる機会がそもそも与えられていなくて……オーディションがあったとしてもアンサンブルオーディションという条件の中でしか活動できないことを窮屈に感じて、チャンスに飢えていたんです。でも今回は、アンサンブルとして経験してきたことや、これまで先輩たちから教えていただいたものを生かしながら役にも挑戦できるかもしれない!と思い、「これはやるしかない!」と迷いなく受けました。なので本当に、「見つけた! 見た! 最高! 応募!」っていうスピード感で(笑)。
一同 あははは!
飯野めぐみ 私は事務所に「こういうオーディションがあるんだけど、どうする?」と言われたのがきっかけです。フルオーディション企画があるのは前からなんとなく知っていましたが受ける機会はなく、今回も内容をあまりよく知らないまま受けたのですが、かなり多くの人が受けていることを知り「ここから6人なんて無理だな」と思って、「楽しく受けられればいいや」と気負わず受けられました。
山本咲希 実は舞台に関するお仕事を始めたのがこのオーディションの数カ月前だったんです。ずっと舞台のお仕事がしたいと思っていたのですが、コロナの影響などで始められず、やっとこの世界に入れたところでフルオーディション企画を知って、全員がなんの隔てもなくオーディションを受けられる環境ってすごくいいなと思って興味を持ちました。あと、「東京ローズ」の楽曲をサブスクで聴いて「めちゃカッコいい! この曲好きだな、歌いたい!」と感じたのと、ちょうど大学に入って自分のアイデンティティがなんなのかわからなくなっていたときにアイバ・トグリさんのことを知って、共感できる部分がありそうだなと作品にも興味が湧いて、オーディションを受けました。
平等に受け、平等に見られ、平等に受かった
──今回、936名の応募があったそうですね。日本初演作ということで、あまり資料がない状況でオーディションに臨まれたと思いますが、オーディションで印象に残っていることはありますか?
鈴木 ワークショップみたいなオーディションでしたよね? グループで受けたんですけど、自分と別の人が役を入れ替えて演じたりもしたので、オーディションとして見られているというより稽古している感じで、勉強にもなったし面白かったです。
森 「皆さんはオーディションされる側だけれども、皆さんも我々をオーディションしてください」というプロデューサーの言葉にちょっと感銘を受けました。
飯野 そうね、なかなかそんなふうに言っていただけることはないからね。
森 はい。
飯野 先ほども話に上がりましたが、アンサンブルの枠しか受けられないオーディションも多いし、中には審査員の方がちゃんと見てくれないものや、審査員が寝ていたときもあって!
全員 ええー!?
飯野 見てもらってダメなのはもちろん仕方ないけど、こちらとしては人生をかけて、何年も何年もレッスンしたり経験を積んだりしてその瞬間に臨んでいるのに、見てももらえないなんて……と感じたことがありました。でも今回は、演劇をやったことがないんだろうなっていう子たちも含めて一緒にオーディションに参加して芝居する楽しさもあったし、審査員の方々が丁寧に、平等に見て選んでくださったんだなという実感があり、このメンバーが集まったときにもそれがわかってうれしかったです。
──皆さん、オーディションの段階で、お互いのことは認識していましたか?
全員 あっははは!
飯野 実は最近、その話をしたんです(笑)。「一緒の回だったよね?」って。
シルビア 私はほかのグループに知り合いが受けているのは知ってたんだけど、自分のグループには知り合いがいなくて緊張しました(笑)。そういう状況に置かれることでいろいろと思い出されたり、中にはこのオーディションのために地方から来ました!という感じの子もいて、その子が踊りや歌の審査を受けている姿に「がんばって! でも私もここにいるからには受かりたいんだけど……」と思ったりして(笑)。
森 私はシルビアさんと同じグループで、「お父さんお母さん、私は今、シルビアさんと一緒に歌ってます! ありがとう!」という気持ちになりました(笑)。
シルビア 森さんは、初々しさというよりベテラン感がある方だなって思いました(笑)。
一同 あははは!
シルビア それと、アンサンブルオーディションの話になりましたが、プリンシパルの場合は、そもそもほとんどオーディションがないんです。なので、これまで別の作品でオーディションでキャストを決定したと聞いても「ああ、出来レースだったんでしょ?」と思ってしまいがちだったんです。実際、今回「東京ローズ」のキャストが発表されたときに、私も人からそう言われたんですね。で、それがちょっと悔しいんだよね!(笑) 私もみんなと一緒にオーディション受けてるんです!って、声を大にして言いたい。
鈴木 「東京ローズ」の記事が出るたび、フルオーディション企画だと紹介されているのがうれしくて。私も、「みんな平等に受けて、平等に受かった6人だよ!」ともっと知ってほしいなと思います。
1つひとつの役がそれぞれ濃くて、重い
──合格が決まり、ご自身が出演される作品として本作に向き合ったとき、台本や楽曲から新たな発見はありましたか?
シルビア といっても、とにかく資料がなかったんですよ。この作品を作ったバーントレモンシアターの公式サイトのほかは、台本もないし、楽曲もサブスクに上がっている8曲だけで……。だから「短いミュージカルなのかな?」と思っていたら、蓋を開けたら28曲もあって(笑)。
飯野 さらに台本が出来上がってみたら、楽曲がそんなにあるのに、セリフも膨大で(笑)。
シルビア それと実在した方のお話で歴史も絡んでくるので、時代背景もわかっていないと演じられないなと思って……毎日勉強ですね。みんながそれぞれリサーチしたものをシェアしたり。
──日本版は、主人公であるアイバ・トグリ役を皆さんが“演じつなぐ”のが大きな特徴です。ただアイバ以外にも、彼女の両親や親戚、会社の同僚、裁判官などさまざまな人物を皆さんが演じ分けます。それぞれどんな役を主に演じられるのですか?
飯野 私は日本に暮らしている、アイバの叔母さんかな。
シルビア 私は後半で演じるアイバ役も長いし、アイバが関わるラジオ番組を一緒に作っていた同僚のカズンズも長いですね。
原田 私はアイバと対峙した検察官のトーマス・デュウォルフが一番長いと思います。
山本 いろいろな役を演じるんですけど、ラジオ東京のケンキチ、ですかね。それと今の私と同じくらいの年齢のときのアイバ役を演じます。
鈴木 主にアイバの同僚のジョージですね。
森 私はコリンズというアイバの弁護士をほぼ演じています。
──1役通して演じるのと違いはありますか?
原田 違う!
飯野 アンサンブルのときもいろいろな役をやることが多いので複数の役を演じることに抵抗はないんですけど、今回は1役1役が全部濃くて、量も多い。登場人物1人ひとりの人生を1個ずつ考えていかないといけないという感じで。
鈴木 ほとんどの役に名前がついてますよね。
──性別や年齢、人種も超えて演じ分けます。
原田 私は性別を超えて演じるのが面白いなと思っています。女性から見た男性性みたいなものを存分に役に反映できるんじゃないかと思うし、だからこそあまりデフォルメせず、女性として男性に感じてきたさまざまなものを反映できるんじゃないかなと。その感覚が自分にとっても新しいし、何か違った表現をお客さんに届けられたらいいなと思っています。
──山本さんは実は学生時代、男役を演じていたそうですね。
山本 はい(笑)。女子校のミュージカル部で5年間男役を演じていたんですけど、真絢さんがおっしゃっていたのとは真逆で、デフォルメする男役を演じていたので(笑)。その癖が出て、身体がそう動いてしまうということがありますね。そうすると藤田さんがすごく丁寧に「そうじゃないよ」って教えてくださるんですけど、自然にデフォルメして演じてしまう自分と、「それは違う!」と思う自分が今、闘っています(笑)。
鈴木 私の場合はお二人の中間で……最初は「男ってこういうしゃべり方で、こういう態度で……」とデフォルメしちゃってたんですけど、最近気づいたのは「私でいい」ということ。“男”がどう反応するかではなく、私だったらどういう態度を取るかということさえやっていけば、セリフの言い方や語尾で勝手に男にしてくれるんだなってことに気づきました。
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“人間の声と力”で作っていくミュージカル